コルヴィナス卿と海鮮料理【前編】
ローアンの地を訪れたコルキス・コルヴィナス卿は必ず最初に、朱金城に参内しとにもかくにも皇帝陛下へお目通りを願う。
緊急時でない限り九割が無下にされる願い入れが当人の精神に傷を負わせることはなく、むしろこちらの要求をつれなく跳ね除ける陛下を「お変わりないようで何より」とそのように受け止める男であった。
「かの白梅の姫が、どうも不敬にも陛下の求める品を断られたそうですよ」
半日ほど城の中で放置されたコルヴィナス卿の耳にはあれこれと、宮中の噂話が舞い込んでくる。
というのも、放置されたコルヴィナス卿を「今がチャンスだ」とばかりにあれこれ話しかけてくるのは文武問わず様々な者たち。
氷と雪に閉ざされた北方の地に詰める卿は国内外の誰もが認める「アグドニグル最高戦力の一人」であり、また屈指の資産家でもある。少しでも縁を持とうとする者は、多忙な卿が贅沢に時間を浪費させられているこの時を狙うしかなかった。
「……」
現在アグドニグルで唯一、女の身でありながら独自の宮を得た敵国の姫。色々と話題に事欠かない幼女である。
訳知り顔でコルヴィナス卿に話しかけて来たのは、娘を第3皇子ユリウスの側室にした文官で、その思惑がわからないわけではないコルヴィナス卿であったが、出された話題にぴくり、と、眉を跳ねさせた。
*
「いや、ですから、ご所望の品は無理なんですってばーーーっ!!!!」
チリチリと、前髪が焦げ付く恐怖と戦いながら、私は必死に叫んだ。
午後の白梅宮。本日もお日柄が良く、暖かな日差しにお庭でちょっと日向ぼっこをしていた私の元へ、やってきましたコルキス・コルヴィナス卿。
先ぶれとか無いんですね。問答無用で白梅宮に押しかけて、有無を言わさず幼女に焼き(物理)を入れてきたアグドニグルの英雄卿は足元でキャンキャンと威嚇するわたあめを見下ろし、目を細めた。
「それが何であれ、陛下がご所望であればいかなる手段を用いても献上するのが貴様の存在意義であろうが」
「うわー!うわー!耳が早いー!うわー!!」
確かに今朝、後宮での朝の会を終えて、陛下と歩きながら雑談していて「そういえば、あれはいつ作るんだ?」と聞かれました。それで陛下のリクエストを聞き「私には無理ですねー」と断った記憶はある。
けれどそれから、半日も経たずに陛下過激派筆頭の男の耳に入るとか、白梅宮のセキュリティーはどうなって……いや、まぁ、アンを始め、各皇子方々の密偵さんが蔓延っているので仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれないが……。
「無礼ではございませんか、コルヴィナスさま!」
「……精霊か?」
シーランやその他の女官たちも、コルヴィナス卿を諫めたくても身分が違い過ぎて出るに出られない。精々私の前に身を出して炎から庇うくらいしかできないそうだが、そんなことはしなくていいので、私が一人前に出て対応しているのだけど、そこに声をかける、白梅宮の化身こと青梅。
当初は幼児の姿だった青梅だが、今は私の夢の中で見た白梅さんより少し若いという程度の、14,5の少年の姿。緑の瞳をキラキラと輝かせて、恐ろしいコルヴィナス卿から私を庇おうと……!!?
「相性的に燃やされますよ!!木は火が弱点……ッ!」
わたあめも氷で溶かされるからこっち戻ってきて!と、私は慌てる。
白梅宮の通常の戦力だと相性悪すぎるなコルヴィナス卿……!!
「……」
「た、対話を!!まず対話を試みませんかコルヴィナス卿!!そもそも卿は私が陛下にどんな品を望まれたのか、まずそこからご存知ないじゃありませんか!!」
「望まれたものを望まれただけ献上するのが家臣の務め。それが何であれ、貴様に求められたということは、陛下へ献上させるよう貴様を説得するのが私の目的であり、内容物についての詳細は最優先ではない」
「説得!?これは説得カウントしていいんですか!!?」
火で炙って脅すことを説得だと!?
ははぁん、脳筋さんですね??
「火力上げるの止めてください!!」
「今、失礼な事を考えたであろう」
「心読めるのか!!?人間やめてるよ!!」
幼女相手にあまりにも大人げない。
しかし、私が何を喚いても、火に油、コルヴィナス卿にシェラ姫。
「くっ……どう脅されても、無理なものは無理なんですよ……そもそも、寿司ですよ寿司!!無理に決まってるでしょう!!!!」
それでも丸焼きにされたくてなくて、私は必死に叫んだ。
*
寿司。鮨。SUSHI。
ジャパンが世界に誇る文化。元は屋台発祥でファストフード扱いされたりもするが、仕入れ、仕込み、提供に至る全てに拘れば一皿で諭吉が吹き飛ぶこともある高級料理にもなる。
「ようは切った生魚を米の上に載せるのだろう」
「言ってしまえばそうなんですけど、そうじゃないんですー」
「生の魚を陛下の口にという点で、懸念がないわけではないが……より鮮度のよいものを手配すれば問題ない」
「……ちなみにどれくらい新鮮な物が手に入ります?」
「神殿を経由すれば、北の港で今朝上がったものでも可能だろう」
魚を輸送するために使われるルドヴィカの神殿っていいんでしょうか。
あと神殿の移動手段を使えるのは祝福者だけなので、この場合、コルヴィナス卿が自ら鮮魚を送り届けてくださる感じなんだろうな。暇なの?
ずるずると白梅宮の厨房に連行され、寿司について説明した私にコルヴィナス卿は全くもって、わかっていない発言をされる。
お米の問題については、アグドニグルで流通している細長いタイプのお米でも水を多めに、塩と油を入れて炊けば酢飯に出来る位の粘度を出す事が出来るので良い。
寿司ネタに関しても、陛下のご所望は「江戸前寿司」で、酢絞めやらの加工についても不安はない。
この世界にはマグロもシンコもないが、まぁ陛下もその辺はわかってくださっているはずなので、この世界の魚で良い感じに寿司ネタを作る楽しみも、あるにはあるのだが。
「ん」
「?」
ぐいっと、私は自分の両手をコルヴィナス卿に差し出した。
「己の無力を謝して焼き落とせと?」
「なんでそうなるんです?違います」
手です、手を、握ってください、と私が求める。コルヴィナス卿は手袋を脱いでぎゅっと、幼女の手を握る。
「なんだ」
「うわっ、熱っ!あれ!?私の手の温度の高さを伝えるはずが……逆にびっくりさせられたんですが!なにこれ、熱い!!」
白い手袋を取ったコルヴィナス卿の手は驚く程熱い。火傷するほど、ではないのだけれど幼女の体温よりはるかに高い。
炎の祝福者。
体温は人並以上に高いらしく、普段は魔術で編んだ手袋で制御しているらしい。
そう言えばヤシュバルさまも人より体温が低かったっけ。
あっ、このオッサン、わざわざ手袋脱いだの、私に対しての嫌がらせだな~?こっの~暇人め~!
「って、そうじゃない。えっと、つまりですね……お寿司は、酢飯を握って魚を載せる作業を……掌で行うんですけど、私の手は寿司を握れるほどの大きさがないのと……体温が高くて、ネタがぬるくなってしまうっていう……理由があるんですが、うん、コルヴィナス卿も駄目ですね!」
実は頭の隅に「最悪、コルヴィナス卿に作り方を教えて作ってもらおうか」と思っていたのだけれど、この手の熱さじゃ無理ですね!
私が笑顔で「揃って無能!」と言うと、前髪がまた焦げた。




