3、烈花の如く
「……抜け道?」
「そんなものがあるのを、黙っていたのか!」
離宮に駆け付けたのはヤシュバルさまだけではなく、イブラヒムさんと、そして陛下もご一緒だった。当然そうなれば騎士や、兵士たちも伴われ、私は集団の中心に連れて行かれる。
私はマルリカが隠れていたこと、それを行った護衛騎士レイヴン卿のこと。レイヴン卿は「この離宮にある抜け道を使う」と言っていたことをヤシュバルさまに話した。
するとイブラヒムさんが私を咎めるように声を上げる。
「……っ、あの」
「離宮は使用されておらず、抜け道などまさか存在していようとは……レンツェの姫、あなたは皇帝陛下の御恩情により一時的に保護されておりますが、このような、重要な情報の秘匿は困りますね」
「……あの、申し訳ありま、」
「イブラヒム」
責められ謝罪しようとする私を手で制し、ヤシュバルさまがイブラヒムさんを一瞥する。
「……殿下、これはゆゆしき事態でございますよ。かように庇われては困ります。やはり――レンツェの王族など信用できぬと、そう判断しかねない問題です。その護衛騎士がこの王女を窓から投げたのも、我々を足止めして自分たちが逃げる時間を稼ぐためでは?そして、この王女もそれを理解している可能性が、」
「彼女の話を最後まで聞いていない。判断は全ての情報を得てから行うべきだ。――皇帝陛下に申し上げます、どうか説明の機会をお与えください」
「無論構わぬぞ!気の毒に、すっかり怯えて、なぁ。イブラヒム~、幼女相手に酷いことを言うなぁ」
明るい調子の陛下に私は硬くしていた体の力をそっと抜いた。ヤシュバルさまが私の肩をぽん、と叩き、言葉を促す。
「……はい。確かに、私が暮らしていた離宮に抜け道はあって、私はそれを知っていました」
「やはり!」
「イブラヒム」
「……でも……ない、んです」
「うん?」
あるのにない、という私に皇帝陛下が小首を傾げた。
「しかし、王族の護衛を任された騎士が「ある」と申した王族用の抜け道であろう。護衛騎士は王族に嘘は申せぬ筈だが?」
抜け道を使って逃げる、と確かにあの時レイヴン卿は言った。
いや、よく思い出して。
レイヴン卿はなんて言った?
『……姫君、我々はこの離宮の、王族用の抜け道を使いここから離れます』
言っていない。
ここから離れる、とは言ったけど、逃げる、とは言っていない。場所を移動するというだけの意味。それは、どうとでも解釈できて……そして、どうしてそんな言葉を使ったのか。
「……確かに、前は……この離宮の地下に……抜け道がありました。でも、5年前の大地震の時に、地下の内部が潰れて……途中で行き止まりになっているんです」
離宮から、外に逃げられる道があるのなら。私がそれを知っていたら、私はここから逃げ出して、あるいはその道を使って、食べ物を手に入れに行ったり、しただろう。
だけど、実際に見て知っている。
「かつての抜け道は、もう使えなくなっています。…………そのことを、私に教えてくれたのが、あの騎士です」
二年前のことだ。兄や姉たちから逃げて逃げて、離宮の中を彷徨って偶然見つけた抜け道。その先の行き止まりで、これ以上行けないと泣いていると、レイヴン卿が迎えに来てくれた。そして抜け道が使えなくなったことを教えてくれた。
だから、レイヴン卿がそれを知らない筈がない。
「……これはこれは、面白いな」
私の説明を黙って聞いていた皇帝陛下は、口元を片手で覆い青い目を細めた。
「つまり、そなた。レンツェの姫、そなた、これをどう考えた?」
「……」
「レイヴンとか申す護衛騎士を知るそなた、その主人たる王女を知るそなた。抜け道はなく、しかしそれを使うと申したその護衛騎士の言葉を、そなたどう考えた?」
陛下は何がそう、面白いのだろうか。
楽し気、いや、少し……酷薄な笑みと言えるような種の笑い方だ。
私が頭の中に浮かんだ「意味」を、陛下もお考えになられたよう。
続きを促され、私はぎゅっと、掌を握りながら答えた。
「……レイヴン卿は、姉を……マルリカ王女を、その手で殺めるつもりなのかもしれません」
ブックマーク+評価ありがとうございます~!(/・ω・)/
私のモチベーション向上と「そうか、これは……続きを早く読まれるべきだな」と更新優先度が上がるので……頑張れます!(/・ω・)/




