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【書籍化】千夜千食物語  作者: 枝豆ずんだ
悪女と聖女編
150/175

情報整理


「うぐっ……!」

「そなた、何が狙いじゃ」


 ずるずる引きずられた先。真っ暗な地下室の……色んな、えぇ、見るからに……元々拷問部屋としてでも使われていました?と思ってしまうようなインテリアのお部屋。


 私をそこに乱暴に投げ出して、カーミラさんは私に吐き捨てる。


 怒っていらっしゃる。

 大変、怒っていらっしゃる。

 人の地雷を踏み抜いた。


 大人の女性の本気の怒気が私にぶつけられる。


 今このカーミラさんの瞳の中には、私がアグドニグルから来た王女であるとか、コルヴィナス卿が養女判定しようとしているとか、そういう計算が一切ない。


 自分の大切にしているものを無遠慮に踏み荒らされた人間が、何もかもの打算や理性を焼き消して怒る様だ。


 ……大切にしている、理由はなんだろう。


「あの子に触れておらぬじゃろうな」

「……えぇーっと」


 どうだったかな!?

 触られた気はするけど……私から触ったっけ!?

 覚えてません~~、などとヘラヘラ笑って言ったら首を絞められるだろう。


「さ、触ってません、メイビー」


 嘘はつけない。ので、こう。通じない言語を口にして誤魔化す。

 カーミラさんはぴくん、と神経質そうに眉毛を撥ねさせたけど、それ以上は追及してこなかった。


「……そうか。なら、よい」


 すとん、と、カーミラさんがその場にしゃがみこむ。


「なら、良いのじゃ」

「???」

「聖女殿は鼓動とともに癒しの力を発動させておる。他人に触れれば、望む望まざるに関わらず、その対象の傷をいやしてしまわれる。つまり、そなたに傷があれば、触れるだけで治る」

「……黒化まで加速する、ってことですか」


 こくん、と、カーミラさんが頷いた。


「聖女殿に残された時間は少ない。冥府へ続く坂に命の石が転がり落ちるのを止めることはできぬが、できる限りその坂を緩やかにすることはできよう」

「……」

「……そなた。あの娘を哀れと思うてくれるか?」

「……え?」


 唐突に向けられる質問。

 ぐいっと、カーミラさんの手が私の手首を掴んだ。


「ここには誰の目もない。ゆえに、真に、本心で答えよ。そなたは聖女殿を哀れだと思うてくれるか」

「……同情心、の話ですか?」

「助けたいと思うか、思わぬかじゃ。――レンツェの王女。アグドニグルの皇帝陛下の寵厚き娘よ。そなたはレグラディカの聖女を黒化から救い、その泥を引き受けたのであろう?」

「……………うん?」


 ……あれ?

 開示された情報が……間違ってないか?


 縋るようなカーミラさんの目。間違いはない。

 だけど……公表されてる内容は……私が突然黒化して、生還した。というくらいだ。


 バルシャお姉さんの件はルドヴィカの、モーリアスさんクラスの人じゃないと知らないような……わりと、機密事項だったはずだ。

 

 ……聖女が黒化を他人に押し付けた、なんて、ルドヴィカへの信仰心が薄れかねない問題だもんね!


 ……大神官だからカーミラさんが知ってる、という可能性もあるけど……。


「……なんで知ってるんです?」

「妾にはあの御方がついておる」


 誰だ。オッサンか?

 ……いや、でも、コルヴィナス卿が……言うかな。あ、でも、アグドニグル関係ないから言うかもしれないな。


「あの御方が仰ったのじゃ。聖女殿を救うにはそなたが必要じゃと。そなただけが、あの哀れな子供を救ってやれるのじゃ」

「……」

「のう、助けてくれぬか?」


 …………。


 情報を整理しよう。


 ……カーミラさんは、大神官様だ。

 この神殿で権力をほしいままにしていらっしゃる。


 ……神官さんたちはカーミラさん派と、ソニアさま派に分かれていて……ソニアさま派の方々はカーミラさんに軟禁されているソニアさまを助け出したい。


 ……カーミラさんがソニアさまを閉じ込めているのは、聖女さまが唯一、大神官である自分より上に立てる存在だから、と。そういう風に思われている。


 ……事実だけを思い出してみると、確かに、実際にソニアさまは軟禁されている。まともに外に出られない場所に閉じ込められていて、周囲と接触できていない。


 ……でも、ソニアさまは閉じ込められている部屋の中で大切にされている。


 ……そしてカーミラさんは、黒化する未来が近いソニアさまを「助けたい」と、そう思っている。このご様子に、嘘らしい感じはしない。


 …………ソニアさま派の神官たちと対立してまで?


 ……ソニアさまを助けたいのなら、神殿内にその情報を共有すべきじゃないのか?


「…………」


 …………。

 ……。


『なぜ黙っていたんだ?こんな騒動になるまえに、誰かに相談すればよかったじゃないか。相談しなかったお前にも非はある。むしろ、黙っていたお前の所為でこんな騒ぎになったんだ』


 ……………………おぉ~~……こういう時に、便利ですね。輝くほの暗いドブ川のような前世の記憶!これが前世知識を応用して異世界で楽する、というやつですかね。


 カーミラさんの今の状態に、少し心当たりがあった。


 誰も信用できない。


 その一言に尽きる。


「あぁ、こちらにいらっしゃったのですね……!大神官様!大変です、シュヘラザード姫が消え……」

「ここにおる」

「おります~」


 バタバタと廊下が騒がしくなり、神官さんが一人部屋に飛び込んできた。そこにいる私の姿を見て「え」というお顔をされ、すぐにカーミラさんに視線を向ける。


「……まさか、拷問を……若い娘の血をすするというあの噂は本当で……」

「しておらぬ」

「そ、そうですよね……失礼いたしました!」


 さらりととんでもないことをよく上司を前にして言えるが、まぁ、薄暗い拷問部屋にどキツイ美女がいて、か弱い幼女がいたら……そういう想像もしてしまうだろう。仕方ない。


 神官さんは気を取り直すように首を振って、自分の役目を思い出された。


「そ、それよりも……!大変です!アグドニグルよりシュヘラザード姫殿下にお会いしたいという方がいらっしゃって……だというのに、シュヘラザード姫がいらっしゃらず……」

「私にお客さん?」

「姫をどこに隠したのかと、姫に何かしたのではないかと……………………第四皇子殿下が」


 対応している神官や武装神官たちを全員凍らせ「半刻以内に姫を私の前に連れてこなければ砕く」と、宣言されたようだ。


「わたあめ!!」

「キャワン!」

「残りの聖水出して!」


 私が虚空に向かって叫ぶと、ぽんっ、と真っ白いポメラニアンが出てくる。

 なんかその口元が真っ赤になってるけど、ラルクくんの血とかかな!噛みついたときのだよね!


 出してもらった聖水をごきゅごきゅ一気飲みし、くるり、と一回りする。


「よし!五体満足どこからどう見ても健康優良児!!」



 まだ三日も経ってないのに、何をしにいらっしゃったのかな!



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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公が「自分への被虐はオールオッケー!いくらでもどうぞ!!」の被虐嗜好なのはいいとして、幼女の意識が完全に死んでるわけじゃないように見えてる(初謁見の時とか、姉の騎士の時とか)こっち…
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