7、神殿内に入り込むのは難しい
「その方は、おそらくご婚約者のクルト・ボジェット殿でしょうね」
数日後、珍しくイブラヒムさんがやってきた。伝令のお兄さんもちゃんといるのに何をしに来たんだろうと首を傾げていると、通された応接間でイブラヒムさんは『神殿内で何か変わったことはないか』と聞いて来た。
それで、真夜中の中庭に知らない男の人がいたと話すと、聖女バルシャお姉さんの婚約者について説明してくれる。
「聖女というのは女性で、しかも力を使うことが多く望まれますからね。黒化もしやすく、精神的な拠り所として婚約者を決めてから聖女に着任するんですよ」
「こっか?」
「そこからですか……まぁいいでしょう。貴方のように無知な者が、なぜ卵の使用方法にあんなに詳しいのか……ッ!このバカ犬!また噛みましたよ!?」
ぶつぶつ文句を言うと、私の足元で伏せ『可能な限り平たく!』をしていたわたあめがイブラヒムさんの靴に噛み付いた。
「わたあめ、めっ」
「キューン」
わたあめは犬じゃなくて魔獣だし……人間の都合で躾けるのはよくないと思うけど、叱っておく。悲しそうな声を出したわたあめに、即座におやつのキャベツをあげると、叱られたことを秒で忘れてシャクシャクと食べ始めた。
「……それで、黒化ですが」
「あ、はい」
「祝福者が力を使い過ぎると起きる状態です。能力の暴走。全魔力を爆発させての消滅。段々と精神を蝕まれ、苦痛と苦悩に苛まれる……。神より与えられし力を、人間の身で多用した結果、傲慢だとされ身を堕とされる……というのが、神聖ルドヴィカの考えですが。実のところ、正確な原因はわかっていません」
百回使用して黒化する者もいれば、一万回使用しても何の変化もない者もいるそうだ。
「イブラヒムさんは大丈夫なんですか?」
「は?」
「知の祝福者だって、イブラヒムさん」
どういう使用方法なのか知らないが、頭を使うだけで力を発生させてることになるなら、もしかしてその性格が悪いのも黒化しかけている影響じゃないか……。
心配して聞くと、イブラヒムさんは呆れるように溜息を吐いた。
「知の祝福を受けた“賢者”は滅多なことでは黒化しないんですよ。祝福の種類によってもまた違うんです。――なので、とりわけ、聖女“癒し”の祝福者は黒化しやすいんです」
他人の痛みや苦しみを癒し共有し、神に祈り、奇跡の水を作り続ける。
「ですので、代々大聖女の元で修行を終えてから、各神殿に派遣され、任期は六年と決められています」
任期が終えれば、晴れて婚約者と結婚して“普通”の生活に戻れる。
「まぁ、普通、と言いましても元聖女様ですから、新たな聖女の教育に関わったり、女性王族の話し相手になったりと、平民のような暮らしになるわけではありませんがね」
「……」
「なんです?」
「……うん、お姉さんのその恋人さん。クルトン・ポシェットさん?」
「クルト・ボジェット殿」
「その人。あんまりお姉さんに会いに来れないみたいで、お姉さん寂しがってるんですよ」
例の深夜の密会から、バルシャお姉さんはふさぎ込んでいることが多くなった。
話しかけても上の空で、気付くと慌てて笑顔を浮かべてくれるけれど……心ここにあらず、といった様子。それでもきちんと聖女のお仕事はしているみたいで、だからおじいちゃん神官さんたちも心配しながら『……あんまり話しかけるとご迷惑かもしれんのう』と、悩んでいた。
「こいわずらいだと思うんだけど……」
「子どものくせに妙な言葉を知っていますね……まぁ、クルト・ボジェット殿は……あ、そうだ。ヤシュバル殿下から、貴方に贈り物ですよ」
何か言いかけたイブラヒムさんは途中で話題を切り替える。
ちょっと気になったけど、ヤシュバルさまの名前に私は嬉しくなって顔を上げた。
「ヤシュバルさまが?」
「南国の珍しい果物が殿下の元に献上されたので、それら全て貴方に届けるように、と」
そう言えばイブラヒムさんが乗ってきた馬車の、後ろにもう一台馬車がついて来てたな……。でっかい荷馬車だったから、てっきり神殿の食料搬入業者さんか何かだと思っていたけど……。
「……ばしゃ、いっこぶん」
「アグドニグルの王族への献上品が馬車一つだとでも?貴方が気に入れば残りの49台分を定期的に運びますよ」
保存魔法で傷まないようにされているそう……。そう……。
「わ、わぁい……で、でも、折角ヤシュバルさまにって頂いたやつなら……ヤシュバルさまも召し上がった方が……」
「もちろん殿下も口にされました。その上で『これはとても良い物なので』と、あなたに下賜されたんですよ。貴方、あまり肉料理を食べないそうじゃありませんか」
げっ、なんで知ってるんだ。
大神殿で、祝福持ちの成長期真っただ中の御子様である私は、神官さんたちにとても大切にされている。
神官さんたちはお肉や魚は食べず卵や牛乳、野菜中心の食生活だけど、育ち盛り食べ盛りの子供の私にまでそれを強制するのはかわいそうだ、と、私の食事にはお肉が出てる。
……の、だけれど、その……あんまり、美味しくない。
贅沢言ったらだめだし、なんなら私が作りますと言いたいけれど、子供に火とか刃物を使わせるなんてもってのほか!とおじいちゃんたちに止められた。
結果、私は……肉の味見が出来ない、肉料理を作ったことのない神殿の見習い神官くんの作る、野菜料理に茹でた肉をぶっこんだだけの肉入り野菜料理を三日に一回出されている。
もちろん出された分は全部頂いているが……。
「殿下が心配なさっているのですよ。それで、子供を持つ騎士達に偏食の子供の食育についてあれこれ聞いて回られて……果物のように甘い物なら食べられるのではないかと」
「は、はぁ……」
ご迷惑をおかけしております。
私はぺこり、と頭を下げつつお礼を言った。
*
その後少し世間話?というか、プリンの作り方の話をしてイブラヒムさんは帰って行った。
『私はあなたのように暇じゃないんですよ』と、余計な一言を言ったので、帰りがけにわたあめにまた靴を噛まれていた。わたあめは良い子なので、鋭い獣の牙を持ちながら、靴を貫通させていない甘噛みをしている子だ。まぁ、靴に窪みがつくから、同じところ噛まれたらアウトだけど。
見送って、その後おやつの時間に私に出されるのは大量の果物。
量が多いし、いつもお世話になっているからと神殿の人たちにもおすそ分けするととっても喜ばれた。
南国の果物はお高いから、神官さんは口にした事がないひともいるらしい。
もしかするとヤシュバルさまは、私が神官さんたちと上手くやれるようにおすそ分け用にと沢山くださったのかもしれない。
「でもまぁ、有り余りますけどね!」
一応私の所有物、という扱いになるそうで、果物の目録?を頂いた。50種類以上の果物とか、甘めな野菜の数々。
絶対に消費しきれない……。
あれですね。パイにしたりドライフルーツにしたり、お菓子にしてまた配ろう。
「……うーん……」
お菓子、で私はふと……考える。
神殿のお菓子といえば砂糖と粉の練り菓子とかお饅頭。おいしいはおいしいが、こう、ふわっふわなものを欲していた。
「具体的にはそう、夢見る乙女のパフェ」
「キャン?」
そうだ。こんなに沢山のフルーツがあるのだ。
パフェを作らないでどうする???
「わたあめもパフェ食べたいですよねー、いっつもキャベツだけじゃ嫌ですよねー!」
「キャワワワン!」
なんとなく『キャベツこそ至高!』とか言っている気もするが、雪の魔獣って草食なの????
*
さてパフェ。
パフェ……。
背の高いグラスにアイスクリームや生クリームをメインとして、果物とかゼリーとか、甘い具を加えて盛り付ける……美術品。
確か、私の前世の……お店でも、出していたと思う。
そこの常連のお姉さんが……プリンパフェを出した時に大変興奮されて『これは歴史に残るべき品では!』とカメラマンを呼んでくださって、額縁にいれた素敵な写真を翌日届けてくださった。
パフェ、というのはパーフェクト(完全な)という言葉からきているようで、パーフェクトなデザート……つまり、パフェ、だとか?
「アイス……は、ちょっと、作るのは難しいですよね。幼女の体力で作れるものじゃないですし……そうなると、生クリームとお砂糖、ジャムと……」
必要な物をあれこれまとめていく。
パフェはパズルのようなものだ。生クリームをホイップして、あ、マドレーヌ残しておけばよかったな、ないからパンでいいか。
「伝令のおにいちゃーん!」
「やぁ、姫殿下。今日はすぐにあえてよかったよ!はっは、わたあめも元気だなぁ!ほら、お前の好きなジャーキーだぞ!」
「キャワワン!」
とてとてと廊下を歩いて食堂に材料を貰いに行こうとしていると、伝令のおにいさんと出会った。
一時間ごと、はさすがにやり過ぎだと思ってくれたのか、四時間ごとに延ばして頂いた伝令のお兄さんは小さい弟妹がいるみたいで、私に対しても優しい。
「さて、ご機嫌如何かな、姫殿下。何か困ったことはない?欲しいものがあったら、皇子殿下は何でも用意するようにって言ってくれているよ」
「今のところは大丈夫です。あ、さっきイブラヒムさんからたくさん果物を頂きました。ヤシュバルさまに、とっても嬉しいです、美味しく頂きますってお伝えください」
手紙を書ければいいのだけれど、文字は練習中です。




