アグドニグルの男は恋愛関係でIQが下がる
「はっ……!!」
放心していた私は我に返った。
ふぅ……なんだか今、とてつもなく恐ろしい白昼夢を見た気がするけど……気のせいだよね!
夢、幻覚、妄想、気の迷い……そうだと言ってよパト○ッシュ!と、まだまだ混乱している私は頭の中にフラダンスをする大型犬を思い浮かべ、こちらを見上げるわたあめの「浮気……?」とでもいうような視線に気づいた。
「違いますわたあめ。大型犬には大型犬の、わたあめにはわたあめのふわふわがあります」
「キャワワン……?」
「そんな不審そうな目をしないでください、あなたは私のオンリーワン。犬なだけに」
つまらないことを言っていると頭も冷静になってくる。
ここはローアンではなくて、遠く離れた極寒の大地。コルキス・コルヴィナス卿が守る北の砦の、中の、神殿メルザヴィア。その厨房にいるわけで……。
「ある程度のものは揃えてある。なんでも作れ。足りないものがあれば言うがいい」
「……は、はぁ。ありがとうございます……」
なんでまだいるんだろう、コルヴィナス卿。
多忙であるという噂の炎の大貴族様。久しぶりに本拠地に戻られたのだから、それこそ不在時の確認やらなんやら、私程度でも「急いでやらないといけないだろうな」と思うことがいくつか浮かぶのに、どうしてまだ、無表情で厨房に突っ立っていらっしゃるのか。
「ほほ、楽しみじゃのぅ。どのような秘儀を披露してくれるのか。久しぶりに胸が躍る。あぁ、妾の胸は常にコルキスを前にすると高鳴っておるのじゃが、それとこれはまた意味が違うので誤解するでないぞコルキス?」
「……」
コルヴィナス卿の腕にはまだカーミラさんが引っ付いている。お二人とも……暇なわけがないだろうに、暇人なのか???
「……コ、コルヴィナス卿……あの、私は、その、こういう状況は慣れてますので……大丈夫ですが?」
意訳すると:いつまでここにいるんですかオッサン。である。
一人にしてほしいわけではないが、知らない場所だし……でも別に、コルヴィナス卿でなくてもいいよ!カーミラさんはいい人っぽいし、大神官だっていうカーミラさんがいてくれればこの場はいいんじゃないかな!!?
「……」
じろり、とコルヴィナス卿は私を睨んだ。
なんで!?
しかし睨んだだけで、私の前髪は無事である。とっさに抑えたが、一ミリも燃やされていない。セーフセーフ。
なんで!?
「……私は陛下が貴様を引き取られてから常々考えていたのだが」
何を!?断罪方法!?いや、もう実行されたよね!
「貴様はあの愚弟子の婚約者。あれは陛下の息子という扱い」
「は、はぁ……そ、そうですね??」
「貴様は陛下をいずれ“義母”と呼ぶことができる立場になる」
「は、はい……」
そ、そういえばそうだった。
陛下は私の未来の姑……。春桃妃様と陛下のような関係になるのか不明だけれど、私は確かに……陛下の義理の娘、という扱いになるわけで、だからこそ白梅宮を頂いても周囲はそれほど反対できなかった、というのもあったようだ。
……でもそれが、何です??
何を言われるのかと私がビクビクしていると、コルヴィナス卿は無表情のまま、至極当然のことを言うように言葉を続けた。
「つまり……私が貴様の義父になれば実質、私は陛下の夫では?」
「違うのでは????」
頭の中どうなってらっしゃるんでしょうか??
幼子でも「それは違う」とわかることを、なぜコルヴィナス卿ほどの立派なお方がわからないのかわからないのだが??
「そもそも陛下には白皇后陛下がいらっしゃいますけど?」
一般的な常識として皇帝の奥さんって皇后だと思います。
だけれどここはアグドニグル。そして相手はコルヴィナス卿。白皇后のお名前にはややムッとした表情を作ってから、卿は憮然とした様子でお答えになる。
「あの女はたかだが皇后の地位を与えられたに過ぎない」
仮にも自分の仕える国の皇后様をあの女呼ばわりとか大丈夫なのか。大丈夫なんだろうな、コルヴィナス卿だもんな。私はこの辺はもう驚かない。
まぁ、まったくもってわけがわからないが、コルヴィナス卿の中ではちゃんと理由があっての行動らしい。私の……養父に……名乗り出た……。
……これまで通りじゃダメなんだろうか。
ダメな理由が、たぶん色々出てきたんだろうな。
指折り数えてみて、心当たりがありすぎる。レンツェの王族、ヤシュバルさまの婚約者、陛下のお気に入り、というだけでは「足りなく」なった。
それで国内でも屈指の大貴族、コルヴィナス卿が私の養父、つまり、王族以外の後ろ盾、権力、支援者、監視役……責任者、呼び方は何でもいいのだけれど、とにかく、私の人生に関わることになったと、そういう風に理解しておこう。
……いや、うーん、そういうちゃんと立派な理由があってこその、この、奇行だと信じさせてほしいな!!




