【突然ですが番外です】暑い夏!ハァイ!!君は生足魅惑の半魚人!!!!!!!
※注意※
これは連日の暑さに嫌になった作者が本編を書く事よりも「今!!!これを!!書く!!!」と優先させた番外編です。
「プライベートビーチに行くぞ」
朝のラジオ体操を終え、シーランがくれたタオルで体をふいていると、セレブがかぶっていそうな大きなツバの麦わら帽子に、サングラス(あるんだ……)、ヒールのついたサンダルにアロハシャツと真っ白いすらっとしたパンツ姿の陛下が、浮き輪やパラソルを持った黒子さんたちを伴って現れた。
すごい!
夏に浮かれた人間の擬人化だ!!
しかしさすが陛下。その肩にはいつもの軍服を羽織っていらっしゃる。確か陛下の初恋の人が「陛下は軍服が一番お似合いですよ」と言ったからだとか、そんなことを千夜千食の女子会で聞いた覚えがあるが、アロハシャツに軍服というのは斬新すぎる。
「ぷらいべぃとびぃち」
「うむ。十年ほどまえにぶん取っ……侵りゃ……………肉体言語と物量という平和的解決で入手した、良い感じの白い砂浜と青い海がある」
隠しきれない征服者の気配だが、私は「へぇー」と聞き流すことにした。陛下の後ろでは黒子さんたちが「イイヨ!」「海!」「サイコー!」「海産物もアルヨ!」と厚紙を掲げている。
「可愛い姫よ、ローアンは盆地。どう考えても暑い。王族や貴族はこぞって避暑地に行っていると言うのに、シェラ姫がこの広い王宮で留守番というのはかわいそうでな」
確かに白皇后はこの時期いつも行かれる避暑地があるらしく、夏の暑さが本格的になる前に出発された。後宮の女性たちが集まる朝の会でも、そう言えば第三皇子ユリウス・ツォル・ネラ殿下のお妃さまたちがごっそりいなくなっていた。暑いしお盆だし里帰りでもしてるのかと思ったら、仲良しこよしのユリウス殿下ファミリーは皆でごっそりと夏のバカンスに出ているそうだ……。
「子供というのは夏季に海に行くものだと、陛下のご厚意だ」
「ヤシュバルさま」
冷気と共にやってくるのは私の未来のお婿さん、ヤシュバルさまである。
正直、ヤシュバルさまが傍にいてくれれば夏の暑さなどただの明るい陽射し程度にしか感じないし、ヤシュバルさまも毎朝欠かさずどでかい氷を白梅宮にお届けしてくれるので、私は全くと言っていいほど暑さに悩まされていない。
「ふふん、もちろん、海の家の用意も抜かりない。日帰りでも良いが、やはり夕日の沈むビーチでこう、な。こう、良い感じのドルツィアの酒なぞ飲みながら、楽しみたいな?具体的には焼きそばとか、海産物の網焼きとかな」
なるほど、陛下。
浮かれていらっしゃる。
後でシーランに聞いた話によれば、別に陛下は春夏秋冬、愛ではするし周囲に配慮もするけれどご自身が楽しまれる、ということはあまりなさらなかったそうだ。
しかし今年の夏は私がいる。
そう、陛下の前世と同じくジャパニーズだった私がいる。
日本人は海が好きだ。島国であるので真っすぐ歩き続ければ海に出るので仕方ない。海を愛するな、という方が無理である。
別に日本人でなくとも海は好きだろうが、日本人の夏の海遊びに対しての熱意はクレイジー。
わざわざ海開きという日まで作って、大人から子供まで全力で海で遊び倒す。
元々は健康にいいよ、という医療目的だった海水浴に、いか焼き、焼きそば、かき氷、貸し浮き輪からボート、水着まで、そしてやっすい造りの海の家で砂まみれになりながら着替えをするまでがワンセット……遊びに全力なレジャーにした。
砂と海の美しいビーチを陛下への献上品として送った属国の思いは長年放置されていたらしいが、私という同郷と会ったことで、陛下の中の……ジャパニーズソウルが目覚めてしまっても仕方ない。
「さてシェラ姫。どうだろうか」
上機嫌に、陛下が私に差し出すのは、陛下がつけている物より少し小さめのサングラス。
一緒に真夏のうかれポンチになるか、というお誘い。
私は真面目な顔で頷いて、ありがたく、と両手で拝領し、礼儀正しくお返事をする。
「陛下のいらっしゃる所が私の皇宮。お供させていただきます」
ちゃきっと、私はサングラスを装着し、サッと黒子さんが着せてくるアロハシャツに袖を通す。片手を腰に当て、もう片方の手で大きな浮き輪を受け取る。
「レッツビーチ。海の家でのバイト経験くらいありますとも」
これで私も立派な夏のうかれポンチ装備。
頭の中では雨々さんに発注する食材のリストを考えつつ、陛下が大変うれしそうに「頼もしいな!」と笑ったのを聞いていた。
*
「……………???」
イブラヒムは理解が出来なかった。
万物を理解することに努めようと、黒の塔を出た身。多くの疑問疑念、難解な事象は全てイブラヒムの養分となり、それらを煩わしいと思った事はなく、何もかもを貪欲に飲み込んでやると、その決意は変わらない。
変わらない。のだがしかし、それはそれとして、今、この現状がまるで理解できない。
「イブラヒムさん!オーダー!!注文!!!!ほら!溜まってますよ!!?ちゃんとテーブル回ってください!何してるんです!!?」
夜の海のように黒く美しい髪を頭の上で高く結い上げ、砂のような色の肌を露出させ薄い布を身にまとっている美しい人がイブラヒムを見て声をあげる。美しい人は声まで美しい、とイブラヒムは心に沁みかけて……。
ゴンッ!!!
全力で頭を柱にぶつけた。
「うぐっ……!!」
その頭脳を差し出せば3国が無条件で属国になる、とさえ言われた賢者イブラヒム。その価値ある頭脳の入った頭蓋骨をゴンゴン、と柱にぶつけるのは何も正気を失ったからではなく、正気を保ちたいからである。
思い出せ!!
何がどうしてこうなった……!!
暑い夏。
ローアンの朱金城は比較的静かになる。
普段かまびすしい貴族たちは避暑地に引っ込み、城に残るのは職務にまじめな文官や訓練を欠かさぬ武人くらい。イブラヒムは自身の研究室で室内を涼しくする箱を使用し、快適に過ごしていたはずだ。
記憶を探る。
なぜこんなことに……。
確か、静かな研究所にひょっこりと、顔を出したのだ。
誰が。
黒い髪に、真っ白な大きな帽子をかぶり、薄着をしたイブラヒムの姫、琥珀の君が姿を現し「困っているんです。助けてください」と、黄金の瞳に涙を浮かべながら懇願してきたのだ。
男として、美しい女性の頼みを……可憐な、か弱い女性の頼みをどうして断れようか。
二つ返事でイブラヒムは頷き、貴方の問題を解決することが出来るのは私の人生の誉れです、とか、そんなことを口走ったような気がする。
…………暑かったのだ。
いくら、冷房機能を搭載した魔法道具を使用していようと夏は夏。
……正常な思考が、瞬時に判断できなかったのだ。
あの悪魔。
じゃなかった、あのふざけた姫。
シュヘラザード姫の第二の姿にうっかり騙され、唆され……「海の家」の労働力として……働くことになるくらい、イブラヒムは……正常ではなかったのだ。
「回想終了してください!!ほらこれ!!焼きそばです!!あっちの窓際のテーブルですよ!」
どん、と、イブラヒムの前に置かれる料理の皿。
茶色い麺だ。
肉も申し訳程度に入っていて、ほぼ野菜と麺である。
「……………」
ごしごし、と、イブラヒムは目をこすった。
……シェラ姫の後ろの、調理台で頭に頭巾を巻き、汗一つ垂らさず炎を前に麺を炒めているのは……炎の守護者、英雄卿……いや、まさか、いや、そんな、幻覚だろう。
イブラヒムは頭を振って、とりあえずこんなに重い皿を琥珀の君が持つことはないと自分で持ち、指定されたテーブルへ向かった。
「アッハハハハハッハハハ!!!!!!!アハハハ!!」
「……なんで貴方がそっち側なんです?スィヤヴシュ」
届け先のテーブルには、こちらを見て指さして全力で笑っている友人がいた。
長ったらしい髪は暑いのか一つに束ねていて涼し気だ。
「君が!!き、君が!!給仕……!!!あっはは!!シェラちゃん最強!!!!!!!」
元王族であるので、スィヤヴシュは身分で言えば給仕をするような男ではないのだが、イブラヒムは納得いかない。自分がこき使われているのだから、お前も働けと目で訴えると、その向かいに座っている黒衣の青年、こちらも友人であり、今は目上の立場のヤシュバルがイブラヒムを見上げて目を細めた。
その目はスィヤヴシュのように小馬鹿にするものではなく、どちらかと言えば羨望の眼差しでる。
「シュヘラはお前を頼りにしているようだ」
「僕は酒瓶より重いものを持ったことがないし、ヤシュバル……殿下はほら、こういうの本当にやったことないから、戦力外っていうか、シェラちゃんがね、断ったっていうか……」
正しくは「ヤシュバルさまは大人しく座っていてくれるのが一番いいんですよ」と微笑まれたそうだが、オブラートをはぎ取ると「邪魔だから隅っこにいてください」ということである。
確かに、イブラヒムならまだしも(面白がれる)第四皇子殿下に給仕をされたら、今この場所で遊んでいる人々は全く心が休まらないだろう。
この海の家。この白い砂浜。海。
本来は皇帝陛下御用達の場所だが、陛下が「折角だ。皆で行くか」ということになり、白梅宮と紫陽花宮、ヤシュバル直下の武官たちが総出で遊びに来ている。
皇帝陛下は魔法で大きな波を起こさせて何やら板に乗って遊ばれているようで、それに必死についていく黒子たちが何名か海に沈んでいた。まぁ、彼らは人間ではないので海で溺れることもないだろうが。
「ふぅ、たまにはこういう風にお店でバタバタするのも良いですね!全力で生きている感じがします!!」
「シュヘラ」
汗をぬぐい、一息つける頃なのかシュヘラザード姫がヤシュバルたちのテーブルにやって来た。
ヤシュバルが自分の隣にシェラ姫を座らせると、その頬や頭を手で撫でる。凍らせないように能力を制御しつつ、シェラ姫の体を冷やそうとしているのだろう。
「わぁー……涼しいですー。わぁー」
「これで少しは君の役に立っただろうか」
無能扱いされているわけではないが、何か思うことがあったらしいヤシュバル。
シェラ姫を見て、イブラヒムは全力で顔をそむけた。
「は、破廉恥な!!!!!!!なんという格好をしているんですか!!!!!!」
「……破廉恥」
「いや、イブラヒム、破廉恥って、君……そんな、童じゃないんだから」
海の家。
動きやすい格好ということで、シェラ姫は当然、薄着をしている。
波乗りしている皇帝陛下がビキニなのに対して、シェラ姫は薄い上着に裾が膝までのズボンだ。
イブラヒムが騒ぐほど、露出の多い恰好ではない。
「え、変ですか?」
「防御性が乏しいことは懸念しているが……この場所はそうした装いの方が適しているのだろう?」
素足というのが駄目なのかもしれないな、とヤシュバル殿下は生真面目に答える。イブラヒムは元々外国の者なので、生まれた国の文化的に女性の足が見えるというのが感覚的に受け入れがたいのだろう、と。
「ふぅー!いい汗をかいた!!全力で波に乗った!!!!!よし!シェラ姫!!次はあれだな!ビーチバレーな!!チーム編成をせよ!私はコルキスとは組みたくない!!!!」
大変いい笑顔の陛下が黒子さんにタオルを渡されながらやってくる。
ゴッキュゴッキュ、と、冷えたドルツィア帝国産のお酒、すなわちビールをジョッキで飲み、そして同量の水もしっかり飲む。
団体戦、と聞いて調理場のコルヴィナス卿が無言で参戦の意を示してきたが、全力で陛下に拒否された。
陛下一人で力の差がありすぎる、と、チーム編成に頭を悩ませたシェラ姫が「足手まといとなる自分+イブラヒムさんを陛下と同じチームに」とし、ヤシュバル殿下と副官の黄月、そしてコルヴィナス卿の三人をセットにし、第一回砂浜ビーチバレー戦が開始された。審判はスィヤヴシュである。
そして、陛下には絶対に当てられないコルヴィナス卿と、シェラ姫には絶対に当てたくないヤシュバル殿下がイブラヒムを狙い続けた。
8月2日にお知らせがあるから、それまで見捨てないでほしい。




