6、罪ありき者
いや、ちょっと、何かおかしくないだろうか?
……アグドニグルの人たちは「子どもは守るもの」と、そういう前提。そういう、お心をお持ちで、私はその彼らの道徳心から庇護されている。
……レンツェの国民全員、奴隷化されると、そういう決定。
……レンツェにだって、子供はいる。
なのに、兵士さんたちや、スィヤヴシュさん、ヤシュバルさまが「守るべき」と考える対象に、いや、そもそも私は異例だとしても……そこまで、憎まれたレンツェ。
「……レンツェは、アグドニグルに……陛下に、何をしたんですか?」
私はついに、口に出して聞いてしまった。
何をしたのか、ずっと気にはなっていた。けれど、「知らないのか」と、そう思われるのが嫌で、そして聞いた時に、罪を「知らなかったこと」が、陛下やヤシュバルさまが傷付けるのではないかと、それが嫌で、聞けずにいた。
「……」
予想通り、一瞬兵士さんは驚いた顔をする。知らないのか、というのが、顔に出ていた。けれど僅かの間に「知らなくて当然だ」と納得もされた。私の身の上を思い出したようだった。
「……知らないなら、知らないままでもいいんじゃないでしょうか。第一、子供が聞くような話じゃ、ありませんよ、お姫様」
言いよどむ。口に出したくない、というより聞かせたくない。私が「守るべき子供」だから。
その立場でい続けるべきなのではないかと兵士さんの目が訴えている。私はレンツェの王族の罪も何も知らず、ただ虐められて育ってきた無知で可哀想なだけの子供。そうであり続ければいいのではと、兵士さんの無言の提案。
私は兵士さんが、私をどう扱うべきか、迷っているのだと感じた。兵士さんの道徳心の中で、私は子どもだ。けれど兵士さんは、私が自分を囮にして兵士さんを逃がした「意思のある人間」だとも知っている。
「私は、私は……陛下にレンツェの国民を救う、彼らにとって「有益」でありたいと言って、陛下は私に機会をくださいました。私のあの提案は……何も知らなかったから。レンツェが、陛下に何をしたのか知らなかったから、王族として国民のために、私がしたいことを言ったんです」
皇帝陛下は慈悲深く、それを許可してくださった。私が千の料理を献上すれば、レンツェを許すと言ってくれた。
……私が何も知らないから、許してくださるのだ。
……このままでいるべきだと、私もそう、思う。
私は食堂で、私の願いを反対したイブラヒムさんや、他の家臣の人たちの反応を今更ながらに思い出した。
何をしたのか、知ったら私は皇帝陛下に、ヤシュバルさまに、「レンツェの国民の奴隷化を許してください!」と、昨日と同じ顔で言えなくなるのではないか。
何をしたのか、知らないから、私はレイブン卿に主君殺しをさせたくないという我がままを、マルリカの救助を陛下に懇願できたのではないか。
兵士さんは「知りたい理由が、ただの好奇心なら止めておけ」とそう暗に言っている。
(私は、好奇心から知りたいだけなんだろうか)
アグドニグルの人たちのことを知れば知るほど、彼らが私にとっては「良いひと」たちで、だから「こんな彼らが憎む、レンツェは何をしてしまったのか」という疑問。これは、ただの好奇心からなのだろうか。
脳裏に浮かぶのは、私の髪を梳いている時の、鏡に映った陛下のお顔。
冬の池で濡れた私を見つけた時の、ヤシュバルさまのお顔。
(今も、苦しんでいらっしゃるのが、わかった)
「……レンツェを燃やして、私たちを薪にして、陛下のお心は、晴れるのでしょうか。アグドニグルの人たちは、納得するのでしょうか。――兵士さんは、レンツェを攻めて、王族が死んで、今、」
私は兵士さんに残酷な問いかけをしてしまいそうになった。
レンツェを憎んで、レンツェが「それだけのことをした」と、突きつけて、今、憎しみは少しは晴れたのか。
皇帝陛下は、レンツェの王の首を跳ねて、憎しみの炎が和らいだのか。
これは好奇心からの疑問か?
……いいや、いいえ、いえ、これは、違う。
「……お願いします、兵士さん。教えてください」
私は頭を下げた。
「レンツェがしたこと、憎むわけを、どうか、教えてください」
私は皇帝陛下やヤシュバルさまが好きになっていた。お二人が、レンツェに何をされたのか。お二人に何をしてしまったのか。知りたかった。
私は皇帝陛下とヤシュバルさまが、アグドニグルの人たちのことが好きになっていて、彼らを苦しめる理由を知って、どうすればいいか、考えたいのだ。




