*突然ですが番外です:推定狂人、聖人疑惑:中編*
ごきげんよう、ローアンは荘厳なる朱金城の白梅宮の主人、シュヘラザードです。
レンツェという生国での虐待生活凍死or餓死ルートから、救われましたよ大国アグドニグルの皇帝陛下に。約束された勝利の美幼女。人生勝ち組要素にあふれているのに、今のところそんな実感を抱ける瞬間がありません。
なぜならば……
一桁年齢の幼女に容赦なくかけられるストレス!!
さぁて、今回の無理難題は~???
私が良い感じにモーリアスさんを説得しないと、善良な老人が火あぶりルートにぶっこまれるよ!!!!
いやぁああああ!!!!
「助けてくださいイブラヒムさぁあん!! 水をワインに変える魔法とか便利な道具を発明してください今すぐに!!!!!!!!!!!」
「あなた、魔法をなんだと思ってるんですか」
陛下に無理難題を吹っ掛けられた私は、全力ダッシュでイブラヒムさんの塔を訪れた。先ぶれも何もなくバタンッと扉を開いて駆け込んだ幼女を、賢者様は胡乱な目で迎えて、ため息をつく。
「あるでしょうこう……!都合よくこう……葉っぱとか木を小麦粉に代用できる異世界ファンタジー的な展開……!餓死者が出るほどの貧しい寒村を救う野生の聖女の奇跡的な……!!」
「木が小麦粉になるわけがないでしょう。そこまで愚かなんですか?」
さて、聖人である証明とは?
奇跡を2種類以上起こせた実績がある者である、とそんな前世知識が蘇ってきた私は、石をパンに、水をワインに変えることができれば、善良なおじいさんを火あぶりルートから救える!と、そう考えたわけである。
「実は……かくかくしかじかで……モーリアスさんを良い感じに言い負かすというか、納得させる……おじいさんを聖人認定させたいんですけど」
「陛下は料理を、とあなたに仰せになったのでしょう。何か作ればいいじゃありませんか。それでその老人がどうなろうと何か困りますか。所詮ルドヴィカのことでしょう」
「あっ、正論。アグドニグルの人間の正論!自国民以外に冷たい国民色!!陛下の教育方針の賜物!!」
面倒くさそうに、それはもう嫌そうに、私をしっしと追い出そうとする賢者様。
私だってイブラヒムさんに縋りつきたくなんてないが。私がうまくできないとおじいさんが死ぬのである。
「だってお話ししちゃったんですよ~、あ、この人いい人だ~って、しゃべって、見て、関わって、見知らずの他人じゃなくなったんですよ~~~~」
「あなたがそれほど慈悲深い貴人であるとは知りませんでした。人を見捨てることのできる人種だと思っておりましたが」
うん、まぁ、必要ならそういう判断もできなくはない、と思う。イブラヒムさんの酷評に私は反論はしない。
「第一、モーリアス・モーティマー。あの男が……どんな目的なのか、わかっているのですか」
「私に対しての嫌がらせ……じゃないですよね?嫌われるようなこと……奇跡の私物化とかメリッサたち神様に対して不敬は……今更ですもんね??」
「あの男があなたに対してする行いの大半は、あなたへの値踏みでしょう」
「値踏み」
「あなたをどう利用できるか」
アセスメントでも取られているのか。
「で?」
イブラヒムさんは私を追い出すことを諦め、椅子にどっかりと座り込むと首を傾けて私を見た。
「で?本題は?」
「と、言いますと」
「あなたは愚かでどうしようもない馬鹿ですが。身の程を弁えている。自分ができる範囲と、できない範囲をよくよく理解している。あなたは他人を頼らない。巻き込まない。自身の共犯者に選ぶほど他人に対して期待していない。私が全面的に協力しなければ解決できないことであれば、あなたはその問題の老人を諦めたでしょう」
つまり、先ほどの私の「助けて!」からのお願いは全て戯言、枕詞、ワンクッション。いつものふざけた幼女。厄介ごとを持ってきて他人をかき回す、その被害者にイブラヒムさんを選んでいいと思っている図々しいお騒がせ幼女、の、茶番である。断られる前提での小芝居だと、イブラヒムさんは指摘する。
カイ・ラシュがローアンを去ってから私の内面に起きた変化を、どうもこの神経質で他人に無関心そうなはずの賢者様は目ざとく見抜いていらっしゃるらしい。
私はへらり、と笑ってから、目を細めた。
「私がかわいい幼女でいられる場所がどんどん減っていきますね」
「私の目の前であなたがかわいらしい幼女だったことは皆無だったかと」
容赦のない賢者様である。
*
どん、と目の前に置かれた岩を見てモーリアスさんと陛下が「?」と疑問符を浮かべたのがわかった。
白梅宮の客間に急遽用意されたテーブルセットはお客様をおもてなしするには十分な格式があると、アンが自慢してくれているので問題はないはず。
「……」
「……」
「お嬢さん、これは一体……」
無言で岩を見つめるモーリアスさんと陛下の沈黙に耐えられないのか、あるいは幼い子供が何か間違いを犯そうとしているのなら、自分が間に入ってとりなしてあげようという親切心か、たぶん後者だろう、おじいさんが困ったように私に顔を向けてくる。
「料理です。おじいさんが、聖人か、あるいは狂人か判別するための。お料理です」
「……」
おじいさんはますます困った顔をした。
心優しい幼女が自分のために何か苦心し、知恵を巡らせようとしてくれている真心を受け止めつつも、自分のために無茶をして欲しくはない。けれど子供の意思を無碍にはできないと、善意善良な人間の困惑。
「どこぞの……大工の息子のように、石をパンにすることができれば聖人だ、と?」
少し考えてから、陛下が口を開く。
「いえ、このまま召し上がっていただきます」
「え」
若干「もしや、反抗期?岩を食えってこと??シェラ姫の美味しい料理はどこ??お腹を空かせた私の立場は??」と混乱されているご様子が見えるのがちょっと面白い。
ショックを受けていらっしゃる陛下はさておいて、モーリアスさんは冷静だ。じぃっとテーブルの上に置かれた岩を見つめ続け、口元に手をあてる。
「……このご老人が聖人だと信じる者はこの岩を食べて、これがパンであると証明せよ、という意味ですか。聖人というのは、本人が証明する必要はなく、周囲の評価。周囲がそうと信じ、そのように敬い、慕うもの。………………信じられる者は救われると、そのように?」
「いえ、このまま召し上がっていただきます。それが全てです」
先ほどと同じ言葉を私はモーリアスさんにも繰り返した。
「というか、お二人とも……石がパンになるわけないじゃないですか」
お疲れですか、大丈夫ですか、と私は心底心配そうに二人に聞いてみる。
「私はただ、美味しいお料理を作っただけです。ご覧ください、どこからどう見ても立派な、美味しいお料理ですね」
「……」
モーリアスさんは無言だ。何を考えているのかわからない表情で、私をじぃっと見つめている。
さて、ここでモーリアスさんが一言「……このような物を料理だと、そう主張する、あなたこそが狂人では?」と言うとどうなるか。
私は祝福を得た奇跡の乙女。
そしてアグドニグルの皇帝陛下に保護されていて、第四皇子殿下の婚約者。
この白梅宮の主人である。
私に対しての侮辱の言葉を口にするほど、モーリアスさんは単純なお方ではない。
つまり、この場においては私がどんな振る舞いをしても、モーリアスさんは私の言動に関して「正気である」と、この料理を前にして黙認したわけだ。
そして更に、モーリアスさんはおじいさんの聖人or狂人のジャッジを私に任せたわけだけれど、それは、翻って、私が下したジャッジはモーリアスさんのお墨付き、ということになる。
私は基本的に共犯者は不要ですけど、他人を利用はしますよ!!
いつもお世話になっております。
11月に千夜千食物語2巻が発売となります(*´▽`*)
特典は今回1本か2本と少なめですが、イブラヒムさん逆異世界トリップネタとか書けたらいいな、と思っております。
あと私、本日9月10日が誕生日です。
千夜千食物語はこう、のんびりこまごまと、細く長くなろうで書いていく、のが、自分のライフスタイルになればいいなと思っております。
さて、折角なので、ここで没ネタを一つ……
・アグドニグルの別ルート、野生の聖女は料理がしたい!では、陛下が皇子の一人にクーデターを起こされて斬首、無事に生まれたアニージャ姫(野生の聖女の主人公)を命がけで逃がして……という設定なのですが、千夜千食物語でもそのルートに近いことが起きる予定でした。
・ただ、考えてく最中にカイ・ラシュは死ぬは春桃妃は死ぬは屍が積み上げられていくことに「みんな幸せになろうぜ!!」と私のメンタルが耐えきれず、没になりました。
・みんな、幸せになろうぜ!
ブックマーク、評価、感想、いつもありがとうございます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。




