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【書籍化】千夜千食物語  作者: 枝豆ずんだ
悪女と聖女編
129/175

コルヴィナス卿と海鮮料理【中編】


Q、寿司を握らないと殺される展開ってあるんですか?

A、あります、イッツナウ。




「将○の寿司とか寿司○ではなかった展開ですねぇ~~~~~~」


 絢爛たる華の都。偉大なる皇帝陛下の治めるローアンは朱金城の白梅宮にて、異国の姫君シュヘラザードはガタガタと震えながら呟いた。


 白いほっかむりに真っ白な前掛けをした姿は、平民の幼い子どもが親の手伝いをしようと意気込む微笑ましさがあったが、当人はそれどころではない。


「そうか!今宵は寿司か!楽しみだな!うむ!!」


 時刻は夕暮れ。まだ毎度の献上時間には早すぎるのだけれど、厨房には今、紅蓮の髪の美女がワクワク嬉々とした様子で顔を出していた。


「やはり寿司にはカウンターが必要かと思ってな!今早急に作らせておる。ふふ、これは私からのサービスだ。遠慮なく今夜はカウンターで披露するがよい。良い感じの作業服も必要であろう?雰囲気は大事だからな。それも今仕立てさせているゆえ、後で届けさせよう」


 アグドニグルを治めるこの世で最も美しく偉大なる皇帝陛下は、どこぞから聞きつけたのか「シュヘラザード姫が生の魚を使った料理を試みていると知って「今朝断ったのはフリか!粋な計らいを!」と大変お喜びになりなったそうで。


「コルキスが関与するのなら間違いはないな。うむ、この男、基本的に頭がおかしいが能力と行動力は異常な程に高い。うんうん、そなたらは仲がよくないと思っていたが、さすがは私の可愛い姫。この堅物の心を開かせたか!」


 シェラ姫を労いにきたのは本当だが、厨房で実際に白米の用意や、あちこちから届けられた魚を見て、陛下はますます大変上機嫌になる。普段視界に入れるのも嫌だとばかりに毛嫌いしているコルヴィナス卿を前にしても「そうか、今夜は寿司か!」と満面の笑みである。


「…………お、大事おおごとになってしまった……」


 仕込みの邪魔をしては悪い、と、陛下はそそくさと退散された。残されたのは生魚なので一応毒見役の黒子が一人ちょこん、と、椅子にこしかけて「ドンとこい」という文字の書かれた板を持っている。


「と、いうことだ。失敗は許されない。あれほど陛下が期待をかけられていて、出せぬという未来は無い」

「……引き受けた覚えも作ろうと試みた事実もないのに、情報だけが流れて状況が固定されていく恐怖を感じています」


 陛下の前では一言も口を聞かず、静かに控えていたコルヴィナス卿はシュヘラザード姫と同じく白いほっかむりに白い前掛けをしている。こうして並ぶと、銀髪のコルヴィナス卿と白髪のシェラ姫は親子のよう、に見えなくもない。

 余談だが、こうした二人の姿を見てクシャナ陛下は「あの気持ちの悪い男も、シェラ姫のような可愛い娘が隣にいたら、良い感じの父兄に見える」と感じられたとか。


「……うーん、うーん……ちらし寿司とか、巻物、軍艦系でごまかすのも無理そうな感じでしたよね、あれ……」


 今夜、寿司を出さなかったらどうなるか。シェラ姫は考えるのも恐ろしい。コルヴィナス卿に全身炭にされるのは、まぁ、友達の女神メリッサにどうとでも回復してもらえるだろうから、シェラ姫にとっては「そこは別にどうでもいいのだけれど」という問題。

 何より、シェラ姫が嫌なのは陛下に「がっかり」されることだ。あんなに楽しみにしてくれている、のは、ご本人が勝手に勘違いしたからではあるが、それに応えられないのがシェラ姫には「嫌」だった。

 

 ようは、意地の問題である。


「……」


 シェラ姫は黙々と魚の吟味をし「生の身を使うのであれば」と捌いていくコルヴィナス卿に視線を向けた。


 知って、予測して計られたのなら、このコルヴィナス卿という男性を陛下が「気持ち悪い」と思うのも理解できた。


(この人、私のことを幼女だと思ってないというか……どういう生き物なのか、把握している感じがして、気持ち悪いんですが~)


 旧名エレンディラ。現在シュヘラザード姫。白梅宮の主人。敗国の王族。可愛そうな幼い女の子。愛らしい容姿に、勝気な言動。何をするにも「健気」「一生懸命で愛らしい」「可愛がってあげたくなる」「微笑ましい」と、シェラ姫を「幼い姫君」と認識して扱う人々がどうしても持つ先入観、あるいは自己暗示のようなものをコルキス・コルヴィナスという男は全く持ち合わせていないようだった。


(私が料理に対して、それなりのプライドを持っていて、『無理なものをきちんと把握し、無理なものを無理と判断できる』人間だと判断していながら『周囲にできると思われたものを、できないと即座に否定できない自尊心の高さ』があると、思われてこうなった気がするんですが)


 シュヘラザード姫は「寿司は無理です」と理由を告げた。けれどコルヴィナス卿は「出来ない理由を理解しているのなら、それに対しての対策を考えられる経験値があるだろう」と、そのように。


「出来ないのか」


 一向に作業に入らず黙っているシェラ姫を、コルヴィナス卿が見下ろした。


 この生き物は、ここまで追い詰めれば意地を張るだろうと、見越している。


(幼女相手に、むちゃくちゃな)


 シュヘラザード姫の日々の言動、陛下に献上され作られる料理についてコルヴィナス卿が把握していない筈もなく、そこから卿の中で作られた「シュヘラザード」という人物は、7年程しか生きていない幼女ではないのだろう。


「無理ですけど、出来ないわけじゃないですよ」


 観念してため息をつく。


「で、急きょとはいえ……陛下のためということで、高級魚をこれでもか、と仕入れて頂けたわけですが……なんでオール白身魚!」


 既に手早くコルヴィナス卿によって下処理のされている魚や、サクで届けられた魚の……身は、皆白い。


「雨々さん!!」


 シェラ姫は思わず、白梅宮の仕入れ担当の名を叫んだ。


「と、仰いましても。ローアンでは身に色のついた魚は血で汚れたものとされていますので。高級魚とされているものは皆、身の白い魚ですが」

「文化の違い!!」

「これらはどれも鮮度のよいものだ。何が問題だ」

「白身魚は寿司ネタにするのに、このままじゃ味が淡泊過ぎて、ただ生の魚をぬめっと食べて、醤油の味がするだけになるので向いていないんです。正直、これを寿司ネタにするくらいなら、塩ふって焼いて出します」


 それは確実にただの焼き魚である。


 シェラ姫は魚の切り身を少しずつ取って、味を確認した。


「基本的に白身魚は熟成させて寿司ネタに使った方がいいんですよ。低温で保存し、こまめに包む布を変えて、余分な水分を無くした白身はねっとりとした食感に、濃い味と、寿司に向いてます」

「ですが、今日は仕方がないのではありませんか?新鮮な魚で不味いというわけではないでしょう?」


 今あるもので妥協すべきではないのか、と雨々が言うと、コルキスとシュヘラザードは揃って「何言ってんだこいつ」という顔を向けた。


「劣るものであるという認識がありながら……それを陛下にお出しすると?」

「雨々さん……陛下はお寿司を楽しみにしていらっしゃるんですよ……一番おいしい状態でお出しするべきに決まってるじゃないですか……?」

「申し訳ありません、わたくし、凡夫なもので」


 にっこりと微笑みながら、雨々が謝罪する。


 内心雨々こそ「こいつら何言ってるんだ」と思っているがそれを表に出さないのが下級宮の処世術である。


「一端、ちょっと。えっと、現状の問題を整理しましょう。一つ、まだ何の解決にもなってない……寿司を握るという作業について。二つ、寿司ネタに使えるものが見当たらない」

「その、寿司を握る、という作業だが。具体的にはどのように行う?」

「色々ありますけど……」


 説明するより、と、シェラ姫は試作の酢飯と、小さく切った魚肉を用意して作業台の前に立った。もちろん、踏み台付きで。


「いち、に、さん、し、ご。と、こんな感じです」

「……は?え?今……」

「……なぜ白飯に穴を?」


 くるくる、ぽん、と、小さな掌であっという間に形成された寿司を見て、大の男2人が小首を傾げる。


 小さなシュヘラザード姫の小さな掌では、手毬すしより小さな、ままごとのような寿司が出来る。しかしそれでも形は整い美しい。


「ですから、こうして、こう、して、こうで、こう、いう、感じです。私も専門じゃないので、遅いんですけど……空洞をあけるとシャリがほぐれて食べやすいとか、そういう理由みたいですよ」

「……」


 ひょいひょい、ぽん、と、あっさりともう一つ。楽しくなってきたのか、シェラ姫はそのままポン、ポン、と続けた。


「なるほど、わかりません」


 雨々は早々に理解を諦めた。


 しかしコルヴィナス卿の方は真剣である。

 戦場で、盤上から敵将の狙いを看破するほど洞察力、思考力の優れた男は氷のような冷たい目をまっすぐにシュヘラザード姫の小さな手に向け集中する。


「一応嗜みとして覚えたんですけど、案外できるものですね~。でも四秒かかります」

「……左指に魚肉を載せ、白米を上に置き、穴を作り、一瞬右手に移したものを、素早く左手で取り、形成、掌で転がし、魚肉を上にして、右指で掌の上の形を整える……と、いうことか」

「目が良すぎませんか??」


 4貫ほど作ったあたりで工程を把握するコルキスに、シュヘラザードは驚いた。


 コルヴィナス卿は勝手がわかったらあとは早い。

 自身も酢飯を手に取り、器用なものであれよあれよ、という間に寿司の基本、本手返し五手をマスターしてしまう。しかし、その酢飯はほかほかと湯気が立っているし、なんなら寿司ネタはしっかり火が通ったように変色している。


「か、火力をあげて頂いて……セルフ炙り焼きとして出せなくもない……?いや、でも、うーん」

「……確かに、私や、貴様の手では……陛下にお出しするに相応しい品にはならないな。適当な上位神を殺し、神の怒りを買って炎の祝福の能力を一時的に封じさせるという手がないわけでもないのだが……」

「そこまでします??」

「陛下にご満足いただける品のためであれば、神の一匹に二匹、滅ぶことはむしろ役に立てたと喜ぶべきものだろう」


 シェラ姫は「上位の神といえばロキくんか」と思わなくはなかったが、コルヴィナス卿が「そう都合よく、上位の神が近辺にいるものでもないな」と言ったので黙っておいた。


「と、なると……」

「そうなると、だ」


 さて、と、二人の視線が作業台の掃除や片付けをしている雨々に向く。


「……すいません、厨房での仕込みがありますので、私はこの辺りで……」


 何か感じた雨々。二人に振り返ることなく、そそくさ、と、シュヘラザードの厨房ではなく、マチルダたちのいる厨房、自分のメインの職場へ戻ろうとする。


 しかし、相手は歴戦の勇士、コルキス・コルヴィナス卿と、使える者は賢者でも使えがモットーのシュヘラザード姫である。


「おや、こんなところに良い感じに……料理技術のある、良い感じの成人男性が」

「朱金城に務める者は悉く皇帝陛下に忠誠を誓い、粉骨砕身すべきである」


 がしっと、首を。

 ぎゅっと、服の端を。


 それぞれコルヴィナス卿とシェラ姫に捕まれた下級料理人雨々。


「い、嫌ですが!!陛下の……既に作られたものならまだしも……皇帝陛下の面前で作業を行うということですよね!?」

「さすが雨々さん、寿司の提供方法についての理解が早いですね♡」

「損得勘定で働く男だと聞いていたが、ここで不敬罪で殺される事を選ぶのが貴様にとって得なのか?」


 見れば控えていた筈の黒子もがっちりと扉を閉めている。

 ここで雨々が逃げれば自分に白羽の矢が立つ可能性について、素早く理解したのだろう。


 三人の心が一つになった! 

 雨々は抵抗している!!


 


Q、寿司を握らないと殺される展開ってあるんですか?


A、あります、イッツナウ。




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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
― 新着の感想 ―
[良い点] 愉快な黒子さん……好き…… 状況が殺伐としてるのに笑ってしまう絶妙な加減……!
[一言] ただただ、もう、「ひでぇな」としか。 頑張れ、幼女とその周りの方々!
[一言] 鮮度抜群の白身オンリーはたしかに厳しいですね。 どう凌ぐのか、楽しみです。
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