5、傷害罪でパクられた
「陛下ッ!今すぐこの者を処刑すべきです!」
「レンツェの王族が、再びアグドニグルの王族を害そうなどと……!」
「陛下!!」
「陛下!!!!」
ドロップキックをかました私は、すぐさま第一皇子殿下のご子息の護衛や、春桃妃様の護衛の方々に組み敷かれ縛られ、本殿の謁見の間に引き摺られていきました。
集められた家臣の方々の中にはイブラヒムさんやスィヤヴシュさんの顔もある。イブラヒムさんは無表情、スィヤヴシュさんは顔を歪めて私の方を見ているけれど、私と視線が合うと顔を背けた。
私はレンツェの王族で、アグドニグルの皇子殿下に暴力を振るった。
一緒に移動した春桃妃様の腕の中にはカイ・ラシュ殿下。目を真っ赤にして、母親に縋りつき、私への罵声罵倒を叫び続けている。獣人族の、それも獅子の血を引く子どもなので、発育不良の私の蹴りなど実際大したことないようだ。しかし「母上にもぶたれたことがないのに!」と泣き叫ぶ子供。
「ふむ、さて。子供同士の喧嘩、些細な事と、思うがいかに」
すっかり身支度を終えた皇帝陛下は玉座に座り、首を傾ける。
「陛下!害されたのはアグドニグルの第一皇子殿下のご長子、いずれは金獅子の長となり陛下をお支えする……国の宝にございます!!どうか、どうかしかるべきお裁きを!!」
そう叫ぶのは獣人族っぽい官僚の方。
第一皇子の権威や、カイ・ラシュの王族としての立場を考慮してきちんと私に罰をと求める声。
「当事者、カイ・ラシュ。その方はどう考える?」
「おっ、おっ、おばあさまぁあ!!そいつを!そいつを鞭で打ってください!!こ、この、この僕によくも……よくもッ!おばあさまに滅ぼされた国のくせに……!奴隷のくせに……!鞭で打って懲らしめてください!!!!」
泣き喚きながら私の処罰について訴えるカイ・ラシュ殿下。鞭打ちかー!!!!嫌だなぁ!あれ痛いんだよなぁ……。
レンツェの王宮で、兄たちが幼いエレンディラを獣に見立てて追いかけまわした時に、散々打たれた記憶がある。
「と、申しておるが、レンツェの姫。その方はどのように考える?」
皇帝陛下は私に申し開きがあるならせよ、と促した。
……言い分は、ある。
私はレンツェの王族として、皇帝陛下にこのアグドニグルへ招かれた。
王族として、自分の従魔であるわたあめを守るためにカイ・ラシュ殿下に挑んだ。主人は家臣を守るもの、という建前を使えなくもない。
ただ、それは皇帝陛下の前で口にしたら、私は陛下に失望されるとわかっていた。
「私は私の従魔が傷つけられた姿を見て動揺致しました。感情的になり、対話ではなく暴力という選択を咄嗟に取ってしまいました。人として、王族として、恥ずべき振る舞いをしたと感じています」
「うむ、それで?」
「わたくしは皇帝陛下の、アグドニグルの御恩情により生かされています。その身分を忘れ、陛下の宝であるアグドニグルの皇子殿下に害をなすなど、その場で処刑されても仕方のないことと存じます」
レンツェはアグドニグルの下です。逆らってはいけないってわかっています。と、私は周囲に「分を弁えています」と宣言する。
「処刑されるべき身を、鞭打ちに留めようとおっしゃってくださいましたカイ・ラシュ殿下のお気遣い誠に痛み入ります」
「陛下!」
何回打たれるかわからないけど、バルシャお姉さんに貰った聖女の癒しの水も持ってるのでなんとかなるだろうと私は覚悟していた。
が、慌ただしく入室する音。
聞こえて来たのは、ヤシュバルさまのお声。
「ヤシュバル」
おや、と陛下が目を細めた。ヤシュバルさまは丁寧に皇帝陛下に礼をした後、頭を上げずに言葉を続ける。
「この度の一件は私の監督不行き届き、私の不徳の致す所にございます。レンツェの姫の管理に関しては、陛下より私に一任されております。――処罰は私が受けるべきでしょう」
「ふむ」
「!?いえ!?いいえ!!陛下!皇帝陛下にお願い申し上げます!!罰は私が、加害者の私が受けなければ、刑罰の意味がありません!!」
突然出てきて何を言ってるんだこの人は!?
私は私の前にいるヤシュバルさまの服をぐいっと掴んだ。ヤシュバルさまは一度振り返り、首を振る。
いやいや、いやいやいや!?
「ふむ。で、あるか。賠償を請求する、という手もあるな?いくつかの役職をはく奪してもよい。ふむ、第四皇子が、第一皇子の子を故意に害したと疑う者も出てくるやもしれんしなぁ」
「陛下!!ヤシュバルさま……第四皇子殿下は、そのようなことをなさるお方ではないと……陛下が一番よく、ご理解されていると存じます!!」
権力争いの問題にまで発展しそうになっている。
私は血の気が引く思いをしながら、春桃妃様と、その腕の中でぐずっているカイ・ラシュ殿下に向かい、床に頭を打ち付けた。土下座である。
「殿下!カイ・ラシュ皇子殿下!誠に申し訳ありませんでした!どうか、どうか、わたくしを鞭打ち、それでご勘弁くださいませ!!」
私は情けなくなる。
ヤシュバルさまに、私は迷惑しかかけていない。
レンツェのために、エレンディラが幸せになれるように頑張る、などと言いながら、この醜態はなんだ。
自分で自分が恥ずかしく、床に頭を付けたままただ震えることしかできない。
「だ、そうだ。春桃、カイ・ラシュ。どちらでも良い、打つが良い。回数はそうだな、そなたの歳が八つになるか?では八つ打て。だれぞ鞭を持て、渡してやるがよい」
「陛下!」
「くどいぞヤシュバル。――騒がれては面倒だ、ヤシュバルを押さえつけよ」
淡々と話す陛下のお声と、叫ぶヤシュバルさまのお声が聞こえる。
私は一度顔を上げ、ヤシュバルさまに首を振った。
「っ!レンツェの姫!」
この人はどうして、私なんかのためになんでもしてくれようとするのだろう。
シーランは、人が私に親切にしてくれるのは「良い子」で好きになってくれたからだと言うけれど、私は、血の繋がった家族皆が陛下に殺されているのを黙って見ていたし、陛下の苦しみを知りながらも、レンツェを残して欲しいと自分勝手なお願いをした。
アグドニグルの皇子の、ヤシュバルさまに、おやさしいヤシュバルさま、好きになって貰える理由なんて一つもない。
「……」
「い、いやだっ!なんで、なんで僕が、こういうのは召使の仕事だろ!」
観念している私の目の前で、鞭を叩き落として駄々を捏ねるカイ・ラシュ殿下の声。春桃妃様も震えていた。……自分の子供と同じ歳の子を、鞭で打てるような人ではない。
カイ・ラシュ殿下に命じられた武人らしい人が鞭を手に取り、私に近付いた。
厳めしい顔に、無表情。太い腕に、鍛え上げられた筋肉。
……さすがにこれで打たれたら死ぬかもしれない。
レンツェの王宮では兄たち、とはいえ武人ではなくて若造たちだった。
私の後ろに立ち、鞭が振り上げられ、しなり、振り下ろされた。
*
むごい。
ここまですることだろうか。
謁見の前の、レンツェの姫の座り込む絨毯は真っ赤に染まっていた。
太い、男の罪人用に使用する鞭は一振りで大の男を喚かせ命乞いをさせるものだ。
それを一度、一度と、すでに三度も打たれている幼い少女を見て、アグドニグルの家臣たちは顔を顰めた。
レンツェに対しての憎悪は誰にでもあった。レンツェの王族が、第一皇子殿下のご長子カイ・ラシュ殿下を害したと聞いた時、誰もが憤った。おのれレンツェめ、あの呪われ者どもがと、怒りを感じ皇帝陛下の元に集まった。
が、一人か細く、引っ立てられていたのは小さな、あまりにも小さな、貧相な子供だった。
レンツェの王族といえば黄金の髪のはずが、白い髪に、砂色の、明らかに異人の血の混じる容姿。純血主義のあの驕ったレンツェでまともな待遇を受けていたとは、誰も思えないその子供が、縄で縛られ引っ立てられて、泣きじゃくるわけでもなく、じっと、周囲の悪意ある言葉に耐えている。
「私は私の従魔が傷つけられた姿を見て動揺致しました。感情的になり、対話ではなく暴力という選択を咄嗟に取ってしまいました。人として、王族として、恥ずべき振る舞いをしたと感じています」
「うむ、それで?」
「わたくしは皇帝陛下の、アグドニグルの御恩情により生かされています。その身分を忘れ、陛下の宝であるアグドニグルの皇子殿下に害をなすなど、その場で処刑されても仕方のないことと存じます」
泣き喚くカイ・ラシュ皇子殿下と対照的に、レンツェの姫の言葉は理性と王族としての自覚に溢れるものだった。
この場に集められた者の多くが、このレンツェの姫がたった一人、レンツェの王族の中でレンツェの民のことを思い、皇帝陛下に民の身の保障を懇願した事実を思い出していた。
「止めろ!」
四度目の鞭が振り下ろされる前に、その鞭が凍り付いた。
第四皇子ヤシュバル殿下が、拘束されながら力を振り絞られたご様子。何もかもが凍り付くと、人々が恐れる前に、皇帝陛下が第四皇子殿下を蹴り飛ばした。
「黙って見ていろ」
「陛下ッ!!!!!!!!」
皇帝陛下に向けてよい目ではなかった。
なぜ、と問う、敵意さえ籠った目を、第四皇子殿下は恐れ多くも皇帝陛下に向ける。これは誰もが意外であった。七つの頃にアグドニグルに献上された人質の子。ヤシュバル殿下。ただの一度も皇帝陛下に逆らったことはなく、その従順さは六人の皇子の中で最たると、称されていたお方。
それほどまでに、あのレンツェの姫が大切なのだ。
なるほど、これは罰になると周囲は理解した。
紫陽花宮で起きたこと。主たるヤシュバル殿下も何かしらの処罰を受けねばならぬところと、これほど、あの殿下が感情をあらわにするほど「辛い」光景を目にすること。これほどのことはないのだろう。
「……っ、っ!!!!」
鞭で打たれても、レンツェの姫は声一つ上げなかった。自分で自分の手首を強く噛み、呻かないようにしていた。
五度打って、武人がついに膝をついた。
両手を合わせて腰を折り、皇帝陛下に懇願する。
「どうか、どうか、ご容赦ください、皇帝陛下。私にはもう、打てません」
鞭を握っていた手はあまりに強く掴んで真っ白になり、屈強な男の体は恐怖と苦しみで震えていた。戦場でどれ程多くの首を狩ろうと、武士であれば当然のこと。戦場に幼い兵がいたとて敵であれば屠り罪悪感など覚えない、そういう武人が、床に頭を擦りつけて懇願する。
「ではあと三度、誰か他の者が打て」
ふむ、と玉座に座る皇帝陛下は泣き呻く武人を見下ろして容赦なく言い放った。




