4、この世界には美人が多い
「わたあめ!伏せッ!」
「キャン!」
びしっと鋭い私の掛け声とともに、真っ白い毛玉こと雪の魔獣“わたあめ”がそのお腹をぺしょりと床に付ける。まぁるいお尻がとってもキュートだ。
「そこからほふく前進!!周囲への警戒!!」
「キャワワワンッ!」
「完璧……ッ、パーフェクトグッドボーイですよ!わたあめー!!」
「キャンキャン!!」
出会って数秒で、私たちは大親友になった!
素晴らしい友情と信頼が芽生え、わたあめは私の指示に従い、私はわたあめが自分を守ってくれると強い確信を得る!!
「どうです!ヤシュバルさま」
「キャワワン!キャン!」
廊下ではしゃぐ私たちを温かく見守ってくださっているのはヤシュバルさまだ。壁に背をつけて私とわたあめの『私たちはお留守番できます!』アピールをしっかりと見てくださった。
競技が終わったのでわたあめと一緒に笑顔で近づくと、腰をかがめて私たちを迎えてくださった。
「この魔獣を君が怖がっていないようだし、指示も上手く出せている。魔獣の方もきちんと君の話を聞いているようだ」
そうでしょうそうでしょう。
見かけはどうみても幼女ですが、これでも精神的には大人のつもりなのです。まぁ、エレンディラの意識が強いとアレですが、精神的には私は大人なのです。
ふふん、と胸を張ると控えていたイブラヒムさんがヤシュバルさまの腕を掴む。無礼とかそういうのを考慮出来ないくらいにスケジュールが押しているようだ……。
「姫、一時間ごとに伝令を送る。寂しい思いをさせるが、許して欲しい」
「殿下正気ですかッ!」
「イブラヒム、やはり三十分毎の方が良いだろうか?」
「アグドニグルの王族はなんでみんなこうマイペースなんだッ!」
ぶつぶつ言いながら、イブラヒムさんがヤシュバルさまを引っ張って行く。私はわたあめと一緒にヤシュバルさまを送り出し、その姿が見えなくなるのを確認するとくるり、と反転した。
駆け出す。
「わたあめ!神殿内を探検しよう!」
「キャワワンッ!」
「え、えぇえええーー!?姫殿下ーッ!?」
私たちが走り出したのを、お世話係にと付けられた若い神官さんが見つけて叫ぶ。
大人しくしている、などと言った覚えはない。
しかも、私が何の祝福を受けているのかは、実際のところ私の祝福の力が何らかの形で現れないとわからないそうだ。
なので、実際は調査らしいことはとくに出来ず、力が出るまで神殿住まい。
ただじっとしていて神のパワーが目覚めるわけもないのだから、きちんと動いていた方が良いに決まっているのではなかろうか?
つまりこれは幼女の探究心というだけではなく、早く神殿から出られるようにするための必要な行動!
突然走り出した幼女と魔獣、それを追いかけるお世話係の神官さんは、多分インドア派で重く長ったらしい神官服を着ている。直ぐに追いつけるわけがなく、どんどん差が開いて次第に『姫殿下~!』と私を呼ぶ声も聞こえなくなった。
大丈夫ですよ!
お腹が空いたら戻ります!!
*
「あら、まぁ。何かしら……珍しいお客さんね」
神殿内、めちゃくちゃ広い。
私がそれを実感する頃には、すっかりひと気のない場所に迷い込んでしまっていた。魔獣のわたあめは体力無尽蔵なのか、それとも単純に子犬の無限体力なのかわからないが、息を切らせる私と対照的に大変お元気だ。
あっちこち走り続けて、静かな場所にたどり着きました。
噴水のある……広いお庭のような、場所。綺麗な木花が咲き乱れていて、暖かな日差し差し込むその場所は、まるでお伽噺の楽園のようだった。
その噴水のヘリに腰かけているのは、真っ白いヴェールを被った髪の長い女の人。
私とわたあめの乱入に驚く様子はあったが、叫んだりはされず、にこにこと微笑みを浮かべている。
「こんにちは!」
「まぁ、こんにちは。偉いわね、きちんとご挨拶できるのね」
「私はエレンディラ、こっちはわたあめ」
「ディラの(娼婦の)エレン(子)……」
私の名前は、色んな人に悲しい顔をさせるらしい。
ヤシュバルさま達は頑なに私を『エレンディラ』とは呼ばない。酷い名前だと自分でも思うが、意味を知っている私が、呼ぶ度に傷付くだろうと、そう思われているのかもしれない。
「あ、あの、お姉さんは……?」
「あぁ……ごめんなさいね。わたしはバルシャ。この大神殿の“聖女”です」
「せいじょ?」
聖女……。
宗教的に敬虔な女性。神様の恩寵を受けて奇跡を齎したり、弱いひとを助けて社会に大きく貢献したり、高潔な精神を持つ女性を……聖女という、というのは……エレンディラではなく、私の前世の記憶から。
聖女?
白い毛玉魔獣ポメラニアンとか、このファンタジー溢れる世界での聖女という言葉。
どんな意味だろうと首を傾げていると、バルシャさんが微笑んだ。幼い子供、無知な子供に丁寧に教えてくれる優しいお姉さんの顔で、長い髪を耳にかけ、話してくれる。
「神さまにお祈りして、人の怪我や病気を治すことが出来る女性の祝福者のことを言うのよ」
「男の人はいないんですか?」
「怪我や病を治す祝福は、女性しか授からないの」
「へぇー、お姉さんは凄いんですね」
つまり、神殿は病院……医療機関ということなんだろうか?
スィヤヴシュさんは男性……だったと思うけど、いや、でも、言われてみると女性に見えなくもないけれど……いやでも、男性っぽかったような、最終判断……。
あ、別に祝福がなくても治療とかは性別関係なく出来るか。
聖女様は通常の医療行為では救えない人や、大災害などに駆り出されるまさに神の奇跡、とかそういうのかもしれない。うーん、多分。アグドニグルがレンツェに侵攻してるのに(まぁ、もう滅んだけど)聖女のお姉さんが神殿にいるってことは、アグドニグルという国と、神殿は別々の組織、勢力ということかな?
「私も祝福者みたいなんです。まだ何の祝福かわからないけど、人の怪我とか、治せる祝福だったらいいなぁ」
私はお姉さんの隣に座って、自分の掌を眺める。
「優しいのね。でも……」
ふと、お姉さんは目を細める。
「癒しの祝福者は、傷ついても直ぐに癒えるから……」
お姉さんがうっすら見ているのは、多分私の体の、これまで兄姉たちに付けられてきた傷の数々だろう。
祝福は生まれる前に神に授かるものだという。発現する年齢はそれぞれだけれど、癒しの祝福は自在に操れるようになる前から、自動で祝福者の傷を癒すので、私がその能力の可能性はないそうだ。
……ちょっと嫌な事考えたんだけど、もしかして、聖女(貴重)を見つけるために、赤ん坊を故意に傷つけて聖女狩りとかした歴史ない??大丈夫??
ふと浮かんだ疑問はとりあえずは振り払い、私はがっかりと肩を落とす。
「うーん、そうなんですか……残念です」
「でも、癒しの祝福でなくても、神さまの祝福はどれも素晴らしいわ。祝福を受けている、というだけで凄いことなのよ。神さまに愛されているんですもの」
正直、私にもエレンディラにも信仰心というのは無い。神さまに愛されることの何が良いのかわからない。が、さすがに聖女のお姉さんの前で言うべきことでもなく、私はへらり、と笑った。




