2、情けは人の為ならず
ミルクで柔らかくふやかした、いわゆるパン粥をゆっくりと食べる。
味付けは塩コショウ、それにチーズが少しと刻んだハムが混ざっている。
「ゆっくり食べなさい」
空腹を思い出すと、人間どうにもがっついてしまうらしい。ハフハフと、熱くてなんども口元を押さえる私を、騎士さんは目を細め眺めていた。
お医者さんの診察(?)を終えて、次に案内されたのは仮眠室のような場所。私が休めるようにと用意してくださったよう。お医者さんは「僕の目の届くところに置いてほしいんだけど」と患者思いなセリフを吐いてくださったが、騎士さんは「君のところは人の出入りが多い」と断った。
親切にしてくださったので、別れ際「バイバイ」と小さく手を振ると、お医者さんはまた「うっ、レンツェ滅びろッ!あ、もう滅んでる、陛下サイコー!」とお決まりの言葉を吐いたので、そういう様式美?なのかもしれない。
「今日はこのまま休みなさい。明日は……いや、明日のことは、明日話そう」
食べ終えた私をベッドに運び、騎士さんは枕の位置やベッドの硬さはどうかと尋ねた。
「問題ないです」
「それは何より」
「……」
「どうした?」
「……お医者さんにも聞きましたが、どうして騎士さんは、私に親切にしてくれるんですか?その、皇帝陛下に、つ、妻と……言ったり」
改めて考えると顔から火が出そうな程に恥ずかしい。
そうだ。この目の前の、背の高い騎士さんは放っておけば無茶なことを言って皇帝陛下にその場で斬られただろう私を助けてくれた。
アグドニグルの皇子が、レンツェの恥の姫なんて妻に迎えてなんの役に立つのか。
「なぜそんなことを聞く?」
「え?いや、だって……不思議、なので」
利があるとあの場で騎士さんは陛下におっしゃったが、私が考えてもその「利」というのはどうにも思いつかない。口から出まかせを言うような方とは思えないが、私には……私を助けるために、ありもしない利を相手に想像させて場を凌いだように感じたのだ。
……いや、さすがに、それは自意識過剰だろうか。
「……ふむ、妻に、と言ったので混乱させたのだろうか」
騎士さんは私が横たわるベッドに腰かけた。成人男性の重みでベッドがぎしり、と軋む。
「君は何も心配しなくていい」
ゆっくりと、騎士さんの大きな手が私のおでこに触れた。冷たい手だ。ひんやりとしている。食べてお腹いっぱいになって、柔らかなベッド。幼い子供のエレンディラ。段々と眠くなってきて、体がぽかぽかとしている。
「私のことは、後見人だとそう考えなさい」
「こうけんにん」
私が呟くと、騎士さんは子どもには難しい単語だと思ったのか、口元に手をあてて、少し考えてから言い直す。
「これから先、君が寒い思いや、辛い思いなどしないように、君を守る大人のことだよ」
どうして、と私はもう一度聞こうとした。
けれどどんどんと眠気が強くなり、瞼が重くて開けられなくなってくる。
辛うじて言えたのはエレンディラの子供らしい、素朴な言葉。
「ありがとう」
びくり、と、私の頭を撫でる手が一度強張ったような気がした。けれど、ふわふわとした頭で、ふわふわと私が笑っていると、その手は再びゆっくりと、たどたどしく、頭を撫で始めた。




