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【書籍化】千夜千食物語  作者: 枝豆ずんだ
悪女と聖女編
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嫌われ者



「……」


 さて、コルヴィナス卿の奇行はさておいて、私は思考を調理を行うものに切り替えた。オッサンに構っていて、折角異郷の地で作る初めての料理をつまらないものにしたくないし、今はなぜか好感度の高いコルヴィナス卿の機嫌がいつまた低下するともわからない。


 私が今! すべきことは!! この神殿の神様に良い感じの料理を献上して! あわよくば味方になってもらうこと!!


 愛すべきローアンと違って、ここは完全にアウェー。私に対してカーミラさんは好意的な感じはするけれど、それが表面的でないとも限らない。ので、私は自分の保身のためにもここの神様、メルザヴィア様の胃袋を掴みたい。


「あの、カーミラさん、メルザヴィア様ってどんな神様なんですか?性格とか、好みとか……メリ……レグラディカ様は甘いものやかわいいものがお好きな女神さまなんですけど」


 最近レグラディカのサブ神様扱いになったロキさんのことは言わなくていいだろう。


 大神官様なのだからメルザヴィア様とマブ、とまではいかずとも交流があるはず。情報を引き出せないかと私がお伺いを立てると、カーミラさんは眉をひそめた。


「……妾たち人の身で、神々のお言葉を賜ることなど恐れ多いこと。大神官の地位を頂いてはおるが、妾はまだ修行不足でな。残念ながら、我らが神殿の神のお声を聴いたことも、お姿を拝見したこともない。そもそも、神とは祈り奉る尊き存在で、そのお心を人間ごときが推し量るなど、不可能なことじゃ」


 カーミラさんは難しい言い回しに極力ならないようにと、幼女の私がわかりそうな言葉を選びつつゆっくり話してくれる。

 

 そうか……。


 なるほど、メルザヴィア様は引きこもりなのか。


 メリッサは明るく楽しい激しい感じの女神さまだけれど、確かにみんながみんなあんな感じの神様だと威厳とかそういうのはなくなってよくないかもしれない。ので、メルザヴィア様は神様らしく人の前に姿を現さないで引きこもっていらっしゃるんだろう。


 そういう神様を引っ張り出せる料理は何かあるだろうか。


 私は一人で納得して頷くと、コルヴィナス卿がちらり、と私を見てため息をついたが何も言わなかった。


「おぉ、しかし、我らが神がどのようなお方であるのかの言い伝えはあるのじゃ。この極寒の大地におわす神は“冬”の権能を司る戦神。500年前に起きたかの神魔戦争の際には、この地を凍らせ幾千幾万もの魔族どもを滅ぼしたと言われておる」


 500年前のその神様と魔族の戦争については私も日々の歴史のお勉強の中で学んでいる。


「え!?それって、あの冬将軍って呼ばれてる……あの神様ですか!?」

「ほほほ、そうじゃ。まぁ、そう言い伝えられておるだけで、メルザヴィア様ご自身がそのように名乗られた、というわけではないのじゃがな」


 ほーん。


 なるほど……箔付けというか、例えばギリシャ神話でゼウスがやたら色んな国の王族に手を出してるのを「うちの家系はゼウスの血を引いている」と箔付けするために遊び人設定されたような……?違うか??


 メリッサは例外として、普通は神様は人間の前に姿を現さない。だからそこに実際にいらっしゃるのがどんな神様なのか、わからない、知られることがない、ので、名高い神様が自分のところの神殿にいるんです!と、言ってしまっても……いいのか?


 まぁ確かに、実際に本当に人間の歴史の本にも名前が登場するくらいメジャーな神様がいらっしゃるのならこの神殿がこんなに寂れているわけもないか。


 ちょっと残念かもしれない。


 冬将軍といえば、氷や雪とか、そういうものを操る神様と知って、私はヤシュバルさまを重ねて勉強してきたのだ。

 歴史のお勉強、本を朗読する講師のおじいさんの言葉に耳を傾け、頭の中で動いている冬将軍はヤシュバルさまのお姿だった。


 元々は人間と神様のハーフだったという冬将軍は神様と魔族の争いに人間たちが巻き込まれ苦しんでいるのを救おうと、一人で魔族の大軍の前に現れてご自分の命をかけて土地を凍らせたらしい。


 命を捨てたその決意と他人への深い愛情、献身から神々の席に迎えられて“春”“夏”“秋”“冬”と四席しかないうちの一つを任されたとか。


 完全に無敵で最強の英雄だ。


 おとぎ話にもなっているし、ヤシュバルさまの能力を冬将軍の権能に例えて称えられるお芝居もあるらしくて(ただお色気シーンもあるらしく未成年は観れない)大人になったら観に行きたいと思っていた。


 メルザヴィア様が冬将軍だったらぜひお近づきになりたかったが……こんな寂れた場所で神様やっている冬将軍、というのもファンとしては解釈違いかもしれない微妙なところだ。


「うーん、うーん、それじゃあ、何を作ろうか、悩みますね」

「姫の好きなものを好きなように作ってくれて構わぬのじゃが、妾は甘くやわらかな物が好みじゃ」


 実際、神様が姿を現さないのがデフォルトなこの神殿なら、炎とか氷の祝福と違って、私の料理は捧げました、という事実のあとは神殿の人たちに美味しく頂かれました~、という流れになるのだろう。カーミラさんがさりげなくリクエストしてくる。

 

 うん?


 ……なんか今、こう、周りの人たち、神官さんたちの反応が……なんかこう。


 初めての場所で緊張して気づくのが遅れたが、周りでスタンバイしてくれている見習い神官さんたちや、壁に立っている偉い神官さんたちの態度が……冷たい?

 私に対してかと思ったが、どちらかといえば……彼らはコルヴィナス卿にまとわりついているカーミラさんに対して、こう、あんまりよくない感じの視線を投げているし、聞こえないようにこそこそと、隣りの人と耳打ちして話している人までいる。


「……?」

「なんじゃ?」

「いえ、なんでもないです」


 うーん。

 私が気づけるくらいなのだから、カーミラさんがこの周りの反応に気づいていないわけもないのに、カーミラさんは普通にしている。コルヴィナス卿もだ。


 うーん。


 よくわからないな、神殿メルザヴィア。


 でも、何はともあれ、とにもかくにもレッツクッキング。


 私は卵と小麦粉、お砂糖を用意してほしいと材料庫の前に立っている神官さんにお願いした。


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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
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