未成年が入って大丈夫なんですか
「シュヘラザード姫、少し良いか」
ヤシュバル様をお見送りし、さてどうしようかと廊下をとぼとぼ歩いているとカーミラさんに声をかけられた。
見慣れない男の人も一緒にいる。この神殿で……初めて見る顔ですね?
「こちらはザリウス殿じゃ。妾の相談相手での。そなたに紹介しておこう」
「ご挨拶申し上げる。王女殿下」
紺色の長い髪を首の後ろで一つに結わいて、片眼鏡をかけた男の人は……とても、顔色が悪い。肌の色が青白く、頬がこけてる。光に当たったことがないのかと心配になるくらい、全体的に暗い黒い湿度が高いの三拍子そろった人だ。
神官さんではないらしく、カーミラさんの本当に個人的な「相談相手」だと言う。
「ザリウス殿はこの土地に詳しいのじゃ」
「へぇ。では、聖女の歌とか踊りについてもご存じだったりしますか?」
「……生憎と。しかし、村には先代聖女の世話人を務めた者がいるはずです。彼女を尋ねてみるとよろしい」
……しゃべり方が教師っぽいな!
ぼそぼそっと、小声で何を言ってるのか耳を澄ませないとよく聞こえないけれど!
「妾は神事の準備とソニア様のお世話があるゆえ一緒にはゆけぬが、手掛かりがあるとよいのう……」
「神殿にそれらしい情報ってないんですか」
「あれば開示しておる。というか……妾もまさか、神事の重要な情報が抜けておるとは考えもせなんだ……もともと神事を行うつもりがなかったが……これでは、そもそも本当に、過去に神事が行われていたのか」
記録によれば神事は行われていた、とそのように残っている。ただし、聖女様が歌や踊りの練習をしていたという記録はない。
聞き込みをした限り、練習風景を目撃していた神官もおらず、聖女の歌と踊りは神殿の最重要機密だったのではないか、という推測になっているが……。
信じられないことに、神官さんたちはこの事態をあまり重く見ていなかった。
彼らにとって重要なのは、神事で自分たちが神官としての務めを果たすことができるかどうかで、神に捧げる歌や踊りはオマケだとさえ思っているフシがある。「聖女様が祠に行き、神の名を讃えれば神事は成立する」と、そんなお考え。
……本気で奇跡、願いが叶えられる、ということを期待しているわけじゃないのか。
「……神事が行えれば喜捨を集めやすい。ルドヴィカからの援助も出よう」
「うわっ……あのっ、ぼうっとしていたわけじゃないんですけども、それはそれとして……考えてることわかりました?」
カーミラさんと別れて、私はザリウスさんと村に行くことになった。ザリウスさんだけでは心配だとマチルダさんも一緒だ。「シェラ様に雪道を歩かせるなんてとんでもない」とマチルダさんが私を抱っこしてくれている。義足の調子は大丈夫かと思うけど、マチルダさんが顔を顰めている様子はない。
コートや毛布でぐるぐる巻きされた私をザリウスさんが冷たく見下ろし、首を振る。
「思考が顔に出すぎですな」
「元気はつらつな幼女なので……ザリウスさんは村の人なんですよね?」
「そうだ」
「ソニア様の代になって神事が行われなくなったことについて、村ではどういう感じなんですか?」
「別段何も」
ザリウスさんの答えは素っ気ない。
「人間が神殿に求める役目は多岐にわたる。たかだか神事の一つ二つ行わずにいたとて、それで神殿が不要になるわけではない」
村、というか、砦の中の人間の集落。
彼らが神殿に求めるのは冠婚葬祭を取り仕切ることと、医療機関としての働きだ。
まぁ確かに、ここの神官さんたち、基本的には真面目に働いてそうだから、信者さんたちの信頼は揺るがない、のか。
あと多分、カーミラさんが贅沢三昧大盤振る舞いしてるのも良い感じに機能してるとか。
……派手なカーミラさんと、この根暗の擬人化みたいなザリウスさんがお友達っていうのが意外だが、それは偏見と言うものだろう。
*
「ガ、ガラが……悪い」
ザリウスさんが案内してくれたのは……見るからに、酒場!昼間っからお酒を飲んでいる……荒くれ者たちのたまり場!!である!!
「……」
マチルダさんが顔を引きつらせ、私を絶対にここには入れないぞ、という強い決意をしているのがわかった!!
「この酒場は傭兵たちが良く利用する」
「傭兵……」
「コルヴィナスの兵のみでは対処しきれぬ問題もある」
コルヴィナス卿と傭兵というのがいまいちピンと来ないけれど、ここは北の地。砦の向こうでは魔物や魔族と呼ばれる存在が、人間の土地を奪おうと狙ってきているというのは授業でも習ったことだ。
魔物や魔族をまだ見たことがないのでピンと来ない。
……あ、魔物ってスコルハティ様も魔物か。あんまりこう……ファンタジー転生した気がしない。
「あ、あの、でも……聖女様のお世話をしていた人を探しに来たんですよね……酒場にはいないんじゃ」
「この酒場の主人がその人間だ」
聖女様のお世話係をした人が酒場のオーナー。
……私はうーん、と首を傾げた。でもまぁ、そんなバレやすい嘘をつく必要はない。案内役のザリウスさんがそういうのならそうなんだろう。
……未成年だけど酒場に入っていいのかな。
「こんにちはオレンジジュースくださ……」
しかし何事も進まなければ変わらない。私はマチルダさんに下ろしていただき、たのもー、と元気よく酒場のドアを開けた。
「あぁ!?」
「は!?おい見ろよ!ガキじゃねぇか!」
「ガッハハハ!!おいおい冗談だろ!おい、ここにママンのミルクはねぇぞ!」
暗い店内!
タバコの煙もくもく、お酒の濃いにおい!
物が乱雑に並べられたテーブルには、泥まみれのブーツまで乗っている!
私の訪問に入口にいたお客さんたちが視線を向け、子馬鹿にしたように笑い、部屋中に聞こえるように叫ぶ!
ローアンで見たことのない……ならず者のお手本が!!たくさん!いる!!
あと全体的になんか臭い!!
「うっ……」
ばたん!
生理的に無理!!
私はこれまで……なんと恵まれた環境にいたのだろう。綺麗に整理整頓されたお部屋、笑顔の絶えない職場……優しい人たちに囲まれていた……見るからにお風呂に一週間以上入ってないだろう人たち、無理!!
私は全力で扉を閉め、すえた臭いを嗅いでしまいこみ上げる吐き気をなんとか堪えた。
「シェラさま……」
その私の背中を心配そうにさするのはマチルダさん。
あぁ……申し訳ない。善良なマチルダさんをこんなところに連れてきてしまうなんて……。
私が謝罪しようとすると、マチルダさんはにっこりと笑って頷いた。なんで?
「あっしが少し、彼らとお話してまいりやしょう。なぁに、同じ男同士の方がすぐに仲良しになれるってもんですよ。シェラさまが不快な思いをしないように、あっしから頼んでおきますからね」
「え、ええ、え。危ないですよ、マチルダさん……」
私が嫌がる姿を見せたからか。大人のマチルダさんは善意から、自分がなんとかしようと奮い立ってくださったらしい。
「そんな、危ないですよ……マチルダさん!」
「ザリウス殿、少しの間、あっしの姫様をよろしくお願いいたします」
私が止めるのも聞かず、マチルダさんはぺこり、とザリウスさんに頭を下げて酒場に入って行ってしまった。




