元侍女、現在酒場の女主人、その名はエウレリカ!
山賊か空賊かな。
紹介された酒場のオーナーさん、エウレリカさんを見上げて私は首を傾げた。
白髪の混じった黒い髪は頭の後ろで無造作に結わかれ、皴の刻まれた顔は彫が深く昔はきっと美女だったんだろうという面影があるけれど、美女だったというポジティブな印象より、厳しい人だな今も!と、こちらに緊張感を与える妙な、迫力。
右目は野暮ったい黒の眼帯で覆われていて、真っ赤な口紅が引かれた唇は固く引く結ばれている。
マチルダさんがにこにこと酒場の中を案内してくれて、奥の部屋にいたオーナーさんの元へは何の問題もなく行くことができたのだけれど、この、明らかに歓迎されていないオーラ。
「えっと、あの……」
私のアグドニグル式のご挨拶がお気に召さなかったのだろうか。
どうも白皇后の日々のしごきのお陰か、私はお年を召された女性がこう……ちょっと苦手になっているのかもしれない。相手が不機嫌、無言でじろりとこちらを睨んできていると、どうしていいのかわからなくなる。
「ッチ。人の店で……まぁ、それはいい。神殿のガキが、なんだってんだ」
おろおろと私が狼狽えていたので、エウレリカさんは舌打ちをしてから、やっと口を開く。目の前にいるのが神殿の気に入らない人間、から、自分の半分以下も生きていない幼女だということをやっと認識してくださったようだ。
大人げない態度を続けているのは一種の抵抗、意思表示という程度として受け取ってもいいかもしれない。
私はもう一度ぺこり、と頭を下げた。
「はい、あの……神殿の神事について……。先代聖女様にお仕えされたというエウレリカさんなら、何かご存じじゃないかと思って伺いにまいりました」
「神事?」
「聖女様が聖なる山で神様に捧げる舞について、です」
「悪いけど、知らないね」
きっぱりと、エウレリカさんは否定する。
マチルダさんが残念そうな顔をして、私が落ち込まないかと気遣うような視線を向けてきた。
「なんで嘘をつくんですか?」
しかし私はきょとん、と首を傾げる。
はっ、しまった!
特に確信あってのことではない。けれど、あ、嘘だなこれ、と思ってしまって、何も考えずに口をついて出てしまう。
「おいお嬢ちゃん。あんた、良いご身分のお嬢様が、ノコノコ平民どもの憩いの場にやってきて好き勝手してくれただけじゃなくて、あげくこのアタシを嘘つき呼ばわりかい」
じろり、と先ほど以上に強く睨まれる。
うっ……。
しかし、私の考えは変わらない。
お会いしてすぐにわかった。このおばあさん、エウレリカさん。
……自分が何を聞かれに来たのか、わかっていた。
そもそも私の外見は可愛い幼女だ。
狭い砦の集落の中、私がどういう身分の人間なのか、酒場のオーナーをしているエウレリカさん、情報を常に仕入れなければうまく立ち回れない経営者の人が知らないわけがない。知らなくても、ザリウスさんという村の人間、現在カーミラさんと親しくしている人を伴ってやってきて、呑気にオレンジジュースを飲みに来たと判断することはなかった。
何も知らないあどけない幼女に最初から喧嘩腰。
私に、というより、私の後ろにいるザリウスさんに「子供を連れてくれば油断して口を滑らせると思ったか」という、威嚇のようなものを感じた。
幼い私を矢面に立たせているのなら、私を攻撃して泣かしてさっさと追い払ってやろうという、私を間に大人の心理戦とかやめて欲しい。
しかし、私はか弱い幼女ではない。
「……っ……うぅ……」
「シェラさま!?」
だが相手にか弱い幼女だと思われているのなら、それをそのまま使っておいてもいいんじゃないかな、とも思う。
私はぎゅっと唇を噛み、目にいっぱいに涙を溜めて眉を寄せた。ふるふると肩を震わせて、周囲にアピールするのは泣き出したいのを一生懸命我慢している幼女、だ。
「うぅ……っ、ご、ごめんなさい…………でもでも……だって………だって…………聖女様さまの踊りを……踊ったら……ソニアちゃんが……元気に、なってくれるかもしれなくて……」
こぼれる嗚咽交じりの声は、幼い子どもが絞り出している、聞く大人の胸を締め付けるようなかわいそうなものだ。
この北の地に遊びにきたか何だかの、身分の高いお嬢様。神殿の聖女ソニア様と仲良くお友達になって、彼女のことを考えて自分が出来ることをしようという、健気な姿勢。
「……ひっ……うっ……」
大きな目から大粒の涙をポロポロと流すのは、大人の前で叱られて怖いというだけではなく自分が友達に何もできない悔しさからだと、嚙んだ唇がものを言わずに語っている。
「シェ、シェラさま……あぁ……そんな、泣かないでくだせぇ……」
「……な、何も、泣くことないだろ……あたしがいじめたみたいじゃないか……」
効くか効かないか!心配だったが、エウレリカさんと、そしてマチルダさんがおろおろと狼狽えた。マチルダさんは大きな体を小さくして、あたふたと、私に触ってよいものか大きな手が彷徨う。
エウレリカさんはバツが悪そうにそっぽを向いてしまったが、チラチラと、隻眼が様子を気にしている。
……よしっ、善人!!
私の予想として、エウレリカさんが悪人とか幼女が泣こうが喚こうが放置してご自身の主義主張を貫く鋼の意思の持ち主であればどうしようもないが…………これなら、いける!!
と、表向きの健気で可愛そうな幼女とはかけ離れた私の打算的な内面は一ミリも出さないようにして、私はごしごしと、乱暴に目元を拭った。
「あのっ……何か、何か……私が、お役に立ったら……!私が知りたいことを、教えてもらえませんか!?おばあちゃん!」
「おばっ……」
エウレリカさんの片目が大きく見開いた。
おばあちゃん。
見知らぬ幼女に、おばあちゃん呼びされて、女性はどう思うか。
一つ、まだ自分はお婆ちゃんなんて呼ばれる歳じゃないと憤慨する。
二つ、自分はこの目の前の小さな存在にとって、ずっと長く生きた存在で、今必死に頼られている。小さなその手を離したら、それは自分があまりにも、あまりにも、外道ではないか、と自覚してしまう心が沸くか。
後者だろう。
エウレリカさんは後者だ。
そして、なぜか知らないが、ぽっと、軽く、頬が染まったような、照れたようなご様子さえあった。
「お、おばあちゃん……フ、フン……そ、そんな風に呼んだって、あんたはあたしの孫じゃない……あ、甘い顔をする理由なんか……」
「……そうですよね……ごめんなさい……エウレリカさん……」
「呼ぶなとは言ってないよ!」
どっちですか。
よくわからない。
私の周りにはいなかったタイプですね。おもしれ―女認定した方がいいのだろうか。
まぁとにかく。
「……あんたのような子供があたしの役に立つ、例えば?そっちの色男を用心棒に置いてくれる、とか言うつもりかい?」
「え?マチルダさんは私の大事な調理補助なので……駄目ですけど」
「調理……は?」
エウレリカさんは私が、水は床にぶちまけてから泥水をすくって飲むんです、とでも言ったかのような顔をした。(※アグドニグルの諺=価値を知らない愚か者の行動)
しかしそんな反応は別に構わない。
私はエウレリカさんが一つの可能性を提示した、そのことを引っ張る!
「私、お役に立ちますよ。そうですね、では、ここは酒場……何か一つ、このお店の名物になるようなお料理を作ったら、それが多くの人に受け入れられたら、どうです?」
にっこりと提案し、エウレリカさんが奇妙なものを見る目を向け続けているが、それはそれで構わない。
はい/いいえ のみでお答えください。
私の提案を受け入れますか?
なお、受け入れない場合は、病で苦しむ聖女ソニア様を見捨てるという選択肢を選んだことに自動的になります!!
いつもお世話になっております。枝豆です。
前回のマチルダさんの行動をおどろかれたコメントをXで見てにっこりしました。
初回登場時にマチルダさんは暴力の売り込みをしていた人なので、自分の価値は人を殴れることだと思っていたところに、シェラ姫の「パン焼きの腕を!」はとても嬉しかったわけでございますね。
本編で書け。




