贈り物
「うわっ、寒っ……」
そろぉーっと、祭壇の間を覗き込んだ私は素直に顔を引き攣らせた。
神殿メルザヴィアの広さはあるが地味というか、質素というか、やや物足りなさのあった大広間が……今や、大変豪華な氷のオブジェやキラキラ輝く氷柱が見事な装飾溢れる一室に劇的ビフォーアフターを遂げている。
そのこだわり抜いたインテリアが人間で出来ていなければ、わぁ綺麗〜、とはしゃげたかもしれない。リメンバー、札幌雪まつり。ア◯と雪の女王の氷のお城。そういう美しさがあるにはあるが、顔だけ出して苦しげに呻いてる神官さん達を無視することは難しい。
「わぁー……わぁー…………ヤシュバルさまの外面初めて見た~」
神殿メルザヴィアの、本来祭壇があった場所は氷の椅子があり、そこに足を組んでひじ掛けに肩肘をついて君臨していらっしゃるのは、血のように赤い瞳に白いお顔のヤシュバルさま。
そのお綺麗なお顔からは感情というものが一切消えている。ご機嫌窺いか、少しでも猶予をもぎ取ろうとしているのか、取り繕う言葉を吐いた神官さんが何か言う前に、軽く目を細められ、その言葉が取るに足らないものであったと判断し、ついっと手を軽く振ると、べらべらとおしゃべりをしていた神官さんが凍り付いた。
……ヘイ、出来立ての氷おオブジェ一丁!!!!
…………物騒!!
「理解して貰えなかったようなので、一度は私の説明不足である可能性を考慮するが。私がお前たちに発することを許す言葉は、私の姫を保護した、という報告のみだ」
「すいませーん!!遅くなりましたーーーーー!!探検してましたーーーーーーー!!!!知らない場所に来たら探検するのは子供として当然ですよねーーーーーー!!申し訳ありませんーーーーーーーー!!」
私のお婿さんがとても物騒。
まぁ、ヤシュバルさま行動の意図はわかる。
ヤシュバルさまは、とにもかくにもアグドニグルの皇帝陛下のご威光を信じていらっしゃるし、何よりも優先すべきものだとお考えになられている。
その皇子であるヤシュバルさまが、会いたいと言ったら、すぐにその通りに叶えられなければならない。それができないことは、皇帝陛下を、アグドニグルを侮っている、という評価となり、それを許してはならないのがヤシュバルさまなのだ。
神聖ルドヴィカとアグドニグルの力関係の微妙なところもあるのだろうけれど、見くびられてはならない、とそういう、当然の態度ですよね!!
「……シュヘラザード」
「はい!私です!ヤシュバルさま、二日ぶりですね!お変わりないようで何よりです!」
ズサァアア、と私が氷の床を滑りながら姿を現すと、ヤシュバルさまはパッ、と表情を明るくして立ち上がり、一度ふと周囲を確認してぱちん、と指を振る。
「ぅ、ぉおおぉおお……」
「動ける……動けるぞぉおおお……!!」
「誰か担架を!お歳の方々がぐったりしたまま動かない!」
「早く湯を沸かせ!」
「動けるものから急げぇっ!」
途端、氷の呪縛が溶けてオブジェクトと化していた人たちが二足歩行できる生物へと生還する。
「愚物ども!やかましいぞ!!殿下が姫君と再会されるひと時に、耳障りな音を出すな!」
わーわー、と騒がしくも命の喜びにあふれる光景を一喝したのは、ヤシュバルさまの傍に控えていらっしゃったでっかい熊……じゃなかった……人間。ヤシュバルさまの副官の方だ。
「黄月」
「はっ、殿下!心得ておりますとも!この場は某にお任せくださいませ!」
「お前の声の方が大きい。シュヘラが驚いている」
「申し訳ございません姫君!!」
黄月さんはキーン、と耳に響くほどの大声で謝罪してくる。
アグドニグルの四大名家の一つである黄家、その宗家のご長男である黄月くんは今日も大変お元気で何よりですね。金髪とはまた違う、茶色と黄色の中間のような色の髪の男性はヤシュバルさまより年上らしいが、まだ二十代だそうだ。家が名門だったから若くして第四皇子の副官になれたのだと謙遜されているけれど、別名:黄色い猪、もしくは冬眠しそこねた熊、と評判の若武者だ。
名家のご嫡男というと、涼やかな貴公子を想像するアグドニグルのご令嬢たちのドリームクラッシャー。ヤシュバルさまが十代前半のころから一緒に戦場に出られているとかなんとか。ちょっと……いや、かなり……がさつなのと、お顔に大きな傷があって縁談話が四回ほど破談になった悲しい過去がある。まぁ、それはいいとして。
……黄月さんまで連れてくるなんて、尋常ではない。
戦争の下準備でもしに来たんですか。
とは聞けない。
ヤシュバルさまにとって私はお花畑で微笑んでいる可愛い幼女である。
「へくしゅん!」
さてどういう言葉を発するべきか、と思っていると体が震えた。そこでヤシュバルさまは慌てて私を抱き上げる。
「すまない。君を凍えさせるなど……」
「いえ、大丈夫です。走ってきたので汗をかいて、それが冷えたのがよくなかったのだと思います」
私のくしゃみ一つで罪悪感を覚えて顔を顰められるなら、氷漬けにされて心臓が止まったご高齢の神官さんたちに謝ったほうがいいと思います。必死に心肺蘇生をされていて阿鼻叫喚です。
凍った床に少しでも離れていた方がいいだろうという配慮で抱き上げてくださったのだろうが、もともと軽い切り傷程度にしか対応していない聖水をガブ飲みしただけの私の体は……あんまり強くつかまれたり触られると痛い。
Q、しかしここで呻いたり、痛みがあることを発したらどうなるだろうか?
……私は考えるのを止めたい。でもそういうわけにもいかない。
ルドヴィカがアグドニグルに喧嘩を売ったとヤシュバルさまが判断して、大事になるのは嫌だ。私が原因というのが嫌だ。幼女にそんな罪悪感を抱かせないで欲しい。ので、一生懸命隠す。
顔色が悪いのは寒いからです。でもそれを健気に悟られないようにして微笑んでいるんです、という感じの幼女として振る舞う。
「ところでヤシュバルさま。お暇な方ではないと思いますけど、何をしにいらっしゃったんですか?」
ここの土地にはコルヴィナス卿がいらっしゃるので、師匠であるコルヴィナス卿に御用という可能性もあるが。
私は問いかけると、ヤシュバルさまはゆっくり頷き、優し気な瞳で私を見つめた。
「君がこの土地で陛下にどのように料理を献上するのかの説明は受けたが、君にとって必要なものが不足しているだろう。それを届けに来た」
……わざわざ、神様の祝福……移動魔法を使って、宅配サービスを……??
「わぁ、なんでしょう。―――――イブラヒムさんですか?」
「……そこでなぜイブラヒムの名を?」
「いえ。いたら便利なものの上位なので……」
ヤシュバルさまが申し訳なさそうなお顔をしたので私は慌てて頭を下げる。折角お届け物を持ってきてくださったのに、失礼なことを言ってしまった。
「わぁ、なんでしょう。わぁ」
ミキサーかなー?ブレンダーかなー?それとも炊飯器かなー!
なんでもとにかく、私に必要な物……調理道具だろうことは間違いない。これで姿見とかだったら割ってしまうかもしれない。期待にそわそわしていると、ヤシュバルさまが頷かれる。
ヤシュバルさまが後ろの方に何か合図を送ると、ひょこっと、誰かが顔を出した。
「……えぇっと、その。申し訳ありやせん。賢者様じゃ、ありませんが……あっしでして」
つるっとしたスキンヘッドに、大きな体。
片方が義足に、片腕に大きなやけどがあちこちある、フランツ人。
「マチルダさーん!!?」
「へぇ。シェラさま。あっしでございますよ」
わぁあ!と、私は本心から感動の声を上げた。
「マチルダさーん!わぁー!!マチルダさーん!!」
ヤシュバルさまにだっこされたまま、私はぶんぶん、と腕を振ってマチルダさんを歓迎する。
「へぇ、姫さま。マチルダでございますよ」
「わぁ!えー!?わぁー!!え!?あれ!?え!?でも、あれ!!?なんで!?えー!!?馬車で向かうって……到着するのはずっと後だって……えー!!」
うれしいが、おかしな話である。
神殿の移動魔法を使用できるのは祝福者のみだ。
黄月さんも祝福者であるので、一緒にいるのはわかる。けれどマチルダさんは祝福者ではない。
私が混乱していると、ヤシュバルさまが答えて下さった。
「彼はあの女神に改宗して信徒となった。つまり……祝福者ではないが、女神の使いとして、制限付きだが移動魔法の対象者に認められた、ということだよ」
私にわかりやすい言葉で説明してくださる。
ふんふん、つまり……。これからどこに行くにも、マチルダさんも一緒に行ける、ということですね??
「それは、すっごく素敵ですね!!?メリッサありがとうございます!!」
ここから届くかわからないが、私は両手を組んで女神メリッサに感謝の祈りを捧げた。
神殿メルザヴィアの天井に『おーほほほほほ!敬いなさいよぉおー!』という声が響き渡ったが、すぐに消えたので幻聴かもしれない。
ヤシュバルさまガチ切れしてるの、シェラ姫を神殿側が隠してるとか、きちんとおもてなししてなくて見失っているとか、そういうのだと思うんですけど、シェラ姫は自分が、と思わない子です。




