行こうぜ雪山!
「………………何がどうしてこうなった?」
ブルブルと全身を震わせながらエドガーさんが呆然と呟いた。
見渡す限りの雪原!白!白!とにかく、真っ白な世界!!
砦から歩いて数キロ。と言ってもコルヴィナス卿率いる北部の軍が集まる戦地ではなくて、村人たちが薪木拾いやら猟をするような、いわゆる安全がある程度確認されているエリアである。
「シェラさま、お寒くはございやせんか。あっしの後ろへ。へぇ、風が当たらねぇだけでも大分違うでしょう」
「マチルダさんありがとうございます。白梅宮の人たちが高性能な防寒着を用意してくださったので、多分この場で一番ぬくぬくしているのは私だと思います」
「それでも姫様はおちいさい方ですからね。あっという間に凍っちまいますよ」
「キャワワワン!」
過保護なマチルダさんの前の方でわたあめが元気いっぱいに駆けている。わたあめの生まれ育った雪山はもっと北の方らしいけれど、雪の魔獣なので嬉しいのだろう。
「魔獣に狂人……おれは必要だったのか?」
狂人って誰のことだろう。私かな。失礼だな。
エドガーさんはなぜ自分がこんな場所にいるのか、頑張って理解しようとしているお顔をされるが、どう考えてもわからない、と自分を納得させることが難しいらしい。
私はざくざくと雪を踏みしめてエドガーさんの方に近づく。
「この地方でしか食べられない雪アスパラがあると聞きまして。地元民の案内が必要だと思います」
「……あんたと一緒に、ザリウスがいただろう。あいつに案内させりゃ……いや。無理か」
言いかけてエドガーさんは頭をかく。
私はてっきり、インテリ系のザリウスさんが雪の中の道案内というのは体力的に無理だということかと思ったが、どうも違うらしい。
「あいつは砦から出られないからな」
「出られない?」
「いつの間にかあいつが砦に住むようになっていたが、一度もあいつが壁の外に出たのを見たことがねぇ。このあたりの男は誰でも狩りをやるもんだが、あいつはやらねぇんだ。ハハッ、大方、砦の外の獣が怖いんだろうさ。北の男のくせに、あんな臆病者見たことがねぇよ。おいガキ、なんで手鏡を寄越してくる?」
「え、そりゃ……のんだくれの子供部屋おじさんより臆病な人間ってそういないと思いますので、視認したいかなぁって」
無精ひげも生えてるし、あんまり鏡を見ないのだろうなぁと私の親切心なのだがエドガーさんは舌打ちをして私から手鏡を奪うと雪原に投げ捨てた。
「おっと、手が滑っちまった、俺に自分の顔を見せたいんだろ。拾ってこいよ。お姫様」
別に私が拾いに行かなくてもわたあめが「遊ぶやつ!?」と反応したし、多分マチルダさんもお願いしたら取りに行ってくれるだろう。
しかし。
まぁ……。
喧嘩を売る相手を間違えたな、オッサン。
「はいっ」
私は無邪気で無垢な可愛い幼女の満面の笑みで、ひょこひょこと雪の中を進む。
「あっ」
途中わざと転ぶ!
いたぁい、と、痛みを訴える!!
雪の中にへたり込んだまま、軽く肩を震わせる!!
ぐすっと、顔は見せず、鼻をすすったような動作を……腕の動きだけで後方に察せさせる!!
そして「でも、大丈夫!」とでも言うように、健気に立ち上がり前に進む、よたよたと覚束ない足取りで!!そして、鏡をゲットし、「ありましたよ!」と振り向く。
「……」
エドガーさん!ものすごく!!いやそう!!!!!!!!!
たとえ私のこの行動が演技だとわかっていても、わかっていたとしても!!
コルヴィナス卿のようなすべての感情が陛下に全振りされている外道でない限り!
自分の半分の背丈もない幼女が!!幼い!小さな子供が!!
自分の所為で苦労している姿……一ミリたりとも心が動かないやつはいない!!!!!!
コルヴィナス卿以外は!!
ふふぅん、と、私は表には出さず内心で勝ち誇る。
直接罵倒するだけが相手へ反論する手段ではない。
私の前世!今は遥か遠い昔のことだけれど、ジャパン!
基本的に表情の乏しい、ジェスチャーも皆無な静の民族だったが……
法治国家で銃刀法違反が大変厳しいお国柄……殴る蹴る以外の……相手にやり返す手段が多いよジャパニーズ!!
「さぁこれでお顔が…………………」
にこにこと踵を返そうとした私の視界が、急に陰る。
日が沈んだのか、と思う程、暗くなる。
けれど前方の、私からそれなりに距離のあるエドガーさんやマチルダさんたちの方向は明るいまま。
つまり……私の頭上に何か大きなものが……。
ふわり、と、体が浮いた。
「え……」
そして急激に来る、首への締め付け。
「シェ、シェラさまーーーー!!!!!!!!!!!!」
急上昇。一気に、私の体が高く……私の頭のフードに爪をひっかけて飛び上がった何か。
ギャアアアァアアアアアと、つんざくような鳴き声。
イメージ的に鳥かな!
アイキャンフライ!!!!!!!!!!!!!!
さすがの私も驚いて声が出ない。
私は豆粒サイズに遠のくマチルダさんやわたあめに声一つかけることができなかった。
出ていたらきっと、叫んでいただろう。
私のことより、雪アスパラを確保してほしい、と。




