【番外編】暑い夏!ファイ!!恐怖!!海からヤツがやってくる!!!
「どうか、どうかお助けください……ッ!」
陛下のプライベートビーチから山一つ離れた場所にひっそりとある漁村の、数少ない村人だと名乗る老人が、ふるふると震える足で海の家までやってきて、膝をつくなり、そう懇願した。
夕日の美しい砂浜。ビーチバレーとビーチフラッグと、ついでに波打ち際での追いかけっこまでしっかり堪能した陛下は大変ご満足され、この後のご予定としてはコルヴィナス卿が主催する花火大会が始まるまで歓談中、といった所。
「お助けを……!どうぞ、お助けくださいまし……!これほどの護衛を連れていらっしゃる……どこぞの名のあるお貴族様とお見受け致します……!どうか、どうか!お助けください!!」
そんな中に、任侠映画よろしく、ボロボロの体の老人が身を投げて救いを求めるものだから、まずは当然、得体の知れない乱入者にオンオフを素早く切り替えたヤシュバルさまが「狼藉者」と氷の槍でご老人の服の裾を砂浜に縫い付ける。
「よい」
そこに、デデデン、と、打楽器の音を黒子さんたちが奏で、パスンッ、と扇を広げた真夏の夜のうかれポンチルックのままなクシャナ陛下が声をかける。
なんか始まった。
私は幼女の姿に戻り、砂浜で大仙陵古墳を作っていた手を止める。
涙ながらにおじいさんが訴えるのは、山一つ向こうの自分の貧しい村は、それでも何とか漁をしてやってきた、と仰る。
けれど悪徳領主がのさばり、年貢がキリキリと上げられ、若い娘たちは年貢の代わりにと連れていかれる……。
「そこまでは別に良いのです……!娘など女房にまた腹ませればいいし、うっかりアホ領主の子でも孕めばこれ幸い、今度はこちらが摂取してやれますからな……!!」
まったくよくない。
良くないが、まぁ、ご本人とご家族様が納得しているので良いのだろう。
おじいさんは続ける。苦渋に満ちたお顔で、これまでの苦しみを思い出し、砂を強く握りしめる。
「海から……海から、あやつらが、やって来たのです!!我々の港を!我々の海を……!!魚を思う存分食い散らかす、やつらが!!」
サメでも出たのかな。
私は古墳に穴をあけて、小さなカニを通しながらぼんやり思った。
「あやつ、とは……まさか」
陛下のお顔が曇る。
何かお心当たりがあるようだが、鮫ごときで陛下がそんなお顔をされるはずがない。私は少し興味をもっておじいさんと陛下を交互に眺めた。
「そのまさか、でございます……海の災い、生きとし生けるものの天敵……神に見放された怪物……」
魔族や魔獣がはびこるこの世界でそこまで言われる存在……だと!?
私は思わず、ごくり、と緊張から唾を飲み込んだ。
そしてその緊張は私だけではなく、周りのどんちゃん騒ぎをしていた白梅宮、紫陽花宮、ヤシュバル様直下の武人さんたちも同じようで、気付けば静まりかえっている。
その静寂がしっかりとあたり隅々までしみわたるほどの間を待ってから、おじいさんはゆっくりと頷いた。
「そうです、やつ……恐れを込めて呼ばれるその名…………水禍」
■
「スイカじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
翌日の早朝、しっかり討伐隊が編成され、漁村に派遣されました。
もちろん陛下もきっちりと軍服を身に纏い、ご自身の黒馬を颯爽と乗りこなし、駆け付けました。私はまだ一人で馬に乗れないのでヤシュバルさまの馬に乗せて頂いたけれど、馬は揺れるのであんまり乗りたくないな、と思いました。
まぁ、それはいいとして。
ワーワー、と、漁村で始まった討伐戦。
槍やら矢やら剣やらを手に持ったアグドニグルの誇る軍人さんたちが、海から続々と現れる……緑の球体に黒い縞模様の入った……どこからどうみてもスイカを……割ったり刺したり、転がしたりしている。
「スイカじゃん!!!!!!!スイカ割りじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
真っ赤に染まる海!!!!
荒れ狂う獣のような咆哮をあげるスイカと!!戦う真剣な軍人さんたち!!!!!!!!!!!!!
でもこれはスイカ割り!!!!!!!!!
「うわぁああ!!た、助けてくれぇえええ!!」
「ば、馬鹿!!お前、ツルには気をつけろって習っただろう!!」
おまけにスイカなのでツルがある。それが生き物の触手のようになって、いかついマッチョ軍人たちを襲う!!!!!!!!!!!!!
「……子供が見るものではないよ」
そっと、ヤシュバルさまが、かつてのレンツェの王宮で示してくださった優しさを、再度ここでも発揮してくださるが……うん、まぁ、はい。子供が見るモンじゃないですよね。
私の感性がおかしいのだろうか。
夏の海辺で、野郎どもが触手の生えたスイカクリーチャーに襲われている光景。
……残酷なグロシーンではないと思うが、まぁ、子供が見るモンじゃない。
私は何を見せられているのか……。
陛下と言えば大変楽しそうに「よし!やれ!!そこだ!!頑張れー!」とエールを送っている。うん、真面目に指揮をされるご様子がなく、陛下もこの……皆さんには惨状に見える光景を大変楽しんでいらっしゃる。
「……陛下。あれって……」
「うん、水禍である。恐ろしい災いだな。うっかり海の中で足を引っ張られ、底に引きずり込む、などもあるらしい。姫が本日も楽しく泳げるように、このあたりのスイカは駆逐せねばな」
今スイカって言いましたよね。
発音的に、わかってますからね。
水禍の発音は某電子カードの発音と同じだが、スイカはスイカである。
「というか陛下」
「うん?」
「なんであんなにスイカが狂暴化してるんです……」
いや、そもそも、スイカって海に生息しているんだっけ……畑じゃなかったか?
海から鮫とかウニとかが襲ってくるならまだわかるが、スイカ。
私は頭を抱えた。なんでスイカ。
「ふむ……あれは私がまだ、今より歳を食っていない昔……」
「若かりし頃と仰らない当たり、そんなに昔じゃないってことですか?」
「今よりもう少し若かった頃」
なぜ言い直すのか。
陛下の実際年齢は知らないが、80歳近い白皇后が美少女だった頃にすでにあの陛下だったらしい、というのは聞いている。
「とある農夫が、ふと思いついたそうだ……野菜が自分で動いたら、獣害にも遭わないし、水やりも自分で飲みに行くし、収穫も自分で荷車に乗ってくれるんじゃないか、とな。それで、その土地の神に自分の娘を生贄に捧げて願ったそうだ。神はもちろん願いを叶え、歩き出したその畑の野菜、スイカは農夫を殴り殺し、自分を焼き殺そうとする怒った農民たちから命からがら海へ逃げ延びた……しかし農民たちの怒りはすさまじく、船にのりスイカたちを追いかけてはカイで殴り殺した。スイカたちの恨みは小さな種となり海底に沈み……時々こうして、恨みを果たすため陸に上がってくるらしい。うん?どうしたシェラ姫、頭を抱えて」
…………。
………………。
酔っぱらったアホが書いたシナリオか何かだろうか???
「と、とりあえず……一番かわいそうなのは神様の生贄になった娘さんですね」
「うむ。その娘は良い感じの神に嫁いだようでな、その後子宝にも恵まれ、別の土地で寿命を全うしたそうだ」
あ、それはよかった。かわいそうな娘さんは報われたのか。
私がほろり、と感動して目頭を拭うと、陛下は私をちょいちょいっと呼び寄せる。
「なんです?」
「試したことがないんだが、あれは食えると思うか?」
「嫌ですが」
陛下が指さしているのは、海の上を大暴れするバカでかいスイカ、あ、水禍。
「あれはたぶんマザーだな」
「マザー!?」
「あぁ、マザー水禍だ。あれを破壊しない限り、児珠水禍どもは途切れなく生み出される」
とても大きい。とっても大きい。
バカデカい口と、でっかい牙まであって、ツルで宙づりにした兵士さんたちを飲み込もうとし、ヤシュバルさまの氷の槍がそのツルを切る。
「神は無駄に万能だ。あれらを野菜のまま命を与えたので、あれらは獣ではなくあくまで野菜らしい」
みんなで楽しくスイカ割をしたんだから、その後やっぱりスイカを食べたいよね!!
と、そう圧をかけてくる陛下。
あぁ……どうりで、駆逐するならこの辺の海もろともコルヴィナス卿が灰燼にかせばいいものを、コルヴィナス卿はプライベートビーチにお留守番である。
折角だからスイカを食べたいな、と思っている陛下の、コルヴィナス卿出禁命令はそのためか。
「面白そうだろう、シェラ姫。あぁいうのを食べるのも長い人生のうちに会ってもいいだろう、なぁ?」
わくわくと、陛下は大変期待に満ちた目で私を見てくる。
スイカ……スイカを使った、お料理をご所望……そういうことか……!!
あの目と口のあるクリーチャーを、レッツクッキングしなければならないのか。
私はスイカの食べ方として、塩を振る以外のものが思いつかないが、そういうわけにもいかない。陛下は絶対!!陛下がご所望なら……なんとかしなければならない!!
正直、シャーベットにするかジュースにするかしか思い浮かばないけど!!!!!!
「う、うあわぁあああああ!!」
私は半泣きになりながら、手頃な棒を掴んで海に駆けだした。
漬物って手もあるよ!!!




