4、何度やっても固形物になった
いや、わかる、にはわかる。
世の中には「口に入ればいい」というタイプの人間がいることは……前世の記憶で、小さなお店らしい場所で働いていた頃から、そんな人がいるのは理解していた。
とにかく早く食べれて、味が濃くわかりやすく、そして安価。
できればカトラリーは使わず、それでいて手も汚さないで済む。片付けも不要で、理想的なのは水洗いがいらない……容器をごみに捨てられるような。
ハンバーガーなどのファストフードやコンビニ弁当。それらが悪いわけではないし、美味しい事は確かにおいしい。あれ?コンビニってなんだっけ。まぁいいや。
騎士、軍人……戦う人であるヤシュバルさまが食にあまり頓着されない方であるのも、個人の趣向なので、それはいいとして。
「このお粥と餃子……」
「うん?」
「とっても柔らかいし、熱すぎないです。でも、冷めてるわけじゃなくて、私が昨日……お粥を急いで食べて火傷しそうだったって、作ったひとに話したんじゃないですか?」
「確かに話したが……」
「餃子だって、そんなに大きくないです。大人が食べる……ここにいるアグドニグルの兵士さんたちが食べるなら、もっと大きくて、具が沢山詰まったものだと思うけど、私は子どもで口が小さいし、今までちゃんと食べてこなかったから、お肉もそんなに消化できない」
餃子の中には細かく刻んだ野菜。大きさも一口より少し大きく、餃子としての形を目で楽しんで、口で齧って、中の具を見れるような配慮。
「これを作ってくれた人は、このお料理を私が食べやすいように、私が美味しく感じるように、気にかけてくださったのだとわかります」
……温かい料理が心を温めるだけじゃない。気遣いの感じる数々に、私の視界が滲む。
「私は陛下に千のお料理を作るとお約束しました。それは、ただ作るだけでは駄目なんです。陛下のことを考えて、陛下のお気持ちに沿って、そしてアグドニグルのことをよく知って考えて、一つ一つ、作りたいんです」
「君の気持や、従軍した調理人たちの気遣いはわかったが……それでも、粥は粥だろう?」
まだ言うか。
根本的な、ご理解がどうにも乏しいお方。
私はにっこりと笑い、ヤシュバルさまの腕を掴んだ。
*
昨日使わせて頂いた調理場は、今は綺麗に掃除がされていた。来る途中の死体もなく、王宮内のむせ返るような血のにおいも消えている。
「どうです!」
私はダンッ、と、調理台の上にお皿を三枚並べ、ヤシュバルの前に出した。
「すまない……何が違うのだろうか……?」
調理台の前に椅子を置いて、そこに座って待って頂いていたヤシュバルさまは、眉間に皺を寄せて首を傾げる。私の、幼い子供の言いたいことを必死にくみ取ろうとする大人の苦悩はわかるが、わからない!?
「既に色が違いますけど!?」
「色……何か混ぜた、卵を焼いたものと。全体的に色の濃い、卵を焼いたものと。何か挟まっている、卵をやいたもの?――全て、卵を焼いたものだと思うが」
全部同じだった作り方を見ていたので、ヤシュバルさまは困惑される。
そう。確かにそうだ。
私は昨日も活躍した卵を使用し、卵焼きを作った。作り方はシンプル。卵と調味料を合わせてかき混ぜて、焼く。巻くのはちょっとしたコツが必要だが、前世の記憶が「初見でも出来る卵焼きのコツ!」を覚えていたので、なんとかなった。ありがとう前世。
「ま、まぁ、いいんです。食べてみてください!」
さぁさぁ、と私が促すと、ヤシュバルさまはフォークを使い一つずつ、一口ずつ召し上がってくださる。
……ひょ、表情が全く変わらない。
昨日のプリンの毒見もそうだったけど……食べてる間も、終わった後も無表情でいらっしゃる。
そういえば皇帝陛下が召し上がっている様子も見れなかったが……よ、喜んで頂けたのだろうかと今更ながらに不安になる。
……いや、私の作るプリンが美味しくないはずがないし、お疲れが見えた陛下に甘くて滋養のある、食べやすいプリンは間違いではなかった……と思う。
一口ずつ、味が混ざらないように水を飲んで口の中をクリアにして味わうヤシュバルさま。
……美味しいと言わない人は、お婿さんにはちょっと考えてしまうかもしれない……。
「……なるほど」
私がそんな不敬なことを考えているとは知らないヤシュバルさまは、三種類の卵焼きを味わうとゆっくりと頷かれた。
「味が違う」
「そうですよ!」
見た目で既にわかるでしょうと言いたいが、そこはぐっと堪える。
この人、しっかりしてそうだし大人だし、大きいし真面目そうだけど、もしかしてちょっと天然入ってないか???
「どうです!?どれがお好きですか?」
味が違うのは理解できたが、別にどれも同じだと言われれば私は皇帝陛下に「夫婦生活が無理そうです!」と直訴しに行ってしまったかもしれないが、幸いなことにヤシュバルさまは少し考えるように沈黙された。
「……しいて言えば、こちらの、これは青唐辛子だろうか?」
私が作った三種類の卵焼き。
さて、卵焼きには何が大切か。
おだしである。
これがなければどうしようもない。ボヤッとする。それこそ焼いた卵の塊Xになる。
といって、レンツェの厨房に丁度良くア○ナモトとか、市販された出汁の粒になったものがあるわけもない。鰹ぶしや昆布があるわけもない。
しかし、厨房にはありました。
本来なら、昨晩のレンツェの王族たちの晩餐会に出されるはずだった……スープが。
ここを掃除されたアグドニグルの方々も、毒の入っていない調理済みのものを捨てることはなさらなかったようで、大鍋には焼いた鳥のお肉や野菜の入ったスープが残っていた。
フォン・ド・ヴォライユ。フランス料理の、まぁ出汁のようなもの、とまではいかないが、お肉や野菜のうまみが詰まったそのスープを使用しない理由はない。
さて、一つ目はお砂糖をたっぷりと入れたとても甘い卵焼き。色は金色の小判かというような色の濃さはだしを多めにいれたので卵の黄色だけではない色が出た。
二つ目はほうれん草を刻んで卵に混ぜて、真ん中にチーズを挟んだこってりとした卵焼き。ほうれん草のさっぱりとした味と、卵の中から出てくるとろけたチーズが……たまらないはずなのに、これを無表情で召し上がったヤシュバルさまは何なんだろうか??
そして三つ目。ヤシュバルさまが「お好きなもの」で選んでくださったのは、青唐辛子をニンニクや香草と合わせてペースト状にしたものを薄く巻いた卵焼き。こちらは前世の食堂では「なぜこの店では酒を出さないんだ……おかしい…こんなの絶対おかしいよ……」と言われたくらい、お酒飲みの方に人気だった一品。
……ヤシュバルさまも、大人なのでお酒を飲まれるのかもしれないなぁ、とそんなことを考えた。
「……」
「どうかされましたか?」
一口ずつ召し上がったきり、ヤシュバルさまはそれ以上召し上がってくださらない。他の二つはともかく、青唐辛子の方は全部召し上がっていただけると思っていたので、私は急に心配になった。
「……もしかして、口に合わなかった……とか」
そういえば、一番美味しかったとか一番好き、とかではなく……『しいて言えば』と、そう前置いてヤシュバルさまは青唐辛子の卵焼きを上げてくださったのだ……。
え、嘘だろ……こ、この私の卵焼きが……実は三種類どれも美味しくなくて、なんとか一つ、一種類だけ頑張って選んでくださった……とでもいうのか……。
臆病な心が湧いてくると、私の意識は途端、臆病で弱虫なエレンディラに戻ってしまう。不安になって、おどおどと、ヤシュバルさまを見ていると、ヤシュバルさまは三つのお皿をじぃっと眺めながら、ゆっくりと頷かれた。
「これはとても良い物だ」
私に言う、というよりは確認され、ご自分に言い聞かせているような。
「そ、それは、あ、ありがとうございます……」
「陛下に献上すべきだろう」
は?
なぜそうなる。
あ、食べる量が少ないと思ったら毒見だったのか。最初から美味しければ皇帝に持って行くつもりだったらしいヤシュバルに、私はムッとした。
「こ、これは……ヤシュバルさまに作ったんですよ!」
「しかし……どれも素晴らしい味だった。陛下もきっとお喜びになられるだろう。陛下の覚えがめでたい方が君にとって良いことだと……」
献上すべきと真面目に言ってくるヤシュバルさま。
はぁ~~!?
私がヤシュバルさまに食べてもらいたくて作ったんですけどおぉ~~!?
駄目だという私に、しかし、と譲らないヤシュバルさま。
「いやぁー、私もなぁ~……いいなぁーとは思うがなぁー??こんなに可愛い幼女が一生懸命お前の為に作ったものをなぁ~?おい、イブラヒム、そんなにきょろきょろ見渡してもプリンはないと思うぞ、多分」
「わ、私は別に……!あのレンツェの姫が、何か怪しいことをしていないか注視していただけで!!」
「へ、陛下!」
「……母上」
一体いつからいたのか。
調理場の入り口……ではなくて、なぜか窓の外からこっそりと、皇帝陛下と眼鏡のイブラヒムさんがこちらを見ていらっしゃった。
私が委縮して平伏しようとすると、陛下はイブラヒムさんを踏み台にして部屋の中に入ってくる。
「あー、良い良い。料理場にいるものは両手足を床につけるでない。ちょっとヤボ用であちこち散策していたのだが、美味しそうな感じがしたので寄ってみたまで」
よっこらしょっと、入ってきて、イブラヒムさんに椅子を用意させる皇帝陛下は昨日お会いした時の威圧感が消えている。
「しかし、良いなぁ。その卵を焼いたもの」
「よろしければこちらを、」
「くどいぞヤシュバル。お前は他の兄弟に対してもそうだが、良いものをあっさり他人に渡そうとするその欲のなさをどうにかせよ。気に入ったものを手放さず懐にしまい込む、それがアグドニグルの王族であろうに……」
「これは懐にしまえば形が崩れてしまうのではありませんか?」
……ほ、本気でおっしゃっているのだろうか。
ボケているわけではなく、真顔でおっしゃるヤシュバルさまに、私が顔を引き攣らせていると、こほん、とイブラヒムさんが咳払い。
「ところでレンツェの姫」
「は、はい!?」
「……あれは、次はいつ?」
「……はい?」
次はいつ?
……とは??
「あ、卵焼き……ですか?陛下に……はい、あの、すぐにお作り、」
「それも重要ですが、そうではなく」
「え、あ、あの?」
「……」
この人は、あんまり私のことを好きじゃないんだろうなぁと思うので、不機嫌にさせないよう、必死に意図を探りたいが……何が??
困ってしまって冷や汗が出てくる。ぐるぐると、考えて何もわからず、心が怯えてくると、イブラヒムさんがなぜか慌てた。
「殿下!何もしていませんよ!そう睨まないでください!寒いのですが!」
叫ぶイブラヒムさん。確かに、火を消したからか厨房はとても寒い。先ほど陛下が入ってきた時に窓を開けたからだろう。それにしては、外よりずっと寒いような気がするけど。
「……?あの」
「ははは、実はなぁ。レンツェの姫よ、あのプリンが美味しくて美味しくてたまらず、そこな賢者は一晩、あの味を思い出しながら再現しようとあれこれやってみたそうだが、出来るのはどれもぐずぐずの焼かれた卵。はてさて、どうしたものかと頭を悩ませておるのだ」
「は、はぁ……」
「それで、そなたがまた厨房に入ったと知り、卵を使っておる。ゆえにプリンを作るのだろうと見ていたが、出来たのはまるで違う料理であった。イブラヒムは自分のわからぬことをそのままにしておくと禿げるのでな、教えてやってくれぬか」
「禿げませんが!?禿げているのは塔の師匠ですが!」
「残念だがそなたは禿げるタイプだ。諦めよ」
目の前で繰り広げられる会話の情報量が多くて、どこから処理していいのか私にはわからない。
しかし、まずは陛下の分も卵焼きを作ります!と請け負うと、陛下が大変満足気に頷かれたので、とりあえずはそれでよしということで……。




