閑話*白梅宮の料理人*
「へぇ、そりゃあ。大役でございますなぁ。雨々殿、大変名誉なことでございますねぇ」
へらへら、にこにこと、雨々に微笑むのはつるりとしたスキンヘッドに片脚が義足の中年男性。白梅宮の奴隷であり、雨々の同僚でもあるマチルダは今日も今日とて善意善性の塊である。
食事も惜しんで寿司の開発をしている姫君様にと、マチルダがサンドイッチなるものを拵えて持ってきてくれた。サンドイッチというのはマチルダがシェラ姫に教わったパン料理で、パンの間に葉野菜や焼いた肉を、特製のソースと一緒に挟んで食べるものだそう。片手で簡単に食べられるので、忙しい時には良いと、陛下に献上したこともある一品だった。
「今すぐ自分で死ぬか不敬を理由に殺されるか失敗して殺されるかしかないのにですか?」
「へぇ、そりゃあ、確かに。ですがねぇ、あっしは小麦を扱うことには長けておりますが、そういえば、米に関してはからっきしで。これから、こうして雨々殿が米料理を習得してくださったら、これはもう、素晴らしいことでございますね。あっしがパン、雨々殿が米。白梅宮の食房は、ますます素敵になりますね」
「……」
おめでとうございます。大役でございますね。と、ニコニコとマチルダは言祝ぐ。
他人の身に降り注ぐ災難に同情する優しい男だが、それよりも職人気質である男。雨々ならきっと技術を身に付けるだろうと信じてる顔。共に白梅宮に仕える者として、雨々の苦難は、シェラ姫様の幸福に繋がると考えている。
「……」
雨々は今すぐ辞表を書いて逃げ出そうと思っていた自分を踏みとどまった。
マチルダに応援されたことで勇気を、というような男ではない。そして逃げ出すことを恥と思えるような立派な生き方をしてきた人間でもない。今更経歴に傷の一つや二つ、命よりは安いだろうと思う雨々だったが、そんな、意地もプライドも羞恥心もない男にも一つ。
「……ま、まぁ。私であれば、難しい米料理の取得も、えぇ、可能ですからね」
「さすがは雨々殿!」
胸を張って「当然ですよ」と応えると、マチルダが声を上げて喜ぶ。
「……」
雨々はここで自分が逃げ出して、その後、それでもシェラ姫はどうにでもするのだろうという予感はあった。あの姫は、逆境に強いというか、結局なんでも最終的には自分で解決してしまう所がある。他人に頼るのは、他人に関わろうという気持ちがある人間であるというだけで、実際のところ、一人でも、あの姫君は皇帝だろうが英雄狂だろうが、相手にできてしまうお人なのだ。
その姫君であるからこそ、雨々はお仕えしてその恩恵を頂いているのだけれど、その姫をまるでただの無力な子どものように思っているのが、目の前の人の良いフランツ人だ。
まぁ、それは今はいいとして。
そのマチルダ。
生まれがパンが主食のフランツ王国であるので、米食に慣れていない。この国に奴隷になってから初めて口にしたほどだそうだ。
なのでマチルダは、確かに小麦の扱いに関しては白梅宮の食房の中で一番なのだが、アグドニグルでは米食も盛んで、米を主食としていなかったマチルダはどうしても一歩も二歩も、扱いが劣る。
しょせん奴隷であるから、他国の人間であるから、などと言う者を、マチルダが気にしていない事は雨々もわかっているが、それでも。
つまりまぁ、なんというかまぁ。
マチルダが現状、困っているわけではないのだけれど。
それでも雨々が寿司なるものを習得できて、米料理の扱いについてまた一歩進んだということになれば、まぁ、マチルダが、友人が助かる。
雨々は観念した。
自分が逃げて、周囲に何を言われようが思われようが、自分の経歴がどうなろうが、死ぬよりはマシだと割り切れる。
けれどマチルダが。
友が困る。
それは、雨々には、耐えがたい。
仕方がないので、マチルダと一緒にシェラ姫の元へ戻ると、こちらが逃げるとは小指の爪の先ほども想像していない、あるいはしたとて表に出すようなことのない姫君が相変わらずいらっしゃってこちらを見てにっこりと笑った。
「今夜の陛下への献上の場に、ニスリーン殿下もいらっしゃるそうです!!」
雨々は胃薬の申請を、マチルダにお願いした。
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暑いですね。夏。
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