【コミカライズ記念】それいけやれゆけ!アグドニグルのモブ兵士!
時系列としてはまだレンツェ侵略直後くらいです。
この話はコミカライズ版で登場した顔つきのおっかないモブ兵士さんたちがあまりにいいキャラをしていたので、モブからネームドに昇格しました。
「なんだってお前がこんな大怪我を負わなきゃなんない」
ぶつぶつと、友人の包帯を交換しながら、アグドニグルの兵士ムラトは不平不満を漏らした。
「そりゃあお前、戦争に参加してるんだから怪我くらいするだろうさ」
友人のウーファンは首を傾げる。もちろん彼は友人でありプライドの高いムラトが何を言わんとしているのか察している。それでいて、自分はその話題には乗らないぞ、という意味でとぼけている。普段であればそれで引き下がるムラトだったが、彼はこの二日間、虫の居所が悪い。友のそうした牽制も無視し、ぶつぶつと愚痴をこぼす。
「そもそも俺はあの悪魔の子が殿下のお傍に置かれているのも嫌なんだ。レンツェの王族だぞ?あの狂った連中は全員殺されるべきなんだ」
「あのお姫さまは他のやつらとは違う」
「同じだろ。同じレンツェの人間だ」
ぎりっと、ムラトは爪を噛んだ。昔から神経質なところがあるが、自分の行動や考えが正しいという自信を持っている。それも当然だろう。ムラトは第四皇子であるヤシュバル殿下と同じ部族の人間で、ヤシュバル殿下の血縁上の兄、ギン族の当主から直々に「弟を頼む」と配下に命ぜられた者だった。ヤシュバル殿下が七つの頃から共にいる。
無表情で何を考えているかわからないと言われる殿下を「将の器」「そう簡単に感情を表に出されないのだ」と、とにかく崇拝している。もちろんウーファンもヤシュバル殿下付きの古参兵の一人であるので、あの方こそ我らが主人と尊敬申し上げているが、ムラトほど盲信はしていない。具体的には、ムラトが信じる程、我らが主人は冷酷で冷徹ではないと知っている。
そもそもレンツェの王女である、口にするのもためらわれるほど気の毒な名で呼ばれる少女に対して、ムラトがここまで敵意を向けることにウーファンは納得していない。
だが同じように、ウーファンがレンツェの王女を守るためにレンツェの騎士によって瀕死の状態になったことをムラトが納得していないこともわかっている。
ウーファンは自分が死ぬと思った。
あのレンツェの王女と共に、彼女の母親の形見を取りに行くため廃墟に赴き、そこで隠れていたレンツェの騎士の生き残りに斬られ、まぁ、死ぬだろう致命傷を受けた。
死なずに今もいるのは、単純だ。
聖水を使用した。
本来自分の立場では使用されることのない、この行軍でも二本しか用意されていない貴重なものだ。使用を決めたのはもちろん皇帝陛下だった。ウーファンは自分が聖水を使用するほどの価値があったからではないとわかっている。死なずに済んだのは、ここで自分が死ねばあの姫の立場が悪くなるからだ。だから態々スィヤヴュ様がウーファンの治療にあたり、こうして一命をとりとめた。
「お前もあのお姫さまを見たら、そんなことは思わなくなるさ」
「もう見てる。そもそも、俺があの悪魔の子を殿下から引き離したんだ。くそっ、一時的にしかならなかったが……」
「あぁ、それで……」
ウーファンは納得がいった。
いつもヤシュバルの近くを離れないムラトが殿下の傍から故意に放されているな、とは思ったが、ムラトが自慢げに語るところによれば、殿下があの王女に「誑かされそうになっているところ」を発見したそうだ。そしてその一見はか弱い幼女がレンツェの王族であることを気付かせ、処刑の列に並ばせたのは自分の手柄だと言う。
ムラトはあの姫は自分の立場や、自分の家族たちがしたことを理解すべきだと主張した。だが実際はそうはならず、あの姫は温情を与えられ、今もぬくぬくと暖かな場所で呑気に生きている。
ヤシュバルの不興を買って傍から放された私情もあるのだろうが、ムラトは「殿下は目を覚まされるべきだ」と、だからこその正当な扱いに拘った。
「あの悪魔の子供はもっと苦しむべきだ」
自分の考えを主張し、うんうん、とムラトは満足気に頷いた。
*
そこまでするか。
ムラトは目の前で行われる「処罰」に目を逸らしたくなった。
大勢の大人が集まる、皇帝陛下の謁見の間。そこに引き摺られてきたのは、ムラトにとって「悪魔の子」であるレンツェの王女エレンディラだ。奴隷の子だという。半分が汚らわしいレンツェの王族の血で、もう半分が奴隷という身分の低い女の血が入っている。そんなおぞましい生き物がなぜ、ムラトにとって最も敬愛すべきヤシュバル殿下の庇護をうけることが出来ているのかと、腹立たしい毎日だった。
何か粗相をして追い出されればいいんだと、奴隷には奴隷に相応しい場所があるだろうと思い、ムラトは第一皇子の子であるカイ・ラシュが紫陽花宮に入ってくるのを咎めなかった。元々ある程度の自由が許されている皇孫だ。ムラトが見逃すのはごく自然のことだった。そうしてカイ・ラシュが悪魔と奴隷の子のエレンディラに暴行を受けるのを見て「やった!」と思った。これであのガキは追い出されるだろう。あんな品性のない者が、ヤシュバル殿下の美しい紫陽花宮にいていいわけがない。
自分のちょっとした行動のもたらすだろう結果を予想し、ムラトは喜んだ。
「……おい、誰か……止められないのか?」
「無理だろ……陛下がお命じになったんだ」
「だが、見ろよ……ズオリャン殿の顔、真っ白だぞ」
太く粗い鞭で自分たちの身の半分以下もない小さな子供が打たれる。皇孫の歳の数程には打てと、お命じになられた真紅の皇帝陛下はそのむごい様子を黙って玉座にて眺めている。その顔に感情は一切なく、多くの者が目を逸らし、恐れと憐憫で自分たちの行動を決めかねているというのに。
鞭打ちを執行するように命じられた軍人はアグドニグルの屈強な武人だった。戦場でどれほどの命を奪おうと、アグドニグルの命であればとそのように実行してきた人間が、憔悴し、大粒の涙を流し、これ以上は打てないと泣き崩れた。
ムラトはそれを唖然と眺めていた。
*
そこまでするか。
ムラトは全焼した白梅宮と、救出され、膝から下が焼けつくされた幼女、名をシュヘラザードと改めた少女の、ぐったりとした顔を見た。
そこまでするか。
その後も、それからも、レンツェの王女だった、シュヘラザードという尊い名と、白梅宮という名誉ある宮を与えられた……表面だけ見ればただただ幸運で幸福が約束されているのだろうという、今後一切なんの不幸も降り注ぐことがないと思われる子供に対して当然のようにやってくる現実に、ムラトは怯えた。
「なんで死んでないんだ……あの姫」
「お前、まだお姫さまのことが嫌いなのか?」
「そうじゃない!おかしいだろ!!なんであんな目にばかりあうんだ!!?」
兵士の宿舎にて、ムラトは同室のウーファンに怒鳴った。
「まだ子どもだぞ!?」
女神の加護を受けているから死んでいないだけなのはムラトにもわかっていた。治るからいいんじゃないかというような風潮が、若干あるような気さえしてくる。
「一緒に連れてきたレンツェの騎士は!?あのガキを守らないのか!?」
「殿下が守れないものがレンツェの騎士なんぞに守れるわけはないだろう~」
うんうんとウーファンは自分の考えに頷く。
アグドニグルには子供を守るという当然の道徳があるはずだ。ムラトはこの友人や、多くのアグドニグルの人間がその道徳のもと行動していると考えている。だが、それならなぜあのシュヘラザードという名になった子供は、ムラトの耳にも入ってくるほどの被害にばかりあうのか!?
「だが、まぁ、大丈夫だろう。今度、コルヴィナス卿のいらっしゃる北の砦に行かれるそうだ」
「あの子の足を焼いた奴のところにか!!??」
「おいおい、コルヴィナス卿はヤシュバル殿下の師だぞ」
それはもちろんムラトもわかっている。ムラトにとってコルヴィナス卿は「殿下の師!なんてすばらしいお方だ!」と尊敬する人間だった。それは今でも変わらないが……。
「あの子を嫌っていらっしゃるだろう!」
「そういう人間は多いな。お前もだろ?」
「俺は……!!」
ウーファンに言われ、ムラトは一瞬ぐっと黙る。
「お、俺は……!」
「違うのか?お姫さまの不幸を願っていたじゃないか」
「ね、願っていたわけじゃない!そうあるべきだと、それが正しいものだと、誰もわかっていないようだから、そう言っただけだ!」
「皆わかってるさ。だからこうなんだ。そうだろう?何が問題なんだ?あのお姫さまはアグドニグルに唾吐いて、皇帝陛下のお子を殺した外道どもと同じなんだ。だから皆、あの子をそう扱うべきなんだろう?」
ムラトもそう主張した。
実際に、ムラトが考えた正しい扱い方は、想像のだけならもっと酷かっただろう。
「……お、俺は……!」
ぱたぱたと、小さな足で白梅宮を駆け回り、毎晩欠かさずに皇帝陛下を喜ばせる料理を作る姿を見てきた。
ころころと表情を変え、周囲に気を配り、自分の立場を心得た振る舞いをしている子供を、ムラトは見てきた。
ぽん、と、ウーファンがムラトの肩を叩く。
「お前みたいな考えの奴が一人もいなくなるまで、陛下はあのお姫さまへの扱い方を変えることはなさらないだろうさ」
見せしめって大事。
コミカライズのおまけ漫画で、アグドニグルの兵士さんたちがとても素敵なばかりに「小話書いていいですか!」とテンションが上がりました。
信じて欲しいんですが、感動して兵士さんに名前と活躍の場をという気持ちに嘘はなく、ただ結果として私の性癖と文体から吐き出されるのが上記だっただけで、本当はもっとこう……漫画家先生ありがとう!というような……優しい話が書きたかったんですけど本当信じて欲しいです。




