5、小瓶でも一個売ったら金貨十枚になる
聖女バルシャ様はとても親切だった。
やはり聖女というのは、お心まで美しいのだなぁと感動しつつ、私は『祝福の力が明らかになるまで、聖女様の話し相手をする』お仕事を頂いた。
「姫君……ッ!どうか、どうかッ!!伝令の自分が来る時間はッ、一か所に居てくださいッ!!!!!!!」
ヤシュバルさまはマジで一時間置きに伝令を送ってきた。私があんまりあちこち探検していると探し回らねばならず、帰りの時間が遅れてヤシュバルさまが心配されるそうだ。
「お願いしますッ!私の命がかかってるんですぅっ!」
「大げさだなぁ。ヤシュバルさまはお優しいから怒ったりしませんよー」
「わかってない!わかってないこの幼女ーーーー!!」
わたあめとかくれんぼをしていて三十分くらい私が見つからなかった時は大泣きされた。神殿とお城の距離がどれくらいか知らないけど、一時間ごとに往復するなんて大変ですね。
「ヤシュバル……氷の皇子殿下のこと?」
「はい、ヤシュバルさまは皇子さまだって聞いています」
伝令さんを見送って、バルシャお姉さんとお茶を楽しむ。
神殿のお茶は茶色くて、渋みはあんまりない。お砂糖をドボドボとたっぷり入れて甘くするのが『美味しい』と教えて貰った。虫歯になりそう。
バルシャお姉さんはそこにさらにたっぷりと牛乳を入れて飲まれるらしい。聖女様のお好みの味が出るように、と神殿では牛が飼われていて毎日新鮮な牛乳が提供されているとかなんとか。
私にお茶の席での礼儀作法なんかも教えてくれる親切なバルシャお姉さん。
毎回私の所に来る伝令が、ヤシュバルさまからの使いと知って眉を顰めた。
「……エレちゃん……あの皇子に、攫われて来たのね?」
「はいっ!?」
「……どうして南方の砂の民のエレちゃんが、アグドニグルに来たんだろうって不思議だったんだけど……あの血も涙もないクソ皇子……ついに、国のために祝福持ちの幼女を誘拐してくるなんて……ちょくちょく伝令を送ってくるのも、神殿側の監視とエレちゃんの脱走防止なんだわ……」
いや、違いますが。なんでそうなる。
私が必死に『違う』と言っても、ぶつぶつと自分の世界に入ってしまっているバルシャお姉さんは聞いてくれない。
……と、いうか、幼女の前で幼女の保護者に対してネガティブな評価をするのは教育上よろしくないと思うが……優しいバルシャお姉さんがそんなことを配慮出来ないくらい、苛立っているということだろう……多分。
「あの、あの……お姉さん、あのですね。ヤシュバルさまは、とてもお優しいです。良くしてくれて、私のことを守ってくれています」
「エレちゃん、世の中にはね、女をか弱い生き物でいさせようと閉じ込めて自分しか頼れないようにする粘着野郎もいるのよ」
「……お姉さん過去になんかあった?」
「女官たちが貸してくれる恋愛小説にそういうクズ男が出てくるのよ!」
聖女の口から聞きたくないなー、なんか、そういうの。
っていうか恋愛小説読むんですね。
いや、しかし、聖女というのは癒しの祝福を持っていればOKっぽいので、男性不信でも別にいいのかもしれない。
一応、私は『どこぞのお姫さま』という事だけは明かされているけれど、レンツェの王族というのは神殿側にも秘密にしている。
優しいおじいちゃん神官さんたちやバルシャお姉さんが、私がレンツェの人間だと知って急に態度を変えたりすることは……ない、と……思うけど。
まぁ、陛下が私との取引を正式に発表されるまでレンツェは敗国、国民全員奴隷扱いでOK、となっているので、私の存在は今はまだ隠しておいた方がいいのだろう。
なのでバルシャお姉さんにもレンツェでエレンディラがどんな生活を送っていたのか、ヤシュバルさまだけが私を助けてくれたことなど、知らせることは出来ない。
「エレちゃん、あなたは祝福の力なんて使えなくてもいいのよ。そうしたら、ずっとここにいられるわね。ね、それがいいわ。ワタアメも一緒に、三人で毎日楽しく暮らしましょう」
「キャンッ!」
自分の名前が呼ばれたのがわかったのか、足元で伏せをして『待機!有能なぼく!待機できます!!』をしていたわたあめが鳴いた。おりこう。
……いや、バルシャお姉さん、そのご提案こそ……軟禁思考系なんじゃないだろうか。
私は突っ込みを入れたかったが、相手の善意を無下にすると気分を害される恐れがある。神殿にて最高位に位置するだろう聖女様の機嫌を損ねて良いことなんかあるわけもない。
「あ、そ、そうだ。お姉さん、あの、祝福の奉納って実際どうするんです?」
ヤシュバルさまたちがしているところを結局見れず仕舞いだった。あの祭壇のある部屋で何かするんだろうけれど、今後の為に知っておきたい。
教えて欲しいなぁ、と子供らしくきゅるるん、とした目で訴えると聖女様は「えぇ!いいわよ!」と笑顔で承諾してくださった。
そして案内して貰ったのは、やっぱり先日お通し頂いた祭壇のあるお部屋。
「この聖杯にね、祝福の力を込めるの」
「ちからをこめる」
「実際に見せるわね」
祭壇の前に膝をつき、バルシャお姉さんは膝をつく。祈りを奉げる敬虔な信者。祈る姿勢がこんなにも神々しいひとがいるだろうか、というような美しさ。
聖女様が祈ると、少しして空だった聖杯に水が湧き出てきた。丁度一杯になる、というくらいで止まり、蝋燭の灯りにキラキラと表面が輝く。
「……おぉー!ミラクル!」
「この水は癒しの力を持つ水です。今は祈りの時間がそれほど長くなかったから……そうね、ちょっとした切り傷くらいなら治せる程度かしら」
バルシャお姉さんは壁の棚の下を開けると、中にはガラス瓶が沢山ストックされていた。その一つを取って、聖杯の水を注ぎ込む。
「はい。これ、エレちゃんにあげるわ」
「えっ!?いいんですか!?」
「えぇ。わたあめもあなたも、いっつもあっちこっち走り回ってるから、転んで怪我をするんじゃないかって心配だったの」
丁度良かった、とふんわり微笑む聖女様。
大瓶だと私が持てないだろうと、バルシャお姉さんは小瓶三つに分けてくれた。これ一つで掌くらいの大きさの傷(骨まで届いていなければ)が治せて、病だと体がだるい程度の微熱が治せるそうだ。
それを常に私が持っていられるように、と服に仕舞えそうな場所を探してくれたが、私の着ているアグドニグルの子供服、多分貴族の子が着るようなタイプなので収納部分は一切ない!そりゃそうだ。普通そういう子は使用人とかに荷物を持たせるからな!
「キャンキャン!」
困っていると、わたあめが元気よく鳴く。
「わたあめ、今ちょっと遊んでられない」
「キャワワン!キャワワワン!」
「え?違うって?その瓶寄越せって?」
別に言葉がわかるわけではないが、なんとなくそんな雰囲気である。
「……わ、わたあめッ!?」
「まぁ……」
言われるままにわたあめに小瓶を一つ渡そうとして近づける、と。
「キャワワン!」
わたあめのわたあめボディ、ふわっふわな白い毛の中に、小瓶が収納された。ワッツハプン。
まさか……四次元、毛皮……そうなのか!?そうなのかわたあめ!!
「キャワワン!」
さすが魔獣!
さすがヤシュバルさまつけてくださった護衛犬!
すごい!天才!可愛い!有能ー!と、私がわたあめを撫で繰り回して褒めていると、白いお腹を見せて喜ぶわたあめ。そしてそれを微笑ましく見守る聖女さま。
うーん、平和平穏。




