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【書籍化】千夜千食物語  作者: 枝豆ずんだ
悪女と聖女編
156/175

肝心な情報が抜けている



 私は自信たっぷりに佇む、自称力のない神というメルザヴィア様を見つめた。


 威風堂々という言葉はクシャナ陛下のためにこそ存在すると常々思っていたけれど、次点でこの神様もそうしてあげてもいいかもしれない。ただ、神様というよりはやっぱりどこか人間臭い。

 私がソニア様の健康を願うことに対しても「それならこういう手段があるぜ」と、まるで隣の家のお兄ちゃんが近所の子供に親切心から教えてくれているような。

 まったくもって、神様らしくない印象。


 それでもこの方がメルザヴィア様で間違いはないと感じるのだから奇妙なものだ。


「歌を奉納するだけでいいってお手軽ですね」


 それに一年に一回必ず叶えてくれるなら、この土地はもっと栄えていたのではないだろうか。


「そういう約束なんだ」

「約束。契約とかではなくてですか」

「約束は約束だぜ。まぁ、他の連中なら契約や誓約、そうした言葉を使うんだろうが、おれのはそうじゃない」

「ふぅん?」


 妙な言い回しをする。けれど、これで色んなことが解決するな、と私は前向きに生きたい。


 何しろソニア様は聖女だけどご健康面に心配があって聖女のお仕事が出来なかった。これで健康になって聖女として立派にお役目が果たせればカーミラさんもにっこりだろう。

 そうすれば神殿内の問題がすっきり解決。

 私はコルヴィナス卿の課題をクリアできたことになる。


「それにしても、荒野ですね」


 私はメルザヴィア様の神域を見渡した。花畑のあったメリッサの神域とは全く違う。荒地、荒野。何もない、乾いた大地があるだけの場所だ。


「見晴らしが良いだろ?」

「何事にも長所を見出せるのは良いですね」

「こういう場所の方がおれは安心できるんだ」


 神様ならもっとこう、豪華な空間にいたいものじゃないのだろうか。知ってる神様がロキさんやメリッサ、あと元神様のイズモさんくらいなのでよくわからないが。


「ここは昔の戦場の写しだ。きっと君が生まれるよりずっと前なんだぜ」

「戦場」

「あぁ。このずっと先に町がある。良い街だ」


 メルザヴィア様はすっと、はるか先を指さした。私の視力では見えない。米粒ほどのものも視認できない。けれどメルザヴィア様は町があるんだ、と繰り返した。


「一つだけの井戸を町中で大切に使ってる。水を吸って作物が育つ畑は僅かだ。夜になると土も凍るほど寒くなる土地で、誰もが身を寄せて眠った。日が昇る時間は短く、暗くなってから、白い息を吐きながら働き続ける勤勉な男たち。少ない食料を家族で分け合うために知恵をこらす女たち。良い街だ」


 目を閉じて、その光景を思い出しているのかメルザヴィア様の表情は穏やかだ。


 ……もしや、初めて出会う善良な神様か??そうなのか???

 ロクな神様と出会っていないので、私は神様=警戒対象だったが……メルザヴィア様……属性、善なのか。



 *



「……それは誠か」


 神域に長居してもなんなので、さくっと、私は神殿に戻ってきました。


 私の家出は大騒動なのだけれど、ヤシュバル様が「子供には大人から離れたいときもあると、兄が言っていた」と、とりなしてくださっていた。


 一人で戻った私はカーミラ様に詰められた。ソニア様が一緒じゃなかったからだ。

 私が神域でメルザヴィア様にお会いしたこと、ソニア様の健康のためには神事を執り行う必要があると説明し、ソニア様は神事を行うまで体力を温存していただきたく、神様のところで療養中だと説明する、


 私の説明を受け、憔悴していたカーミラさんはふらり、と床にへたり込んだ。


「……ソニアが……神事を行えるわけがない」


 喜ぶかと思ったのですが、なぜか絶望するカーミラさん。けれど私の報告を聞いた神殿の人たちは浮足立っている。


 何しろ神様お墨付きの「なんでも願いを一つ叶える」という確定報酬。神事を行えばミッションクリアなのだ。

 神事を行うことは神殿の人たちにとって最も名誉なこと。それが行える、かつ、報酬も約束されている。


 すぐさま司祭長のおじいさんがあれこれ指示を出し、にわかに神官さんたちがあわただしく動き始めた。そんな中、大神官のカーミラさんだけがぽつんと残されている。


 もはや誰も彼女に見向きもしない。

 私は気の毒に思ってカーミラさんに近づいた。


「神事って、山に登って歌うくらいですよね。それなら護衛をつけたり、籠に乗せて貰えば……」

「神事じゃぞ。聖女が一人で登頂するのじゃ。そして歌う。神の歌は神のみに捧げられるべきもので、誰も聞いてはならぬ。そして……願いを口にするのも聖女からじゃ。――あの優しい子が、自分の体のことを一番に願うとは到底思えぬ」

「え、でも、そういう取り決めなら……」

「あの子にも心がある。自分のことより、他人を優先したいと腹の内で思っていたら?聖女は自分でなくてもよいと、代わりがいくらでも来るのなら、それより、他の願いを優先するのではないか」


 私よりカーミラさんの方がソニア様のことを知っている。

 いや、でも、自分が健康になってから翌年に願い事を使えばいいんじゃないか、と思うが……。ソニア様はまだ子どもだということを考えると、目先のこととか、あるいは「これまでお役に立てなかったからせめて」とか、献身をしてしまうかもしれないな。なるほど……。


「いや、でも、そこは言い聞かせていただかないと……」

「あの子はあれで頑固なところがあってな」

「そこ微笑ましく言われても、今の状況だといらない頑固さですよ。まぁ……ソニア様の説得はカーミラさんにお任せするとして……」


 私は神官の一人を捕まえて質問をしてみる。


「あの、ところで神事のための歌って、楽譜とかお借りできますか」

「ありませんよ。聖女様のみが知ることのできる天上の音楽ですからね」

「……なん、だと」


 ちょっと待ってほしい、と、私は血の気が引いた。


 バタバタとしている神殿内。彼らは何の準備をしているのか。


 神事の準備だ。


 神殿内外を掃除して飾りつけ、砦の中の居住区に神事が行われることを大々的に告知する用意、神官さんたちの礼服の洗濯に、聖女を送り出すためのスピーチ原稿……。


 いや、神様が必要なのは歌だけでは???



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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
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