11、たっぷり甘いはちみつレモンのマドレーヌ
マドレーヌ。
フィナンシェと何が違うのか、クシャナにはわからなかった。
『何か日持ちのする甘いものを』と、そう頼んでレンツェの幼い姫が作って来たのはマドレーヌ。といって都合よく貝の型があるわけではなく、形は丸型だがレンツェの姫は『マドレーヌです』とそう言った。
クシャナは前世の頃から、てっきりマドレーヌとは貝の型で焼いたものをさしていて四角ければフィナンシェなのだと思っていたけれど、どうにも違うらしい。さすがにレンツェの姫がまだ作っていないフィナンシェを持ちだして『マドレーヌと何が違うんだ?』とは聞けない。いずれ違いを聞けるのだろうかと、それを楽しみにすることにした。
「ふむ、うん、うん。これはこれは、不思議な食感であるなぁ」
「左様でございますね。このようにバターの香りが……それに、レモンのさっぱりとした香り、蜂蜜も入っているようでございますね。バターをすっかり溶かしてしまったときには、どういうつもりなのかと思いましたが……なるほど、なるほど……」
ヤシュバルたちとは別室で、送られてくる映像を食い入るように見ていたイブラヒムは食べながら、自身の中であれこれと答え合わせをしているようだった。
「……パイ生地などは、バターはそのまま使用している……可塑性を利用して、層が出来る。フランツオ王国の長方形の菓子は、確か柔らかく空気を含ませたものを使用し、生地に軽い食感が出るようにされていたな……平たい硬い菓子は逆に、空気を含ませずサクサクとした食感にする……バターの使用方法はこの三種類だけだと思っていましたが……なるほどなるほど……」
言いながらイブラヒムは再びマドレーヌを口にした。
「なるほど、なるほど……液体状にすることで、バターの特性である……有益な可塑性やクリーミング性、ショートニング性の全てが失われてしまう。だが、あえて……あえて、それらを無効化してこの、しっとりとした食感にしているのか……なるほど、この発想、ぐぅ……考えもしなかった……ッ」
献上されたマドレーヌは一晩寝かされてしっとりとしている。クッキーやパイ、スポンジケーキではありえない独特のねっとりとした甘さはレモンの風味が生かされて全くしつこくなかった。
感心しているんだか、なぜか敗北感を覚えているんだかなイブラヒム。自身を凡人よりも多くを知る賢者だと聊か驕った所のあった青年が、まさかまともに教育も受けていないだろう幼子に驚かされるとは思いも寄らなかったに違いない。
良い経験だ。
クシャナは東の塔の賢者たちの言葉すら「小言だ」と聞こうとしなかったイブラヒムが、あの幼い姫君をライバル視して傲慢さを改めるのなら、国益に繋がると満足である。
「イブラヒム。そろそろそのしかめっ面で食すのは止めよ。このような愛らしい菓子を前に、無粋であるぞ」
「いや、こ、これは……ッ、その、レンツェの王族の作ったものですから……警戒しているのです!けして、興味深いとか思ったわけではありません!」
「そうか」
「違いますからね!陛下!こ、これは確かに……その、不味くはありませんが……!そ、それだけですから!!だ、第一!私は立派な大人の男ですからね!こういう甘い物は、女性や子供が食べるものです!」
「で、あるか」
レンツェの姫は大量に作ってくれた。クシャナ一人では食べきれない量であるので、イブラヒムや側近たちにも下賜したけれど、それでもまだ余っている。
「明日はそなたもヤシュバルと共にアグドニグルへ向かう事となるが……道中の慰めに持たせてやろうと思うていたが、余計であるな。残りは全て、私のおやつにしよう、そうしよう」
「へ、陛下ー!!」
あんまりだ!と泣きつくイブラヒム。クシャナは朗らかに笑いながら、残りのマドレーヌは大切に全て自分が食べると、しっかりと書記官に記録させた。




