それ誰の話ですか
「まぁ!それじゃあお姫さまは、あのアグドニグルの皇帝陛下がいらっしゃるという黄金のお城からいらっしゃったの?」
「黄金……正しくは朱金城で、全体的に赤いんですけど。うーん、あ、本当だ。こっちの絵本だと黄金のお城で暮らすって書いてある。絵が豪華」
北の地で出回っている子供向けの絵本の版元がどこか知らないが、偉大なるクシャナ陛下を讃える内容はともかく、お城や六人の皇子についての記載はちょっと私の記憶と違う。皇子も六人じゃなくて四人とか、第一皇子も獣人じゃなくて普通に人間種だったり、多分子供にもわかりやすいように編集されているのだろう。
ソニア様は好奇心旺盛な少女で、ベッドで安静にしつつ、私への質問は止まらなかった。
「あと、あの。私は確かにプリンセスではあるのですが……なんかこう、ソニア様が言う「お姫さま」となんかこう、ニュアンスが違うような気がするので……シェラって呼んでいただけると。年も同じ位ですし」
「お姫さまなのに違うの?」
「なんかこう、ソニア様のお姫さまはこう……童話の、ゆるふわ系な……ファンシーあふれる、ユニコーンが似合う感じなんですけど……」
「ふーん、シェラさまは違うの?」
そういうお姫さまは自分で首を掻っ切ったり、ガラスをがりがり食べたりしないと思う。けれどか弱いソニア様にそんなことを言う必要はなく、私は笑ってごまかした。それでもソニア様は私を名前で呼んでくださるようなので、こういう人の感情を慮ることのできる……心優しいお方だ。聖女というとバルシャお姉さんしか知らないけど、こういう雰囲気の人が聖女様なんだろうな、と感じる。
ソニア様はヤシュバルさまのことをご存じだった。
「炎の大公さまがこの土地にいらっしゃる前は、氷の皇子さまがここを守ってくださっていたの。カーミラさまがいらっしゃった時期に炎の大公さまがいらっしゃったから、カーミラさまはお会いしたことがないっておっしゃっていたけど」
「そういえば、ヤシュバルさまがもともとこの土地を守っていらっしゃったっていうのは聞いた覚えがあります」
へぇー、と私は頷く。
ヤシュバルさまの話題になると、ソニアさまが小さく震えた。
「ソニアさま?」
「……ご、ごめんなさい。あの氷の皇子さまのことを思い出したら……怖くて」
「こわくて????」
ソニアさまの青白いお顔はますます血色を失っていく。ぎゅっと、ご自身の手のひらを強くつかんで、襲い掛かる恐怖に耐えていらっしゃるようなお顔。
……なんで???
「ヤシュバルさまの話ですよね???」
……表情筋に関してはおそらくまともに動かないだろうが、やることなすことやや天然。どこかズレていて、全力空回りな過保護。
基本的にあの方は属性秩序、善のどこまでも善人なお方だ。可哀想な子供であるソニアさまを見たら同情してあれこれしてくださったんじゃないかと思ったが……。
「……シェラさまは、アグドニグルであの方に酷いことを言われたりしていない?だいじょうぶ?」
「……??」
「……怖い方よね……ここは寒い場所だけれど……あの方の目を向けられたときより寒くなることなんかないもの……」
ソニアさまは神事で何度かヤシュバルさまとお会いする機会があったそうだが、こちらに向ける目が冷たかった、とおっしゃる。
……まぁ、子供からしたらそう感じてしまうかもしれないな。うん。気の毒に。
「……あの方、私が……あんまりお役に立てないってわかったら……早く死ぬべきだって……死ねば神殿は別の、私よりマシな聖女を呼んで、アグドニグルの皇帝陛下のお役に立てるって……おっしゃったの……」
「……ヤシュバルさまが?????」
こくん、と、ソニアさまが頷く。
……え、えぇぇええ……??
イブラヒムさんなら言うと思うけど……えぇえええ……ヤシュバルさまが??言うかなぁ……。
……あの方は、敵国の王女でも、同情してその命を自分の人生に関わらせようとするような奇特な人ですよ。
「……」
「……ご、ごめんなさい。シェラさま……お、怒った?私、何か……怒らせるようなこと……」
「いいえ。大丈夫です」
……ソニアさまが嘘を言っている感じはしない。
うーん、うーん……。
私は髪飾りにしている、ヤシュバルさまから頂いた簪に触れた。
……うーん。過保護で、ちょっと天然で、やることなすこと空回りしてる人なんだけどなぁ。
私が北の土地に行くのも、すごく心配されていて、どんどん厚着させて、少しでも寒くないようにって、眉間に皺を寄せながら、あれこれ考えてくれた人なのだけれど。
……まぁ!
ソニアさまは物理的に箱入り娘で、大人への耐性とかゼロっぽいし、そういうことからの誤解だろうな!!
ヤシュバルさまは敵には厳しいというのは知ってるけど、子供に対しては無条件でお優しいはず。なのにソニアさまのような子供にそのお優しさが届かないというのは……お可哀想に。
「うんうん。そういうことでしょう」
「……シェラさま?」
「ヤシュバルさまは安心安全です。子供の味方。善意の塊。私のお婿さんになる方ですよ」
「えっ……そ、そうなの……!?」
「そうなんです。私が困っていたので、」
「それって……悪い王子さまってことよね……?だって、シェラさまよりずぅっとお歳が上だもの!」
oh……そう来たか。
おとぎ話では、確かにあるな。
うん。可哀想なお姫さまが、戦略結婚とか、戦争に負けた商品で……望まない悪い王子と結婚させられそうになるやつとか……。
「えっ、いや、違いまして……私はもともと、王女としてまともに扱われてなくて、でもヤシュバルさまが私のお婿さんになるって言ってくださったので命を救われたので……」
「それって……いうことを聞かないと、シェラさまは殺されちゃってたって……ことよね?」
それは確かにそう。
あっ、いや、うーん、そうなんだけども…………!!
私はなぜだかしどろもどろになりながら、ヤシュバルさまのイメージアップキャンペーン実施してみるのだけれど、何をどう言っても……事実を口にしているだけなのに……ソニアさまにはどうしても……入っていかない。どうして……。
「………………なぜそなたがここにおるのじゃ」
ぐいっと、後ろから髪をひっつかまれて、私は天井に顔を向けることになった。
「ぐっ……」
突然の暴力!
「大神官さま!」
「おぉ、聖女殿。今日は幾分、顔色がよろしいようで安心したぞ。……羽虫が入り込んでいたようじゃがな」
ソニアさま~~~~??ヤシュバルさまを冷酷無比判定するのに、目の前に行われているカーミラさんの私への暴力はノータッチですか!!?
「シェラさまにひどいことをしないでください!」
あ、よかった。ちゃんとそこはわかってくれた!安心!
「おぉ、そのように声を上げると喉が腫れてしまう。この羽虫については気にするでない。どうここへ入り込んだのか……まともな手段ではないはずじゃ。神殿の中の者が手引きしたとて、ここまでたどり着くことは不可能なはず。それがこうも当然のようにいるということは、これなるはシュヘラ姫の姿をした魔物の類であろう。妾が始末しておくゆえ、安心せよ」
カーミラさんはにこにこと、優し気にソニアさまにおっしゃり、頭を撫でられる。その足は容赦なく私の背中を踏んでいるのだけれど。
おかしいな。
今この場で一番、位が高いの……私のはずなんですけど。
権力とは。
私はどうすれば威厳のある王族として振る舞えるのか、ローアンに帰ったら白皇后に聞いて……いや、それは怖いから……春桃妃さまに聞こう。
私はずるずると足をもってカーミラさんに引きづられていった。




