情報整理
「うぐっ……!」
「そなた、何が狙いじゃ」
ずるずる引きずられた先。真っ暗な地下室の……色んな、えぇ、見るからに……元々拷問部屋としてでも使われていました?と思ってしまうようなインテリアのお部屋。
私をそこに乱暴に投げ出して、カーミラさんは私に吐き捨てる。
怒っていらっしゃる。
大変、怒っていらっしゃる。
人の地雷を踏み抜いた。
大人の女性の本気の怒気が私にぶつけられる。
今このカーミラさんの瞳の中には、私がアグドニグルから来た王女であるとか、コルヴィナス卿が養女判定しようとしているとか、そういう計算が一切ない。
自分の大切にしているものを無遠慮に踏み荒らされた人間が、何もかもの打算や理性を焼き消して怒る様だ。
……大切にしている、理由はなんだろう。
「あの子に触れておらぬじゃろうな」
「……えぇーっと」
どうだったかな!?
触られた気はするけど……私から触ったっけ!?
覚えてません~~、などとヘラヘラ笑って言ったら首を絞められるだろう。
「さ、触ってません、メイビー」
嘘はつけない。ので、こう。通じない言語を口にして誤魔化す。
カーミラさんはぴくん、と神経質そうに眉毛を撥ねさせたけど、それ以上は追及してこなかった。
「……そうか。なら、よい」
すとん、と、カーミラさんがその場にしゃがみこむ。
「なら、良いのじゃ」
「???」
「聖女殿は鼓動とともに癒しの力を発動させておる。他人に触れれば、望む望まざるに関わらず、その対象の傷をいやしてしまわれる。つまり、そなたに傷があれば、触れるだけで治る」
「……黒化まで加速する、ってことですか」
こくん、と、カーミラさんが頷いた。
「聖女殿に残された時間は少ない。冥府へ続く坂に命の石が転がり落ちるのを止めることはできぬが、できる限りその坂を緩やかにすることはできよう」
「……」
「……そなた。あの娘を哀れと思うてくれるか?」
「……え?」
唐突に向けられる質問。
ぐいっと、カーミラさんの手が私の手首を掴んだ。
「ここには誰の目もない。ゆえに、真に、本心で答えよ。そなたは聖女殿を哀れだと思うてくれるか」
「……同情心、の話ですか?」
「助けたいと思うか、思わぬかじゃ。――レンツェの王女。アグドニグルの皇帝陛下の寵厚き娘よ。そなたはレグラディカの聖女を黒化から救い、その泥を引き受けたのであろう?」
「……………うん?」
……あれ?
開示された情報が……間違ってないか?
縋るようなカーミラさんの目。間違いはない。
だけど……公表されてる内容は……私が突然黒化して、生還した。というくらいだ。
バルシャお姉さんの件はルドヴィカの、モーリアスさんクラスの人じゃないと知らないような……わりと、機密事項だったはずだ。
……聖女が黒化を他人に押し付けた、なんて、ルドヴィカへの信仰心が薄れかねない問題だもんね!
……大神官だからカーミラさんが知ってる、という可能性もあるけど……。
「……なんで知ってるんです?」
「妾にはあの御方がついておる」
誰だ。卿か?
……いや、でも、コルヴィナス卿が……言うかな。あ、でも、アグドニグル関係ないから言うかもしれないな。
「あの御方が仰ったのじゃ。聖女殿を救うにはそなたが必要じゃと。そなただけが、あの哀れな子供を救ってやれるのじゃ」
「……」
「のう、助けてくれぬか?」
…………。
情報を整理しよう。
……カーミラさんは、大神官様だ。
この神殿で権力をほしいままにしていらっしゃる。
……神官さんたちはカーミラさん派と、ソニアさま派に分かれていて……ソニアさま派の方々はカーミラさんに軟禁されているソニアさまを助け出したい。
……カーミラさんがソニアさまを閉じ込めているのは、聖女さまが唯一、大神官である自分より上に立てる存在だから、と。そういう風に思われている。
……事実だけを思い出してみると、確かに、実際にソニアさまは軟禁されている。まともに外に出られない場所に閉じ込められていて、周囲と接触できていない。
……でも、ソニアさまは閉じ込められている部屋の中で大切にされている。
……そしてカーミラさんは、黒化する未来が近いソニアさまを「助けたい」と、そう思っている。このご様子に、嘘らしい感じはしない。
…………ソニアさま派の神官たちと対立してまで?
……ソニアさまを助けたいのなら、神殿内にその情報を共有すべきじゃないのか?
「…………」
…………。
……。
『なぜ黙っていたんだ?こんな騒動になるまえに、誰かに相談すればよかったじゃないか。相談しなかったお前にも非はある。むしろ、黙っていたお前の所為でこんな騒ぎになったんだ』
……………………おぉ~~……こういう時に、便利ですね。輝くほの暗いドブ川のような前世の記憶!これが前世知識を応用して異世界で楽する、というやつですかね。
カーミラさんの今の状態に、少し心当たりがあった。
誰も信用できない。
その一言に尽きる。
「あぁ、こちらにいらっしゃったのですね……!大神官様!大変です、シュヘラザード姫が消え……」
「ここにおる」
「おります~」
バタバタと廊下が騒がしくなり、神官さんが一人部屋に飛び込んできた。そこにいる私の姿を見て「え」というお顔をされ、すぐにカーミラさんに視線を向ける。
「……まさか、拷問を……若い娘の血をすするというあの噂は本当で……」
「しておらぬ」
「そ、そうですよね……失礼いたしました!」
さらりととんでもないことをよく上司を前にして言えるが、まぁ、薄暗い拷問部屋にどキツイ美女がいて、か弱い幼女がいたら……そういう想像もしてしまうだろう。仕方ない。
神官さんは気を取り直すように首を振って、自分の役目を思い出された。
「そ、それよりも……!大変です!アグドニグルよりシュヘラザード姫殿下にお会いしたいという方がいらっしゃって……だというのに、シュヘラザード姫がいらっしゃらず……」
「私にお客さん?」
「姫をどこに隠したのかと、姫に何かしたのではないかと……………………第四皇子殿下が」
対応している神官や武装神官たちを全員凍らせ「半刻以内に姫を私の前に連れてこなければ砕く」と、宣言されたようだ。
「わたあめ!!」
「キャワン!」
「残りの聖水出して!」
私が虚空に向かって叫ぶと、ぽんっ、と真っ白いポメラニアンが出てくる。
なんかその口元が真っ赤になってるけど、ラルクくんの血とかかな!噛みついたときのだよね!
出してもらった聖水をごきゅごきゅ一気飲みし、くるり、と一回りする。
「よし!五体満足どこからどう見ても健康優良児!!」
まだ三日も経ってないのに、何をしにいらっしゃったのかな!




