北の氷の神殿にて!
さて、私の今生では初の林間学校?旅行?修行?留学?まぁ、呼び方は何でもいいのだけれど、とにかく長距離移動は、ゆっくり船旅、ということはなかった。
「お土産とかいらないから……ちゃんと、ちゃんと……五体満足で帰ってくるのよ!?いいわね!?」
「メリッサったらそんな……心配性では?大げさですよ~」
「うぅ~、このおバカ~……自分のこれまでを振り返ってから言いなさいよぉ!!」
私とコルヴィナス卿は大神殿レグラディカを通して、さくっと北の砦まで一気に移動できる。祝福者なので、手続きをしにレグラディカに行くと、当たり前のように女神メリッサが表れて私をぎゅーっと抱きしめた。
「ちょっと待ってなさいよね。今こう、あたしの女神力でこう……色んな加護を貼り付けてから送り出すから……」
ぶつぶつと言いながらメリッサの目が金色に輝いて、きらきらと周りが輝き始めるのだけれど、私はそれを拒否した。
「大丈夫ですって、林間学校ですよ。コルヴィナス卿がいる砦ですし、危ないことなんかありませんって」
「そいつが一番危険なのよぅ!シェラの脚を焼いたのもう忘れたの!?うぅ、どうして……なんであんな化け物がシェラの保護者に名乗り出るわけ……?人間って本当に意味が分からない……」
「そんなに心配なら貴様もついて行けばいいだろう。この神殿ならこの俺様がしっかり征服しておいてやるから安心しろよ」
メリッサの加護を拒否してとことこ逃げた私の後ろから、ひょいっとロキさんが表れる。
「北の地の、神殿といえばあれがいるところだろう。貴様程度の神が行ったところであれがごちゃごちゃぬかすとは思えんが」
「あれって?」
「北の神殿の神よぉ」
あ、そういえばそうか。神殿には一人?一柱?ずつ神様がいるのだったっけ。
つい最近まであちこち野良神様をやっていたロキさんは北の神殿にも行ったことがあるらしい。
どんな神様なのかと私は気になったが、質問する前に転移の準備ができたとおじいちゃん神官さんたちが呼びに来て聞けなかった。
*
と、言うわけで、エレベーターでぐわぁん、と上がるような妙な浮遊感と不快感、明るい光に包まれて、一瞬で私とコルヴィナス卿の身は大神殿レグラディカから、極寒の大地、アグドニグルの最北部に位置する北の砦の内部にある神殿エウラリアへやってきた!
空気が違う!
屋内であるというのに、吐く息が白く、露出している頬に突き刺すような冷気が触れた。
うーん、朱金城を出るときにヤシュバルさまが必死に私に厚着をさせたのを……大げさだと笑っていたけど……これは……。
私はもふもふっとした外套に長靴、靴の中はもこもこの靴下にズボンを重ねて履いて、肌着を合わせると上着は五枚以上着ている。手には分厚い手袋に、マフラー、耳当てもばっちりだ。念入りに何度も何度も「もう一枚、これよりあちらの毛皮の方が」と私を着こませたヤシュバルさまは、レグラディカまでお見送りは陛下に止められて出来なかった。
北の地の寒さを実感している私を放置し、すたすたとコルヴィナス卿は歩き出す。
設置された聖杯に運賃替わりの祝福を捧げようとされていたのだけれど、私たちが到着して直ぐ、バタン!と、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「待っておったぞコルキス!この妾をこうも待ち焦がれさせるとは罪な男じゃの!!」
「……」
誰!?
表れたのは、豪奢な毛皮に身を包んだ、服の上からでもはっきりわかる豊満な体つきの……金髪の、もんのすごい美女!!
すっごい美女!!パツキンの!!
お化粧ばっちり、真っ赤な唇の、黄金と薔薇の花が人間になったようなその美人なお姉さんは、満面の笑みを浮かべてコルヴィナス卿に抱き付いた。
抱き付いた!?
「奥さん!?」
「違う」
名前で呼んでるし!帰還を喜んでるし!!奥さんかな!?と、私が咄嗟に判断して叫ぶと、美女さんに抱き付かれても無表情に沈黙していたコルヴィナス卿から否定の言葉が入る。
「うん?なんじゃ、その子は。白い髪に砂色の……あぁ、噂の姫君か。幼いが美しいのぅ。将来はさぞ男を惑わす美女になろうぞ」
「すでに被害者がいるのですが、今後も頻繁にあるようなら、その都度示談で済ませられるよう法律の勉強をしていった方がいいということですか」
「ほほほ、なんの心配をしておるのじゃ、この子供は」
豪奢な美女さんは品のある仕草で口元に手をあてて微笑む。ふわり、と、花が咲くような優しい感じがして、私はこの人に好意を抱けそうだった。
美女さんはコルヴィナス卿が無反応でも構わずに、卿の腕をとって自分の腕を絡める。
……お、おっぱいが……お胸が……コルヴィナス卿の腕に……あたってる……!あたってるのに、卿!!ものすごく、嫌そうに眉間に皺が寄ってる……!!
美女さんが触れると、コルヴィナス卿はまるで蛆虫でも見るかのような目をして美女さんを一瞥した。けれど振り払うことはせず、そのままコルヴィナス卿は聖杯に炎を奉納した。美女さんはその様子を見て満足げに頷く。
「恙無く頂くぞ。コルキス。そなたの炎は美しいのぅ」
ころころと鈴を転がすような声で笑う美女さん。
な、仲が……良いの、かもしれない。
私の知るコルヴィナス卿は……嫌いな相手に容赦しないし、なんなら焼く……その卿がここまで好き勝手にさせているということは……もしや。
「恋人?」
「まぁ!そなた!そう見えるか!ほほほほ、見る目のある良い子じゃのぅ!」
バキバキバキ!!
私の呟きに美女さんは喜んでくれたが、コルヴィナス卿の手の中の聖杯は粉砕された。
……あれって、魔力とか、物理的な力では破壊できない、神具じゃなかったっけ……。




