3、それなんてテル○エロマ○
「アンは第三皇子の密偵です。どうか警戒なさってくださいませ」
紫陽花宮の大浴場は、屋内の大きなお風呂が一つと露天風呂が一つ、日替わりの「香り湯」に水風呂、サウナまであった。
なんでも皇帝陛下が「風呂こそ人類最高の文化」と仰って、国家規模で風呂文化の発展が進められ風呂建築家、風呂ソムリエなる職業があるほど、だそうだ。
皇帝陛下に次ぐ風呂好きで知られる第一皇子殿下などは、大浴場に子供たちが滑って遊べる高台や、流れるお風呂などがあるそうで……。どの世界でも風呂文化は人を魅了して止まないようだ。
「……え?密偵?なんでです?」
そして現在。薄い襦袢のようなものを一枚着てお風呂につかる私に、髪を洗ってくれているシーランが忠告してくれたのは、アンのこと。
アンは脱衣所で私の着替えや上がった後の何か色んな薬の用意をしてくれている。聞こえないように、耳打ちしてくれている内容はちょっと物騒だ。
曰く、第三皇子はレンツェの王族である私が「いびり倒されるべき」とお考えで(マイルドな表現にしています)、私を守ろうとするヤシュバルさまと意見が対立しているそうだ。
もちろん表立ってのことではない。私はクシャナ皇帝陛下が認めた取引相手で、まだ正式な発表はされていないが無事に千夜千食が達成されれば、ヤシュバルさまがお婿さんになり、レンツェが復活することとなる。
第三皇子はレンツェが復活することも、レンツェの王族がアグドニグルで保護されることも反対なのだ。
「そして、これは……あたくしの推測ではございますが。第四皇子であるヤシュバルさま、属国ではなく陛下に一国として認められる国の実質的な支配者となることを懸念されているのやもしれません」
レンツェの生き残った王族は幼女。千日経ってもその幼さは大した差はなく、実質的にレンツェを治めるのは第四皇子になるだろうと周囲の見解。
つまり、レンツェの名を残しながら、ヤシュバル第四皇子殿下に一国を与えよう、独立を許そう、ということではないかと第三皇子殿下はお考えになられているようだ。
うーん……お家騒動。
まぁつまり、シーランは第三皇子の目であるアンの前では私に厳しくして「レンツェの姫は冷遇されている」姿勢を貫くそうだ。
そしてその分、アンは私に優しくして篭絡しようとしてくるだろうとシーランは言う。
……そのうち、アン経由で第三皇子が接触してきて、私の持つレンツェというトロフィーを欲してくるかもしれないという話だが……。
「アグドニグルも、色々あるんですねぇ」
「皇帝陛下は六人の皇子殿下に対して、公平に接しておられますが、平等、という意味では少々異なりますもの」
私はふと、ヤシュバルさまの事を考えた。
私の目的はレンツェの国民を奴隷にされないで、レンツェの国を地図に残す事。
その為に、ヤシュバルさまは将来的にお婿さんになって頂きたいのだけれど、ヤシュバルさまはそれでよかったのだろうか?
……第三皇子とやらにあれこれちょっかいかけられて面倒なら、第三皇子ご本人がお婿さんでも(既婚者なら)その子供でも……私は、別にいい、のか?
「ヤシュバルが申したこと故、かような問題が起こることも想定しているであろうよ」
「!?」
「へ、陛下!!!?」
考え込む私の頭上に、懐かしい声がかかる。
ばっと、振り返れば薄い襦袢一枚に赤い髪を高く結い上げたクシャナ皇帝陛下が立っていた。
先ぶれとかお供とかは!?
「え??え、陛下!?」
「レンツェの姫よ、どうだ、アグドニグルの浴場は。中々立派なものであろう!私の大浴場などこの倍以上あり、電気風呂とかあるぞ!」
私の疑問やシーランの戸惑いなどそっちのけで、皇帝陛下はかけ湯をしてから湯船に浸かると、うーんと大きく伸びをした。
濡れて張り付く布。大変豊かなお胸がはっきりわかり、私はじぃっと自分の……平坦な胸を見る。
……前世の頃は、それなりに……いや、なかったな。
「帝国の偉大なる太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「おぉ、少し見ないうちに立派な挨拶が出来るようになったのか。良い良い」
正式な挨拶の方法はまだ習っていないが、バルシャお姉さんがメリッサにしていた挨拶は多分……最上位のものだろうと判断して、思い出しながら行うと陛下には好評だった。
「陛下、あの、お戻りはもう少し先だと……」
シーランが恐る恐る問いかける。
「うむ、正式にはな。が、レンツェには温泉がないゆえ……」
あ、このお湯なんか匂いするなと思ったら温泉なんですか。
どうやら温泉を引いているらしいアグドニグルの大浴場。というかクシャナ陛下、人の宮のお風呂に勝手に入って来ていいのか、いいんだろうな、皇帝陛下だし。
「レンツェの姫が入浴中ということで私も来た。どうだ姫よ、ローアンは」
「皆さんとても良くしてくださっています」
実際今までずっと神殿で暮らしていてローアンの街を楽しむも何もないのだが、待遇は今のところ申し訳なくなるくらいに良い。
これも陛下に御心遣い頂いたゆえだろうと私がお礼を言うと、陛下がぐしゃぐしゃと、洗ってまとめてある私の髪を撫でた。
「先の宴についてはヤシュバルより聞いているだろうが、その際、そなたには一品、料理を頼みたい」
「お料理?」
「あぁ。立食式の宴ゆえ、事前に多く作り魔法で劣化を防ぐのだが、そなたの料理には劣化防止の魔法はかけぬ。長時間鮮度を保ち、また誰が食べても等しく『美味い』と感じられる品を用意せよ」
事前に、そうして私の作った料理を置いて宴の参加者たちに味わって頂き、皇帝陛下がレンツェの王族、私との取引内容を発表する、という流れだそうだ。
「そしてそなたには課題を与える。宴のための食材やかかりは、ヤシュバルに出させるが、以後。私に献上する九百九十九の料理のための費用はそなたの才覚で捻出せよ」
……ワッツ?
しれっと言われる内容に、私は一瞬真顔になる。
……いや、まぁ、確かにそうだ。
レンツェの命乞いのための献上品を……アグドニグルの王族であるヤシュバルさまが全額負担は……まぁ、うん、おかしいね???
しかし私は無一文。
当然ローアンに知人もいないし、お金を貸してくれそうな心当たりもない。
皇帝陛下は私に、この国で富を得よ、とそう仰せなのだ。
待って!?
一回献上してから千夜って約束だから……!?
宴が始まる前までに、資金のメド付けないといけないってことですか!!?




