6、聖女様の憂鬱
「うっ、ぐっ…………ひっく、ひっく……うぇえ……」
寝ていた筈だけれど、気付いたら寝間着&裸足で聖杯を握りしめていました。
(……あー、なるほど)
ぼんやりとした意識。
必死必死に、聖杯に祈りを奉げているエレンディラ、は、私なのだけれど、暗い中で幼女が泣きながら座り込んでいるのは気の毒だと思う。
「はやくっ、はやく……ちからが、使えないと……ッ、駄目なのにッ!!」
大粒の涙をぽろぽろ流し、べそをかくエレンディラ。幼い女の子。
(まぁ、そうなるよなぁ)
私はどうして陛下がヤシュバルさまと一緒に私を一足先に本国に送ったのか、まぁ、理解している。
完全にアグドニグルの支配下に置かれたレンツェ。『国民全員奴隷化』なんて、一言で言えば簡単だが、さて、実際、それではどうするのか。陛下は子どものエレンディラには見せないようにしてくださったのだ。
……エレンディラがこの神殿で暖かく穏やかに過ごしている間にも、レンツェの何の罪もない多くの国民が、既に奴隷となって肉体労働などの苦役につかされている。
皇帝陛下が本国に戻られなければ、私は皇帝陛下に料理を捧げることが出来ない。なので、祝福の力うんぬん以前に今は健康的に過ごすくらいしかできないのだが……エレンディラは焦っていた。
自分だけこんなに良い思いをしていていいわけがない。
早く、早く、力がなんなのかわかって、役に立たないといけない。
こうしている間に、苦しんでいる人たちがいるのに、自分が笑っていていいわけがない。
そんな思い。そんな苦しみ。そんな焦りと葛藤。
自分が無力で情けなくて、苦しむエレンディラ。
そんなに焦らなくてもいいと私は思うけれど、幼女の心はいっぱいいっぱいだった。
「……」
私は意識をぐっと集中させて、エレンディラを押し込める。幼女は寝る時間ですよー!
「……はぁ」
優しい子供のエレンディラ。
色んな事を『自分の所為』だなんて背負い込んでいたら、心がどんどん傷つくだろうに、子供だからわかっていない。レンツェの民を救わなきゃいけないと思い込んでどんどんと、深みにはまって行く様子。
私は額を押さえ、聖杯を細目で眺めた。
金色の大きな杯。彫り物はされているけれど宝石がついているわけではないシンプルな作り。バルシャお姉さん曰く、祝福の力が引き出しやすい補助効果もあるそう。それでも私が握ってもうんともすんとも言わない。
実は祝福されてないんじゃないかと私は疑いたくなる。
そもそも神の愛だかなんだか知らないが、祝福……愛されているならエレンディラのこれまでの境遇はどういうことだと神様に問い詰めたいところだ。
まぁ、考えても仕方のない事。
「子どもは寝るのも仕事です~」
私はさっさと諦めて、寝室に戻ろうとした。
「……………おや?」
が、廊下を歩いている所で……中庭?の方から話し声がした。
当直の神官さんかな?
夜間の祈りの修業の方かな?
静まり返った神殿だけれど、夜中に全員が寝ているというわけでもない。急に神殿に駆け込んでくる人もいるわけで、それらの対応が出来るようにと夜勤があるよ!
「……」
話し声、男女のものだ。
ほほぉん?夜間……中庭……まさか、男女の密会ですか?
ルドヴィカの宗教がどんなものか私は知らないが、おじいちゃん神官さんたちが『孫を思い出す』と言っていたので結婚とかはOKだと思う。
神官さんと女官さんのラブロマンスだろうか。ちょっと気になる。
「わたあめ!」
「キャン!」
「静かに!」
「クゥーン」
私が呼ぶと、ぽんっと虚空から現れる白ポメ。エレンディラの意識が強いと出てこない。魔獣は夜寝ないのか、大変元気だ。静かにしてね、というとわたあめはキリッとした顔付きになる。
夜の神殿内はちょっと寒い。わたあめは雪の魔獣だとかで、ひんやりしているけれど真っ白い毛がちょっとだけ光ってて暗い中でも歩ける。
……というか、暗い中祭壇の間に辿りついたエレンディラ、ちょっと夢遊病の兆候があるんじゃないか……?
スィヤヴシュさんがいたら診てもらえるけれど……。
「……うん?」
考えていると、中庭にこっそり到着。
「……(おやおや?)」
「(キューン)」
話し声のする方。すぐに見つかった、若い、男女。
一人は月明りに淡く見える茶色の髪の男性。きりっとした横顔だが、優しそうなイケメン。恰好は良い服を着ている。貴族とかそういう身分だろうか。
相手の女性は……桃色の長い髪。
……バルシャお姉さんじゃん。
え、どういうこと、聖女様が深夜の密会???オッケー?いいの?それ。
バルシャお姉さんはやや興奮したような様子。怒っている?でも、ぽろぽろと宝石のように綺麗な涙を流して、イケメンがそれを宥めて頬に口づけている。
……おやおやおや。
とても良い感じ、ではないか?
「……ごめんなさい、わたしったら……クルトを疑って」
「いいんだよバルシャ。君を不安がらせた僕が悪いんだ」
「あぁ、クルト……!本当にごめんなさい……!あなたが中々会いに来てくれないからって、あなたが心変わりしただなんて……そんなこと、あるわけないのに……!」
ぎゅぅっと抱き合う美男美女。
聖女様に会いに来るとか、中々出来ないんだろうな。大変なんだろうなぁ。こんな風に深夜に、人目を忍んで密会するしかないのかーそうか。
……周囲に公に出来ない関係は駄目じゃね????
あれか?実は他に婚約者がいるとか、実は既に妻子持ちとかそういうクソな可能性ない??大丈夫???
私は心配になって二人の様子に釘づけだ。わたあめもじっとしている。
もしあのイケメンがあんまりよろしくないイケメンだったらわたあめをけしかけようと思いながら、様子を見守った。
「……あと三年で、わたしの任期も終わるから。そうしたら、やっとあなたと結婚できるのね」
「あぁ、そうだ。もう少しじゃないか、バルシャ。君と婚約して……もう十年だ。だから三年くらいあっという間さ」
お?お二人は婚約者??
と、いうことは聖女の正式な婚約者、ということか。よかったよかった。
安心したので私はこっそりと、わたあめを連れて寝室に戻った。




