11、忘れていたわけじゃありません!
神殿に戻ると、私の救出を信じた神官さんたちによるパフェ作りが再開されていた。
『戻ってきた時に、怖い思いをして震えてるかもしれない』
『折角沢山作った物がなくなって、悲しんでいるかも知れない』
そう神官さんたちは思って、通常業務そっちのけで、最初に作ったものよりもっと沢山のパフェを部屋いっぱいのテーブルの上に完成させた。
「やだー!これ全部あたしへの貢ぎ物よねー!?」
私たちと一緒にやってきたメリッサは、テーブルの上の華やかなグラスの数々を見て瞳を輝かせる。同じことの繰り返しはさせるかっ!と私はテーブルの前に両手を広げて阻んだ。
「じょ、冗談よ……わかってる。わかってるから……氷のやつ!無言で凍らせようとしないでよ!不敬!!」
「何もしていないが」
「神に嘘つくとか不敬!!」
メリッサはヤシュバルさまに怯えているが、私たちと少し離れた所にいるヤシュバルさまは神官長のおじいちゃんに事の説明をしてくれていて、別に怒っている様子はない。メリッサの言葉にちらり、と顔を向けたものの、また神官長さんの方に顔を戻した。
「キャンキャン!キャワワン!」
「わたあめ!」
「キャン!!」
そんなことをしていると、別室からカッカッと爪を鳴らしてわたあめが私の方に駆けて来た。真っ白い毛玉の弾丸だが、なんとか受け止める。
「わたあめ!大丈夫?痛いところない?ありがとうね、わたあめが頑張ってくれたから、ヤシュバルさまが迎えに来てくれたんですよ!」
「キャンキャン!」
ぐいぐいとわたあめは顔を私に押し付ける。接触面積を出来るだけ多くしようと体を擦りつけ、ふさふさとした毛が……もっふもふ……。
「わたあめの喉や魔力消費はちゃんと治したから大丈夫よ」
「バルシャお姉さん!」
「あ、聖女」
「偉大なる大神殿の主にご挨拶申し上げます。ご機嫌麗しく存じます、レグラディカ様。当神殿の聖女の任を頂いております、バルシャ・ルーナと申します」
真っ白いヴェールはそのままに、優雅に膝を折るバルシャお姉さん。長い髪の揺れ方や、白い聖女様の衣裳の何もかもがこの動作をどうすれば最も美しく見えるか、計算されているようだった。
真似したら私もあんな感じになれるかな?
「……」
「キャン?」
「見て見てわたあめ、優雅?」
「クゥーン?」
いつも全肯定してくれるグッボーイわたあめが、この時ばかりは不思議そうに首を傾げる。
優雅って難しいね?
バルシャお姉さんはあれこれレグラディカ様……メリッサに話しかけているけれど、メリッサの方は沈黙している。さっきまで表情がコロコロ変わっていたのに、無表情だ。愛想!
空気の読めるバルシャお姉さんは、謝罪して会話を切り上げるとまた恭しく一礼して辞した。
「ねぇちょっと!あんた、これ、あたしはどれなら食べていいの?」
聖女様が去ると、すぐにメリッサは私の方に寄って来て、テーブルの上のパフェを指差す。
神官さんたちも、最初に選ぶのはレグラディカ様であるべきだと言うお顔。
「いや、メリッサさっきいっぱい食べたじゃないですか」
「よくよく考えてみたら、ここはあたしの神殿なんだから、ここにあるものは全部あたしのものでしょ?なんで怒られるのか意味がわからないわ」
「一番最初は、わたあめ!好きなの食べていいですよ~!」
「キャワン!」
私はメリッサのジャイアニズムを無視して、わたあめをひょいっと抱き上げるとテーブルの上のパフェを選んでもらった。
もっふりしてるけど……大部分が、毛なんですね……もつと大分……小さいような。
「キャワン!キャン!」
好きなものを、と言うとわたあめが黒い目をパァアアと輝かせた。嬉しそうに前脚を(前脚あったんだ……いつも埋もれてたから……)動かし、テーブルの上のパフェが良く見えるように私はじっくりとテーブルを周る。
少ししてわたあめが選んだのは真っ赤な苺が沢山載った豪華なパフェだ。
凄い絶妙なバランスで……タワーになっている一品。
神官のおじいちゃんの一人が自慢げに『わしの最高傑作じゃ!』と胸を張った。
「キャワン!」
「それがいいんですね。じゃあ、こっちに寄せておいて……」
「次こそあたしね!」
「違います」
……私が決めて良いなら、助けてくれたヤシュバルさまにするべきなんだろうか?
というか、私が仕切っているのを誰も止めないので私が仕切っているが……幼女に女神のコントロールをさせるのはどうなんだろう。
ヤシュバルさまと視線が合うと、目を細めて首を僅かに振られた。自分はいい、というジェスチャー。
……神殿はアグドニグルとは違う権力?的な場所だから、ここで皇子のヤシュバルさまが優先されると、面目がないのかもしれない。
となると聖女のバルシャお姉さんか、神官長さんか、と悩んでいると私が困っているのを察した神官長のおじいちゃんが、その後取り仕切ってくれた。
「あたしは!?あたしはー!?」
「メリッサは一番最後」
「はぁ!?不敬!」
「違いますよ。ほら、残り物には福があるっていうじゃないですか。福イコール神様、つまり最後のものは神様のもの、完璧な理論ですね」
「どこがよ!不敬!不敬ー!」
ぎゃあぎゃあ言うが、メリッサはだからといって強行突破はしなかった。ある種納得はしてくれているのだというのが空気でわかり、それだから神官さんたちも喜々としてパフェを選ぶ。
皆が選び終えると、オレンジが載っているのと、色んな果物が沢山載っているのの二つが残った。
……多分皆、メリッサに遠慮して果物が沢山載ってる豪華なやつを残してくれたんだろうなぁ。
「……う、うぅっ……ぅー!」
残るは私とメリッサ。
メリッサは当然、私が豪華な方を取ると思っているようで、目には悔し気な涙がたっぷり浮かんでいた。それでも神様としての矜持か、喚かないで頑張っている!偉いねメリッサ!
私の手が豪華なパフェに伸びかけると物凄くショックを受けた顔をした。
「……私はこっちがいいですー!」
私も鬼ではない。
オレンジが載っている方を手に取って、笑顔を浮かべる。
「え……い、いいの?」
一瞬メリッサは物凄く嬉しそうな顔をした。けれど、そういう顔をした自分を恥じるように首を振って、私を見つめる。
「私より、こーんなに楽しみにしているメリッサに食べられた方があのパフェも嬉しいと思います!」
「……な、なにそれ……あんた馬鹿ねぇ」
パフェに心なんかあるわけないでしょう、と呆れるメリッサ。苦笑し、テーブルの上に残ったパフェのグラスを手に取って、はにかんだ。
「……ありがと」
小さくお礼を言うメリッサ。
うーん……色々あったけど、悪いひと……じゃなかった、女神様、じゃない気がする。
と、いうことで、全員にパフェが行き渡ったので実食タイムとなった。立食式で、皆がワイワイと「この色使いの素晴らしさ……さすが俺」と、どうやら自分が盛り付けたパフェを手に取る人が多かったようだ。
私は壁に背をつけて、わたあめと一緒にパフェを食べる。
「キャワワン!!キャン!」
「わたあめ?どうしたの?」
「苺の、くれるの?」
「キャン!」
わたあめは中々食べ始めないと思っていたら、床の布の上に置いたグラスをぐいぐいと倒れないように器用に、私の方に寄せようとする。
一番立派に積み上げられた苺のパフェ。どうやらわたあめは最初から、私にくれるつもりで選んだらしかった。
「わたあめ良い子!」
「キャワワワワン!」
「ありがとうね、でも、幼女はそんなに食べられないから……このてっぺんの苺貰ってもいい?」
もちろんわたあめは反対しなかった。私が苺をつまんで口に運ぶと、嬉しそうに周囲を飛び回る。
「レンツェの姫」
「ヤシュバルさま。パフェ、一口召し上がりませんか?」
「気持ちだけ頂こう。私はあまり甘い物が得意じゃないんだ」
無理強いはよくないですもんね。私は頷き、何か話があるらしいヤシュバルさまの言葉を待った。
「女神が人間の前に姿を現すなど……前代未聞だ」
「そうなんですか」
なんか普通に出て来たので、この世界はそういう感じだと思っていたが……違うんですね。
ヤシュバルさまはこの件は神殿の親元(?)に当たる神聖ルドヴィカに報告され今後何か調査やらなんやら……説明してくださるが、ちょっと……幼女の脳には、難しい。
「……つまり、君が女神と接触し言葉を交わし、好意的な関係であることを知られると、あまり良い事態とは言えなくなる。君の身柄をルドヴィカが要求してくるだろう。君の祝福の件もある」
二つ持っている、というのはヤシュバルさまはここでは口になさらなかった。言わない方がいい、というのは感じられ、私も無言で頷く。
「皇帝陛下の御帰還の日程も二週間後と決まった。王宮では宴が開かれ、その場で陛下より君との約束、そして君のこの国での扱いについて正式に発表されるだろう」
そうすればルドヴィカも手出しは出来ない、らしい。
「君の神への奉納はこの菓子で問題ない。急ぎですまないが、このまま君は私の宮に来なさい」
既にヤシュバルさまの中で確定事項のようで、意思確認なく告げられる。
……突然ですね???
感想にてお祝いの御言葉ありがとうございます(/・ω・)/




