【コミカライズ配信記念】※番外※暑い夏!!ファアアァイ!土用の丑の日はないけれど!!【前編】
「うなぎってありますか? 」
プライベートビーチから。ローアンは朱金城に戻って暫く。
眩しい朝日が天蓋の隙間から差し込み、アンが声をかけてくるまでさて、今夜の献上品、一千一夜のお料理は何にしようかと考えるのは私の朝の日課だった。
できればその日の前の晩に陛下とお話をして。さて、明日はどんなものがご所望かと打ち合わせをしたいのだけれども、私がどんなものを思いつくのか陛下は楽しみでいらっしゃるし、私にも十分な睡眠が必要だ。
明日のことを考えて眠れなくなるよりは明日のことを明日の朝に考えてしまおうと思った方が気持ちが楽になるのではないかと、なので、朝。
ふと思いついた考えについて、実行するために必要な食材を朝食のお粥を食べながら雨々さんに聞いてみる。
「うなぎでございますか?もちろんございますよ」
食材に詳しい雨々さんは私が「こういうものを使いたい」というと、あれこれご自身の知識の中から探し出して教えてくれる。思えばそれほど身分が高くはないはずの雨々さんが、古今東西の色々な食材をよくご存じなのはなぜだろうか。マニアと言えばそれまでで納得できるが。
「ですが、ローアンではあまり見かけませんね」
「国中の色んなものが集まる首都なのにですか?」
「高級魚というわけでもないので、あえて遠方から取り寄せるようなものでもないでしょう?」
ここよりも西の方ではうなぎを食べるそうだが、食べ方というのも煮込むか油で揚げるかというものらしい。
私は夏の暑い日だし、そろそろ陛下もうなぎなんぞ出したらお喜びになるだろうと思った。ので、あればうなぎを、できればかば焼きにしたい。
「煮たり揚げたり、ですか。うーん、広げて串焼きにとかはしないんですか?」
「また姫は、妙なことをおっしゃいますね。あれは寸胴の丸い生き物で、体表がぬめぬめとしているんですよ。骨も細かく、食べ方としてはぶつ切りにして、というのが妥当でしょう」
なるほど。確かにフランス料理などはそうした食べ方もある。スペインではうなぎの稚魚をオイル漬けにして食べたりもする。 あれはアングーラスと呼ばれ高級食材だが。
蒲焼という焼き方は日本独自のもの。 日本人はうなぎが好きだ。土用の丑の日というのは「う」が付く食べ物なら瓜でも良いのにあえてうなぎを買い求める。美味しいからだ。ちょっと高いが、ジャパニーズ。「まぁ、土用の丑の日だから食べなきゃな」という義務感を食欲にコーティングさせてサイフの紐をゆるっと緩める。
魚とも違う。またお肉でもない。独特の味弾力がある。
日本人は縄文時代から食べているそうで、かの万葉集にも「武奈伎」の記載があるそうで。
江戸時代からはスタミナ料理、酒のいいつまみとして花開いた。あの独特な生体、形状で諦めるなら勤勉なジャパニーズにはなれないと料理人が奮闘したのか知らないのか、まぁ、それはどうでもいいのだけれど、うなぎ専用の包丁、うなぎ専用の調理道具、うなぎ専用のさばき方が、あれよあれよと開発された。
ふわっふわの、炊き立ての白米の上にたっぷりとタレをつけたうなぎをどん、と重ね始めたのはのは誰だろうか。さすがに知らないが、とにかく天才の所業に違いない。
ただでさえ、白米の上に甘辛いブツを乗せるというのは「何をしてもうまい」鉄板だ。
そこにうなぎである。唐揚げと並ぶくらい、圧倒的王者だ。不味いわけがない。
夏のプライベートビーチで遊び倒した陛下は、ローアンに戻られて仕事漬けだ。まぁ、遊んでいた分の溜まっていたお仕事があるのは仕方ない。
皇帝には有給休暇がないのだ、と嘆いていらっしゃった陛下にうなぎ丼を作って差し上げたかった。
さて、うなぎがあるというのなら、まあ大丈夫だろう。私は早速雨々さんにうなぎは手に入れられるかと聞いてみた。
まぁ最悪、ローアンで手に入らないのであれば、コルヴィナス卿にさりげなくお手紙で「陛下のご健康のためにあるといいんですけど、手に入りませんでした」とでも書けば何とかなるが、これは最終手段である。
しかし、そこで雨々さんがやや悲しげに目を伏せる。
いや。もともと目は細くて常に伏せてるようなお顔なのだが、まあそれはいいとして。
「シュラ様。 シェラ姫様」
「はい、なんです?」
「よろしいのですか?」
「と言いますと」
「陛下にお出しする逸品なのでございましょう」
「まあ、私が作るということはそうなりますね」
「うなぎでございます」
「うなぎを頼んでます」
「うなぎでございます」
なぜ繰り返すのか。
もしかしてうなぎというのは格が低い食べ物なのだろうか。
日本では高級食材だったんだが、まぁここは異世界だし、スイカが大暴れするぐらいなの。だから、まあいろいろあるのだろう。
陛下の御前にお出しするものは当然毒見係の方も口にする。
あまり王族の方に出すのに適してないものを出していると、怒られはしないが……まあ私の評価が下がる。 私の評価が下がるごときは別にいいのだが。
今後ローアンでうまくやっていくためにも、それなりの評価は保ちたい。
雨々さんは渋い顔をした。ままゆっくりと口を開いた。
「うなぎでございます。陛下のお口に入れるものということであれば。 別のものがよろしいのではないでしょうか? そう、例えば天猿とか」
天猿。
……天ざる?
なんです。それ? 天ぷらうどんか何か?
天の猿。
と書いててんざる。
「天猿を討伐したいのか? ……確かにこの時期なら。 討伐依頼の1つや2つは出ている頃だろう」
「あ、ヤシュバルさま!おはようございます!」
「あぁ、おはよう。シュヘラ」
朝の鍛錬が終わった後、ヤシュバルさまは私の宮にいらっしゃる。
私が起きる時間よりかなり早くから、それこそ日が昇る前から起きてきて訓練をされている方らしい。
おそらく軽く4時間以上は朝から訓練をされ、そこからお食事を召し上がる。
私が何度か一緒にいかがですか?と言ったのだけれど、タイミングが合わないかもしれないから、私がヤシュバル様を待って、食事の時間が遅れてはならないと、あまり一緒にしていただいたことはない。
今日も私の食事が終わる頃、一汗かいたらしいが、全く汗のにおいがしない。
私の未来のお婿さんは涼しい顔でやってきて、私が雨々さんから「うなぎは天猿がいい」と聞いたというのをお伝えすると、討伐という何やら物騒な単語を口にされた。
「と、討伐……?な、なぜ……?」
私の脳裏に真夏のビーチで大暴れしたマザースイカの姿がよぎった。
アグドニグルが誇る屈強な軍人たちを砂まみれにさせ、蔦に絡めて翻弄しまくったマザーは海を凍らせたヤシュバル様の氷の槍の投てきで海の藻屑となった……。さらばマザー。その死骸は海底で魚たちの養分となり、魚の腹の中で第二、第三のマザーが育まれるという……。まぁ、その前に大きな魚に捕食され、マザーになれるのはマンボウの卵の生存率くらい低いらしい。
うなぎもか??うなぎもなのか??
「君は知らないかもしれないが、西の方ではよくある話だ」
うなぎの討伐依頼が出されるのが??
ヤシュバルさまは言葉が少ない時があるので、誰か通訳してくれる人はいないだろうか。
私はうなぎが欲しいだけなのだけれど、何か話が大きくなっていないか。そんな予感はしたけれど、ちょっと興味がある。 でかいうなぎかぁ……。
「私は今日少し時間があるし。君が天猿を討伐した方が良いというのであれば、私が一つ討ってこよう」
そんなちょっとマヨネーズでも取りに行くような気軽な感じでおっしゃるが、騙されてはいけない。討伐と言っているのだ。討伐依頼。 討伐ですよ。つまり軍を率いてやっていただきたいという正式な依頼ではないのか?
私のやや後ろの方では雨々さんが満足げに頷いている。
この雨々さん、基本的に善……いや、まぁ、あどちらかといえば悪人ではないというだけだが……、食材に関してはとてもまあなんというか、せっかく身分高い人間に仕えているのだから、精一杯珍しい食材を堪能したいとそういうお方だ。
その天猿がなんなのかよくわからないが、討伐依頼が出る程、というのはおそらく「珍しいもの」なのだろう。雨々さん、私を唆しその天猿が手に入るのなら見てみたい。せっかくだから調理をしてみたいという。そういう料理人の欲だろう。
まあ、これが何か他の権力的なものなら、どうも私服を肥やしているということにはなるが、食材なのでいいだろう。それに陛下の口に入るものなのだから高級食材を使うのも問題はない。
「ヤシュバルさま、あの、お願いがあるんですが……」
私はおずおずっと、ヤシュバルさまを見上げる。
「!なんでも言うといい」
天猿の討伐はあくまで、ヤシュバルさまにとっては「自分が言い出したこと」という認識だ。そこに私が「お願い」と言うと、この方はとても嬉しそうにされる。
「君が、そうか……君が、私に願いを……」
なにやら噛みしめていらっしゃるのだが、私はにっこりと笑顔のまま続ける。
「私も見たいです!天猿の討伐!!」
ヤっちゃん、私を甲子園に連れて行ってネ、くらいの、不可能ではないが並々ならぬ努力と根気と気合が必要な、おねだりに、ぴしり、とヤシュバルさまの顔が硬直した。
いつもお世話になっております。枝豆ずんだでございます。
さて、本日8月2日より、漫画アプリ「Palcy」様で千夜千食物語のコミカライズが配信されました。
陛下がとにかく美麗でございます。
無料で読める話もありますので、ぜひ、イブラヒムさんがまだ真面目に賢者をやっている数少ないシーンまで読んでほしいです。よろしくお願いいたします。




