ラジオ体操か盆踊りなら……
「……これはこれは、名高き氷の皇子殿下ではないか。前任者とはいえもはや部外者であるそなたが、一体今更この地に何の用じゃ」
ヤシュバルさまに完全制圧、されるのが秒読みだった神殿メルザヴィア。ではあるのだけれど、そういう展開に待ったをかけたのはカーミラさん。
「なぜ私が私の用向きをわざわざ他人と共有する必要がある」
「ここは神殿メルザヴィア。ルドヴィカの領地ぞ」
「この土地は今や偉大なるアグドニグルの皇帝陛下の物だ。陛下の慈悲により神殿が残されるのを許されただけの場所になぜ、私が配慮すると思えるのか」
「……無礼が許されると思うておるのか?傲慢じゃな。そこの小娘と同じじゃな。さすがは夫婦になるというだけある。似た者同士。傲慢で自分勝手な者どもじゃ。おぉ、醜いのぅ」
煽っている……。
大人が……良い大人が!二人して……!お互いを煽りあっている!!
大人げない!!
私はあわあわと震えた。
こんな大人げない権力者二人の威圧……!善良なマチルダさんが見たら怖がってしまうじゃないか!
「マチルダさんは私の後ろに……!」
私は慌ててマチルダさんを自分の後ろに隠そうとするけれど、巨体を幼女の体で隠せるわけがない。せめて「あんなの見ちゃ寝つきが悪くなりますよ!」と、精一杯背伸びしてマチルダさんの視界を遮ろうとした。
そんな私の涙ぐましい努力はさておき、大人二人の煽りあいは続く。
「妾がこの土地を治めるコルキスに敬意を示すのは、かの大公閣下がこの土地と神殿に有益であるからじゃ。アグドニグルの皇帝陛下に心意を示すのは陛下のご威光がこの土地になくてはならぬからじゃ。しかし、前任者というだけのそなたと、ただ王族に生まれただけの小娘に妾が礼儀正しく振る舞うにはいささか信頼が足らぬな」
ちらり、と、カーミラさんが私を見た。
うぉっ、敵意!
「あの派手なご婦人……おれの姫さまに失礼なことを言うたぁ……一体なんなんで?」
「偉い人なんですよ。自力で今の地位に上がられた方だから、王女っていうだけでチヤホヤされて、権力をかさにきてる私があんまり、お好きではないのかと」
「……シェラさまのことを何も知らねぇで」
は?と、マチルダさんのいつもにこにこと穏やかな顔に、ぴきっと、なんか………見間違いかな。
私が瞬きをすると、マチルダさんはにっこりと微笑んで「でもきっと、シェラさまのことを知ってくださったら誤解も解けますね」と言ってくださった。見間違いだね!!うん!
「とくにその小娘は、貴重な砂糖や小麦を贅沢に使いおって。神に捧げるものとしても、ただ浪費するだけの世間知らずじゃ。コルキスが自分で王女を引き取らず、今も神殿に残している心を妾は慮っておる。おぉそうじゃ。その小娘、いやいや、王女殿下にはご自身の価値を示して頂くのもよかろう?神の祝福を受けた娘であるのなら、あぁ、良いお役目があるな」
「……?」
ぽん、と、素敵な思いつきをしたと薔薇の花のように美しい笑みを浮かべるカーミラさん。くるり、と踊るかのような軽やかな足取りで私に体を向けて、目を細める。
「神事を執り行い、この土地にとって有益なもの。敬意を向けられ、丁重に扱われる存在であると、そのように証明していただくのはどうじゃ?」
「彼女はそんなことをする必要はない。そのようなことをせずとも、彼女には価値がある」
「その価値はそなたやアグドニグルでだけ通じるものであろう。この土地にいるというのなら、子供といえど無価値ではならぬのは、この土地の前任者であるそなたも知るはずじゃが」
「……神事を行うのは聖女の役目のはずだが」
「知っての通り、我らが聖女は体が弱い。力もか細く、神事には耐えられぬ。――死ねと申すか」
お、ぉおおぉおお……カ、カーミラさん……一本!
ここでヤシュバルさまが、さっきのカーミラさんの「この土地にいるなら子供でも役に立て。聖女なら聖女の務めを」とか言おうものなら……!!即、私が何かしないといけない展開になる!!
カーミラさんが上手、というわけではない。
……なりふり構わない、何が何でも、目的を果たすという……覚悟が違う。そういう印象だ。
「この土地はもう数年、神事を行えておらぬ。聖なる乙女が山の神殿にて神に歌と舞を奉納せねばならぬのじゃが……行えておらぬ。聖女ソニアのお体を思えば仕方のないことであるが……おぉ、これぞ神の思し召し。偉大なる皇帝陛下の思し召し。健康で、神に祝福された乙女がこの神殿にやってきたではないか」
……うわっ……。
私は今も建物の外で吹き荒れる吹雪を想像し、顔を引きつらせた。自分の身を案じて、ではない。
「……」
すぅっと……ヤシュバルさまから、完全に感情というものが消える。
ヤシュバルさまは私が、かつてレンツェで……ご自分の降らせた雪で凍えていたことを、ずっと忘れられずにいる人だ。
私がこの雪の土地に行くのだって嫌がった人。
その人の前で、凍えて来い、などと言うのは……地雷の上でタップダンスを踊る、どころではない。
「なるほど」
静かな声が神殿に響いた。
「つまり、この神殿が消え失せれば、シュヘラザードが自身の価値を示す必要などなくなるな?」
「う、うわぁあああ!!うぉおおおおおあぁああ……!それは、駄目かと!!ストップ!ストップ!!」
本気でやる。
粉々になる。
色んなものが砕け散るイメージが瞬時に湧いて、私はダッシュしてヤシュバルさまの腕に抱き付いた。
氷の槍が出現し、天井に向かって投げられようとしていたが、私が反対の腕にひしっと、しがみついたのでヤシュバルさまの動きが止まる。
「シュヘラ、すぐに終わるのでマチルダ殿と待っていなさい」
「私が馬鹿じゃないとわかっているヤシュバルさまなんですから!このやり取りで私が大人しくステイするわけないことくらいわかりますよね!!?」
「私は常々考えていたのだが」
え!?
何?!今……何の話ですか!?
「……君は、自分に降りかかる火の粉は自分で振り払うし、多くの問題は君が自身で解決することができると知っている」
「そ、そうですよ!?だから、今回も私が自分で……」
「しかし、その君が「自分で」解決する過程に、君は君自身の安全や保身を考慮していない。君は君自身を消費することに躊躇いがなく、君の考えを実行しようとする。君にとっての最善の解決策は君自身の損耗が前提であることが大半だ」
私が嫌がったり止めたりしたら、途端何もかもなかったことにしてくれるんじゃないかという、淡い期待が一切抱けない。淡々としたヤシュバルさまの声。私に顔を向けることすらない。
「つまり、君が君自身で君の問題を解決できると私は知っている。しかし、君自身が君を大切にする気がないこともわかっている。そうであるならば、私は君を煩わせるだろう問題そのものを、そもそもすべて、事前に消滅させてしまえばいいと気づいたのだ」
その後のことは、もはや私だけの問題ではなくなって、ヤシュバルさまの責任問題とか……そういうことになるから、と……。
だ、誰だ……ヤシュバルさまをここまで追い詰めたの……。
私か……!!




