巻かないものばかりがもてはやされているけれど
貧しい北の神殿で、神様のために使うのならOKと用意していただいた食材の数々は、それでもローアンで私が好き放題使えていた食材と比べると、どうしても劣ると感じてしまうものだ。
私は贅沢になったなぁ~、と、小麦粉を選びながら感じつつ、さてさてと、出していただいた必要な材料を再確認する。
小麦粉、砂糖、卵。バター。ナッツにジャム。
以上!
「ほ、本当に……これだけでよろしいのですか?」
ラルク君は心配そうに私に何度も確認する。
「そ、その……ローアンの大神殿レグラディカではパルフェなる……品が白梅宮の姫君により伝えられたと……」
「パフェですか?あ、はい。そうですね」
「それは、美しいガラスや……色とりどりの贅沢な果物、真っ白い雪のようなものを用いた……宝物庫に納められるほどの芸術品であると聞き及んでいるのですが……」
「パフェなので宝物庫にしまうより食べたほうがいいと思うんですけど……」
そういえば、レグラディカではおじいちゃん神官さんたちが「うちの名物です」とパフェを自慢している、という話は聞いている。
なるほど、ラルク君、というかこの神殿も、私をお招きして良い感じの何か名物を……具体的には他の神殿に自慢できる一品を、伝授してほしいと……??
……神殿対抗お菓子作り大会でもあるのかな、ルドヴィカ。
まぁ、今から作るものもお菓子なのでいいのだけれど。
さて、とりあえずラルク君がやる気に満ちているので、それではまずは頑張って……卵白を……メレンゲにしていただこうか。
ミキサーなしでな!!
「くっ……ひ、姫君……これは、なかなか……」
ミキサーとブレンダー。イブラヒムさんの発明品を……持ってくればよかった。あれは拷問器具にもなるので、コルヴィナス卿のいる所に持って行きたくないと思った私が悪かった。
お手紙を書いたら届けてくれないだろうか。女神の特急便……プライム特典……アマゾ……。いや、うまい名前が浮かばない。
「メリゾン……黒猫メリッサ……猫じゃないし……メリッサ急便……女神の宅急便……」
「あ、あの……姫君?」
ぶつぶつと、私がメリッサの副業について勝手に検討していると、ラルク君が「もういいでしょうか?」とメレンゲを見せてくる。
「あ、はい。ありがとうございます。ではここにお砂糖を投下して、また混ぜてください」「まだですか!?」
「さらに後ほど、卵黄も加えて頂きます。ここで良い感じにふっくらできていないと、良い感じの生地にならないので頑張ってください。神様のために」
「こ、これは……信仰心が!?信仰心が試されているのですか!?姫君!」
神様に献上するものなので、神様のためにと言ったのですが、神官見習いのラルク君は何かに燃えるようにやる気を取り戻してくださった。ありがとう信仰心。
まぁ、生クリームを立てるよりマシだと思う。あれは氷も必要だし、いや、まぁ、ここも雪に囲まれてるから寒い環境は保てるか…………あ、いや、でも、レグラディカでは若手も多い上に……パフェ食べたさに……メリッサが「生クリームが早くできる奇跡」を……こっそり起こしてるらしいから……うん。
ふわっふわに膨らんだ生地を鉄板に流し込み、高温のオーブンに入れる。
「はい、次です。焼いている間に、バタークリームを作りましょう」
疲れ果てたラルクくんに、私はにっこりと卵黄を割ったボウルを渡した。
「……神よ……なぜ……?」
人の顔から信仰が失われそうになるとこういう表情なのか、という顔を浮かべるラルク君だが、崩れ落ちそうになるその信仰心は何とかこう、ぐっと堪えて頂けたようで、唇をかみしめながらラルク君はボウルを受け取ってくださった。
「つ、次は……何を?」
「はい。次はバタークリームという……日持ちもするし、生クリームよりコクがあって今回のお菓子に最適なブツを作っていただくので……」
バタークリーム。
昨今、ふわっふわの真っ白い生クリームばかりがもてはやされますが……生クリームとは異なる、独特の香りと味わい、フルーツやスポンジとの絶妙なハーモニーを奏でるステキな一品を、私は推していきたい。
その名の通り、バターで作るクリームだ。
イタリアンメレンゲやアングレースソースをベースにして作る方法があるが、今回はパータボンブベースで作る。
パータボンブとはなんぞや、と、聞きなれない方もいるだろう。
ラルク君も首を傾げた。
パータボンブとは、卵黄をほぐして、砂糖とお湯で作った熱いシロップを注いで泡立てたものである。ちなみにボンブ、とは膨らませる、とか、膨らませた、という意味だ。
メレンゲやアングレースソースで作るバタークリームよりかなり濃厚。泡立てながらシロップを加える、というのは……ミキサーがない状態だとかなりハードモードなのだけれど、ここはラルク君の信仰心の深さを信じてみたい。
作り方を説明するとみるみるラルク君の顔色が悪くなり、途中でぶつぶつと、なんだか神様への聖句?のようなものを呟き始めたが、最終的には「……聖女様のために」と、意を決して下さった。最後の一押しが神様じゃなくて聖女様なのか、と思ったが、まぁいいか。
*
「と、いうわけで、できました~素敵なロールケーキです~~~~」
わぁい、と、私はキラキラとしたお皿を大聖堂の、聖杯が置かれている場所に掲げる。
「ほう、これはこれは……なんとも可愛らしい」
「砂糖や卵を使われているようで……なるほど、これならば神へ捧げるに相応しい」
冷ましたスポンジ生地はしっとりふわっふわ、そこにしっかりと味のついたバタークリームに、細かくつぶしたナッツを敷き詰め、真っ赤なベリーのジャムを重ねる。そうしてぐるぐると巻いたロールケーキは、どこからどう見ても、完璧な存在ではなかろうか。
……そう、私の前世では……ロールケーキは……中の生クリームの量がどれほど多いか、フレッシュなフルーツをどれほど使っているか……そんなことばかりが……重視されていた悲しい時代があった。(偏見)
しかしロールケーキ。ロール、である。ロールパンナお姉ちゃんを思い出してほしい。ロォオオラァア、と、巻き舌だ。つまり巻いたもの。ロールだ。なぜロールケーキなのに巻かないのか。意味が分からない。
「切っても可愛いです」
うんうん、と、私はカットして横倒しになったロールケーキの断面、ぐるぐるとちゃんと渦になっているのをみてにっこりと微笑む。
神様に捧げる前の毒見というか味見に、神官さんたちが集まってきて、ロールケーキを食べて口々に賞賛してくれる。
そうでしょうそうでしょう。
甘い物が苦手な方がいたらどうしようかと思ったけれど、メルザヴィアでは砂糖は贅沢品で、甘いものを嫌い、という概念がそもそもないそうだ……。甘い物が嫌い=嫌いだと思うほど食べている、富裕の証、とかそういうのなんだろうか。
ローアンから離れると、ちょっとした概念の違いがあるものだ。
「赤ヴェルは聖女様もお好きなものなんです。これなら、聖女様も……」
私の手伝いをして疲れ果てたはずのラルク君だが、聖女様用に切り分けたロールケーキのお皿をもって、嬉しそうにしている。赤ヴェルというのはジャムにしたあのベリーのことらしい。近くの森で採れるもので、聖女様が好まれるのでジャムは多く作られていた。なので私も遠慮なく使わせていただいたが……ジャムって、相当の量の砂糖を使うな……聖女様に許された贅沢……。
よくカーミラさんが許してるな?
ふと浮かぶ疑問。
「なんと、面白いものじゃな」
私がそんなことを考えていると、香水の匂いをふりまきながらカーミラさんがやってきた。ぞろぞろと、お付きの神官さんたちもやってきて、先に味見をしている神官さんたちを睨む。
おっ、派閥か?派閥があるのか??
「ふむ……なるほど、なるほど……確かに、美味なるものじゃな」
さて、焼いたロールケーキは一本。
神官さんたちの味見用に、私が食べた分、神様に捧げる用に聖女様の物、そしてカーミラさんの物、と、そんなに量はない。
カーミラさんはご自身の分を半分食べてから、自分の取り巻きの神官さんたちにも下げ渡すと、口元を綺麗な布で拭いた。
「神メルザヴィア様に捧げる一品として上出来じゃ。さすがはローアンの姫君じゃな」
「ありがとうございます」
あれ、なんだろうな。
褒められているのに……なんだ、なんか……心臓が苦しくなってきたな??
……微笑んで私を見ているはずのカーミラの目が……何か怖いな??
失望?
呆れ。
…………敵意だな、これ。
私がカーミラさんの目に籠った感情の意味を理解しようとしていると、カーミラさんがラルク君の腕を、叩いた。
「は?」
ガッシャン、と。
予想もしない突然の暴力に、ラルク君は持っていたお皿を落としてしまう。床に落下するロールケーキ。
そして、ぐしゃり、と、カーミラさんはロールケーキを踏んだ。
「……は?」
「おや、これはこれは……すまぬな。腕と、足が滑ったようじゃ」
一瞬、何が起きたのか私はわからず、間の抜けた声を上げた。
おほほほ、と、私の頭上に響くのはカーミラさんの笑い声。
ぐちゃぐちゃに、お皿の破片と、つぶれたロールケーキをじっと見て、私は「???」と、ただ、疑問符を浮かべることしかできない。
「しかし、幸いにも神に捧げる一皿は無事なよう。あぁ、よかった。すまぬな、妾の腕と足が細く長いばかりに……粗相をした。許すがよい」
敵意。
はっきりとした、敵意が、私の後頭部に突き刺さる。
顔を上げると、最初に会った時と変わらない、柔らかな微笑を浮かべた美しい人が、私を見つめていた。
なろうのページに直接打ち込んで書いてるんですけど、一回、全部消えたショックに負けず書き直した私を褒めて欲しいです。




