3、凶悪な魔獣、現る!!
「砂糖水でも飲むかのう?」
「練り菓子もあるぞ」
「よしよし、他国からアグドニグルへ、のう」
「こんなに小さいのに親元を離されて……」
アグドニグルの首都に建っているという大神殿の一室で、私はおじいちゃん神官さんたちに甘やかされまくっていました。
ごきげんよう、レンツェの王族の生き残りエレンディラでジャパニーズです。
などという挨拶は当然出来ず、私は突然の平均年齢の高い密室で大人しくじっとしている。
ヤシュバルさまやイブラヒムさんは神官長さんと一緒に別室に。
少しして戻って来てくださったけれど、その眉間には皺が寄っている。
「……」
「どうかしたんですか?」
「……君の、祝福の力が何なのか……判明するまで、君を神殿から出すことが難しくなった」
「……」
「もちろん、君がそれを望まないのであれば、無理強いはしない」
なんとなく、その場合ヤシュバルさまが権力とか脅しとかなんかそういう……穏便ではない方法で神殿側を説得するんだろうな、というのは幼女にもわかる。
「まぁ、よろしいのでは?祝福を授かっている女児であれば神殿側とて大切に扱うでしょうし、皇帝陛下の正式な発表があるまで姫君は憎きレンツェの王族ですからね。却って神殿内で匿っていた方が安全かもしれません」
「……」
イブラヒムさんは私を置いて行くことに賛成なご様子。
……ヤシュバルさまと離れるのは不安でしかないけど……下手にレンツェの王族の私がヤシュバルさまの側にいて、ヤシュバルさまにご迷惑がかかるのも、申し訳ない。
……それに私の祝福がなんなのかも気になるし!
良い祝福だったら、レンツェの王族でもアグドニグルの人たちに歓迎して貰えるかもしれないしね!
フンス、と私が決意を固めていると、ヤシュバルさまが私の前に膝をついて、顔を顰めた。
「……」
「殿下、殿下。心配なのはわかりますが、神殿内ですよ。突然暗殺者が現れるわけじゃあるまいし」
「突然大地震が起きて……瓦礫の下敷きになったらどうする」
「ここ五十年、アグドニグルでは大地震が起きていません」
「突然空から槍が降ってきたらどうする」
「神殿の周囲には結界はられているのお忘れですか」
「突然、」
「いいから!貴方だって暇じゃないんですよ!本来ならさっさと祝福の奉納をして宮殿に入る予定だったのに、もう一時間以上押してるんですよ!!」
ぐいぐいとイブラヒムさんが私からヤシュバルさまを引き離そうとする。
だが別にどこかに掴まっているわけでもないのにヤシュバルさまはぴくりとも動かない。
「……」
「し、心配していただけているのは……ありがたいのですが……あ、あの、私は大丈夫ですから。一人には慣れていますし、それに、ここはレンツェと違って、皆さんとても優しくしてくれますし……」
顔を真っ赤にさせて必死に引っ張っているイブラヒムさんがなんだか気の毒になってきた。
おじいちゃん神官さん達が私に意地悪をするとは思えない。私は大丈夫だと頷いて見せると、ヤシュバルさまは片手で顔を覆い、横を向いてしまった。
「くっ……」
なんかまずいことを言っただろうか……。あれか、ヤシュバルさまは私の保護者の自覚が芽生えてくれているようなので、私の自立心あふれる回答に感動してくれているのかもしれない。
「スコルハティ」
暫く肩を震わせていたヤシュバルさまだが、ややあって決意したように顔を上げた。そして何やら呟かれると、虚空が歪み、雪と氷が舞いながら部屋の中に巨大な……犬?狼?白銀のそんな四足動物……魔物?が現れた。
当然、おじいちゃん神官さんたちが悲鳴を上げる。慌てて私を庇い守ろうとするおじいちゃん神官さんたち。
大丈夫だよ!
私の可食部少ないから食べられるとしたら筋肉も少なそうなイブラヒムさんからだよ!
グルル、と喉を鳴らしながらでっかい狼がギロリと私を睨み付け、ヤシュバルさまの方に頭を下げる。
「怖がらなくていい。これは私の契約している魔獣でスコルハティ。私が離れている間、君の側にいるように命じるから、」
「でかっ、こわっ!!!!!無理ですっ!!!!!!!」
私は全力で拒否した。
どう見ても幼女に優しいわんわんではない。ヤシュバルさま善意はとってもありがたいが、無理だ!こんなデカイ怖い顔の魔獣が一緒だったらちっとも心休まらない!!
幼女のメンタル舐めるなよ!すでに泣きたい私は一生懸命拒否する。
「……し、しかし……スコルハティはとても強い魔獣だ。君に不埒な輩が近づけば触れる前に凍らせて砕いてくれるだろう」
「目の前でそういう凄惨な殺人事件が起きるのはちょっと……」
そもそも祝福がなんなのか神殿で調べ終わるまで外に出られない私に、どんな不埒な輩が近づくというのか。
というか護衛にはレイヴン卿がいてくれるって……説明を受けたのだけれど……ヤシュバルさま的に、瞬間移動で気絶したのが評価マイナスだったのかもしれない。
「……スコルハティ、君の眷属に子供が怯えないような姿の者はいるか?」
『ふざけているのか契約者、いるわけないだろう』
あ、喋るんだ。
口を開いているというか頭の中に響くような声。
『いや、待てよ……確か、雪の……ところに、小さな者が生まれたと……』
否定しながら、スコルハティさんは少し考えるように唸り、ごわごわの尻尾をビタン、と一度叩いた。
すると小さな吹雪のようなものが部屋の中に舞い、すっぽーん、と元気よく、何かが飛び込んでくる。
『キャンッ!』
お呼びですか!とでも言うような元気の良さ。きりっとした顔付きに、全身雪のように真っ白い毛。
闇のように深い漆黒の瞳……。
「っ!!」
私は目を見開き、体を硬直させた。
現れた第二の獣は、自分が目の前の幼女を守るために召喚されたと理解したようで、素早く私の方に駆け寄ってくる!!
「待てッ!」
私の引きつった顔、獣のその勢いにヤシュバルさまが制止をかけたが、魔物の弾丸のような勢いは止まらない!!
『キャワワワン!!』
「か、かわいい~~~~~!!!!」
真っ白いポメラニアンだ~~~!!
私は全力ダイブしてきた、ほぼまん丸い毛玉、真っ黒いお鼻に毛に埋もれて全く見えない手足の……どこからどう見てもポメラニアンな子犬……魔物の子を抱きしめた。




