*番外*白い冬!ハァイ!!白梅宮の不法侵入者、確保ッ!
ぴくり、とヤシュバル・レ=ギンは眉を跳ねさせた。
アグドニグルの第四皇子、銀灰、銀狼、ギン族の忌子、呼び方は様々だが最近の彼の自覚する立場は幼い姫の「後見人」である。これまで一族の延命のみに全てを捧げることを生まれ持った義務としてきた男が、その懐に入れたのが異国の幼女であったことは誰もが驚くことであったが、当人はまるで意に介さない。
一度こうと決めてしまえばそれが至極当然だろうと振る舞う男だ。周囲が訝ろうが怪しもうが嘆こうが揶揄おうが、ヤシュバルが幼い姫を見る目の穏やかさは変わらない。
そのヤシュバルの守護する幼女、シュヘラザード姫が暮らすのは美しい木花が育つ白梅宮。庭師に得体の知れぬ老人を迎えてから、魔法で整えられた春桃妃の庭に負けず劣らず、華やいでいる。庭師の老人の正体を誰もが知りたがったが、老人は「貴方が思う私でしょう」と微笑むばかり。あまり追求しようものなら、一瞬でどこか暗い長い廊下を歩いている。はて自分は誰だったかと思い出せないくらいになって、そうして白髪になって発見される無作法者が二桁ほど出たが、他人の嫌がることをした者がその程度で済んでよかったなと陳謝を受けた皇帝は笑い飛ばすだけだった。
そういうその、姫の言葉を借りれば「SE〇OMが充実してる」白梅宮に、なんぞ侵入者があるとヤシュバルは感じ取った。
放っておけばうっかり死にかけたり怪我をしたり、呪われたり、神に気に入られたりと、とにもかくにも自分の事を古雑巾か何かとしか思っていないのかと嘆きたくなる、ヤシュバルの大切なシュヘラ姫。白梅宮で大人しく寝ているからと、翌朝五体満足で目覚める信頼が欠片もない。なのでヤシュバルは朝と夜の鍛錬の前に必ずシュヘラザード姫の寝所の前まで来て、その命を確かめる日課があった。
「う、うぉおおぉおっ!!?なんじゃぁあ!!??」
「何者だ、貴様」
その白梅宮の白い屋根に不審者がいた。ヤシュバルは素早く屋根に飛び移り、氷の矢で不審者の腕を貫いた。腕が二本ある生き物なら、一本失っても構わないだろう。しかし不審者はそうは思わないようで「腕が!!腕が!!わしの腕がぁあ~~!!」と叫んでいる。とても喧しい。
「シュヘラが起きる」
黙れ、とヤシュバルは不審者の口を氷で塞いだ。真っ白い雪のような髭に覆われた口だが、髭があるからなおさら氷で張り付けやすい。
もごもごと不審者、全身を真っ赤な服で身を包んだ、恰幅のよい大男。
白髪と白髭、老人の赤ら顔。
屋根の上には途方に暮れている角のある動物もいた。
どんどんどん、と老人が抵抗する。屋根を叩き、戦う意思はないと示してくるがヤシュバルからすればこんな妙な格好をしている老人は即刻殺しておく方が問題がない。どういう意図でシュヘラの寝所の真上にいるのか、それは口を割らせる必要があるかもしれないが。
「もごごごごッ――なんじゃぁこの悪い子代表のような男は!」
「!?」
ぱちん、と老人が指を鳴らした。するとヤシュバルの氷が何もかも砕けてしまう。ヤシュバルの氷を操ることが出来るのは当人と、そしてヤシュバルより高位の氷の祝福を受けた者くらいだ。貫いた腕も一瞬で治っている。血すら消えている現象にヤシュバルは警戒した。
老人はごそごそと白い袋の中を漁る。
「わしはここの良い子にプレゼントを持ってきただけじゃっちゅうに……」
「ぷれ……なに?」
「プレゼント、贈り物じゃよ。まったく、最近の若いもんはそんなこともわからんのか?やれやれ、サンタレーダーなんてもんがあって上空から狙撃されるようになって久しいが……サンタのことをなんだと思っとるんじゃ」
「……サンタ?――サンタクロースか?」
そういえば、とヤシュバルは心当たりがあった。
『クリスマスというお祭りがありまして、赤い服を着たおじいさんが煙突から不法侵入して一年間良い子にしていた子供におもちゃとかお菓子をくれるんですよー!』
雪を恐れず、楽しいというシュヘラ。ヤシュバルの大切な姫は冬にまつわる話を多く知っていた。その中のいくつかを、温かな火鉢を囲んでヤシュバルに聞かせる。確か冬の、雪の降る夜にそんな老人が徘徊していると聞いた覚えがある。
「………………なるほど」
うむ、とヤシュバルは頷いた。
「手荒な真似をしてすまなかった。つまり卿はシュヘラが大変良い子であったことを証明するために、贈り物を届けに来た特使ということか」
レンツェの神の使いかなにかだろうか。クリスマスやサンタというものをヤシュバルは知らなかったが、シュヘラが言うのならそういう老人もいるのだろう。語った時に『でもまぁ、実際はサンタさんは忙しくって、代わりにお父さんとか保護者がサンタに扮して贈り物をくれるんですけどね』と言っていたが。
「さすがシュヘラだ。このように特使が訪れるとは」
一年間とても善良だったことはヤシュバルが誰より知っている。己が「君は良い子だった」と告げたところで愛想笑いを返されるだけだが、こうして特使が「良い子」の保証をするのなら、シュヘラも受け入れるだろう。
「え、なんだこのにーちゃん……物分かりがよいのか勘違いしとるのか……こわっ……」
「サンタなる卿は対象の子供に気取られてはならないのだろう。この宮の警備体制は万全だ。シュヘラの寝所にたどり着く前に消し炭になるか骨まで凍るかだが……」
「煙突ないのか煙突。あれがあればサンタの不思議パワーで一発なんじゃが」
ドルツィア帝国の建造物ならそういうものもあるが、生憎白梅宮に煙突はない。ヤシュバルが断ると老人はがっかりした。
「そうか……わしは世界中の子供たちにおもちゃを配らんとならんからな……まだ死にたくない」
サンタは踵を返そうとした。ヤシュバルはその肩をがしっと掴む。
「どこへ行く」
「こわっ……!!このにーちゃんこわっ!!!!!!!!!わしより細身なのになんだこの握力!!」
なぜ去ろうとするのか。屋根の下でシュヘラは今も穏やかに眠っている。己のことをまるで顧みないあの子も、サンタなる者に「君は良い子だ」と認められたら、少しは自分を大事にする気になるのではないか。
絶対に逃がすものかとヤシュバルが戦場で敵将を見つけた時以上の決意を向けていると、サンタの老人はガタガタと震えた。全力で抵抗しているようだが、ぴくりともその体は動かない。深い溜息を一つ、老人が提案をしてきた。
「わしの代わりに、あんたが届ければいいじゃろう」
*
「ん-……ん?んんん??」
頭を撫でる感触にシュヘラザードは目を開けた。ゆらゆらとか細い灯り。外はまだ暗いが、枕元に誰か立っている。
「……ヤシュバルさま?」
「すまない」
「……いきなりの謝罪の心当たりがちょっと……」
何でもかんでもすぐに思い詰める方だが、八割が自分のことだとシュヘラもわかっている。今回は特に何もしていないはずだが、と、寝ぼけた頭で自分の無罪を主張した。
頭を撫でたヤシュバルは眉間にしわを寄せる。
「サンタでなくすまない」
「………………………サンタ」
「君に会いに来ていたのだが、ここまで連れてこれなかった」
一瞬の隙をついて逃げられてしまったと、心底悔し気にヤシュバルが言うのをシェラ姫はぼんやりきいて、なるほど、と一つ頷いた。
前にクリスマス、雪の降る夜のお話としてサンタの話をしたことがあった。それでこんな作り話をしてくれているのだろう。
(私がサンタを信じてる子供だと思ってらっしゃるのか……)
別に本日はクリスマスイブというわけでもないのに、なんというか、やさしい人だ。
ふわり、とシュヘラは欠伸をし一度目を伏せた。
「サンタの代役は色々いますから」
「あぁ、確か父親だったか」
「恋人もそうです。ヤシュバルさまは私のお婿さんなので、適役でしょう」
言うとびっくりしたようなお顔をされる。。シュヘラザードは何をいまさら驚くのかと、その顔を見上げて目を細めた。
プレゼントは何だろうかと、気になる。けれど眠気の方が強かった。
再びうとうとと目を閉じて、プレゼントは朝にあけますね、と告げると頭を撫でる手が一度止まり、また動き始めた。
異世界転生があるんだからサンタが異世界転移することもあるともさ。クリスマスだもの。




