*目に眩しく*
「話が違う……ッ!」
金やコネで買った地位とはいえ、仮にも枢機卿である男の最期にしてはあまりにも見苦しい。ザイール自身も冷静な部分ではそう思わなくはなかったが、ここで静かに黙って何もかも受け入れられるほど人生を諦めてはいなかった。
何故だ。どうして、こうなったのか。
「モーリアス! 貴様……こんなことをして、」
「嘆かわしい限りです。私としても、誠に残念で仕方ありません。猊下のようなお方がまさか、神の御力を私利私欲のために利用なさろうとされていたとは」
椅子に縛りつけられたザイールを気の毒そうに眺めるのは、“尋ねる者”の長であるモーリアス・モーティマー。その手元には歪な形の道具が綺麗に並べられており、銀色に輝く細い棒のようなものを手に取り、モーリアスはため息をついた。
「しかし、神の御名の元に悪しき行いは裁かれなければなりません。赤き尊き衣を纏った御方であろうと、いえ、だからこそ、厳粛に我々は神の槌を振うべきなのでしょう。誠に残念です」
最初に目を抉り、神の姿が見えないように。
次に耳に鉛を流し込み、神の御言葉が聞こえないように。
最後に唇を縫い付けて、神へ祈りの言葉が紡げないように。
ルドヴィカではごくごく平凡な、神に逆らった者への処置である。
それがこれから自分に施される。ザイールは抵抗した。拘束具で皮膚が、肉が裂けようと必死にもがく。口はモーリアスを懐柔しようと甘い言葉から、次第に罵倒する獣のうめき声のようなものになった。
おかしい。どうして、なぜルドヴィカの貴族である自分がこんな目に遭っているのか。
ローアンに建設された大神殿レグラディカ。敷地の面積や最高級の調度品、名のある宗教建築家の手によって造られた荘厳な聖地は、建造物としての価値ならこの大陸にある神殿の中でも最高位にあると言える。
あの汚らわしい売女如きに治められている国にはもったいない大神殿である。鎮座している女神の格も大したことがない。
アグドニグルには、神の知恵を授かりながら、それを「誰にでも平等に扱えるように」などと愚かな事を言う愚者もいる。
この自分がきちんと管理運営してやろうというのは当然のことだ。
これだけの規模の神殿に、格の低い女神と、祝福を受けた少女を奉げれば上位十三位の神を招く事も可能なはずだ。
ザイールはこの穢れたローアンという土地に偉大な神を降臨させ、アグドニグルの愚か者どもに真の信仰を与えてやる偉業を行うことこそ自分の使命だと信じていた。
だというのに、なぜ今、自分が“尋ねる者”に処理されているのか。
「あぁあああ!!あぁああああああ!神よ!!偉大なる御方よ!!なぜ、どうして、私が何を……!!」
目が抉られた。ザイールは混乱する。
わからない。わけがわからない。
自分は正しい行いをしている。これは試練か。それとも、悪しき者の力が自分よりも強く、呑み込まれてしまったのか。自分の信仰が足りなかったのか。ザイールは混乱した。
「神よ!!神よ!!!偉大なる我が神よ!!どうかお助けください!お救いください!!この愚かなる者に貴方の雷を!!どうか、どうか!!――私はなぜ、殺されるのです!!?」
ザイールは必死に叫んだ。
神という存在は明確に在り、人の声を聞いている。祈り、奉げれば神は応えてくれる存在だと、枢機卿の身でよくよく知っていた。だからこそ、必死の訴え。懇願。
「あぁ、猊下。またそのように……神の奇跡を御自分のために願うとは……」
モーリアス・モーティマーの声が響く。ぐちゃぐちゃと混ぜ返される肉の音。
ザイールの絶叫が途切れるのはまだずっと先のこと。
*
「と、いうことで、こちらがザイール枢機卿猊下の頭蓋骨でございます」
「ルドヴィカでは私は頭蓋骨を貰って喜ぶ女という認識になっているのか?」
恭しく献上される骨を見下ろし、クシャナは玉座にて頬杖をついた。
朱金城の謁見の間。居並ぶ文武百官を前にして、ルドヴィカの“代理人”として城登した黒髪の青年は平伏したままぴくりとも動かないが、服従の姿勢を取っている人間が出すにしてはあまりに敬意のない声音で続ける。
「おや、皇帝陛下は謀反を起こされた弟君の頭蓋骨に金箔を貼り、杯になさったと聞いておりましたが」
慇懃無礼というものを人の形にしたらこういう姿かたちになるのだろうなと、クシャナはモーリアス・モーティマーを見てうんざりした。
モーリアスの物言いに、家臣たちが怒りを覚え、あまりよろしくない雰囲気になる。ここで自分が「杯にするのは気に入った物の頭蓋骨であって、オッサンの骨とかいらんわ」などと言おうものなら、雰囲気ぶち壊しである。
(シェラ姫なら言うであろうがなぁ)
あの妙に、空気を読んでいるようで自分の言いたい事はしっかり言ってしまう幼い姫。思い出して自然、口元が綻んでしまった。
家臣たちがざわつく。
あ、しまった。
骨で酒を飲む趣味を肯定して、モーリアスの言い回しを気に入った感じに受け取られてしまった。
まぁ、いいか。と、クシャナは考えて足を組みかえる。
「生憎私には気に入りの杯があってな。しかし、まぁ、折角だ。こちらで加工し、ウラドに贈ろう。あれも時には酒を飲むだろうから。あぁ、これは良いな。私は祝い事は忘れない女だから、そなたの国の枢機卿はあと何人いたか」
「誠に残念な限りではございますが、我らが大神官様は一切飲食をされませんので」
毎年お前んところの枢機卿の頭蓋骨で金の杯作ってやるよ、というこちらの提案をさらりと躱してくる。これがこの頭蓋骨になったザイールとかいう人間だったら顔を真っ赤にしてあれこれほざいてくれただろうに、つまらないものである。
とにもかくにも、まぁ、とにかく。
大神殿レグラディカで起きた事。
アグドニグルの第四皇子の婚約者であるシュヘラザード姫が襲われた件。
神殿内での不祥事、その他もろもろ。
何もかも、この頭蓋骨の持ち主が悪い、何もかもしでかしました、でもちゃんと処分したので大丈夫です、とそういう話。
クシャナも異論はない。
簡単な話だ。
枢機卿のザイール。少々、邪魔だった。
クシャナにとってはレグラディカにちょっかいをかけて乗っ取ろうとしている羽虫程度の邪魔だが、その羽虫をモーリアスが溺死させてくれるというのだから「好きにせよ」と放っておいた。その見返りに頭蓋骨をくれたのだが、別にいらない。
モーリアスにとっても邪魔だった。というか、元々、モーリアスにとって邪魔で、けれど枢機卿を葬るには色々理由が必要だったらしい。それで選ばれました。凶器に。
(レグラディカにちょっかいをかける様に唆して、私の目に鬱陶しく映る様にさせたわけだが。まぁ、良いわ)
賢者の祝福を得ているモーリアス・モーティマーに貸しを作っておくのも悪くない。
それになにより、モーリアス・モーティマーが枢機卿殺しを行うなど、どうせ理由はイブラヒム関連に決まっているのだ。
いくらアグドニグルで保護していても、作る物から思想から、ルドヴィカの教えの地雷を踏み荒らして開墾する勢いのイブラヒム。数年前に鉄道の構想を発表した時に送り込まれた、毎晩ダース単位の暗殺者の死体の山で街が出来るほど。
会ってゆけばいいのにとクシャナがそれとなく言えば、モーリアスは不要だと言う。
ルドヴィカの教えに反する者たちを火刑台に送り続ける男が公式に会いにいくのは、モーリアスを徹底した神の信徒だと盲信するルドヴィカの人間に不信感を抱かせる。
「貴様をうちで召し抱えてやってもいいのだが?」
「お戯れを。私は神のしもべでございますので」
ルドヴィカの信者の証を胸に抱き、目を伏せて祈りの言葉を口にするモーリアス・モーティマー。
クシャナはイブラヒムを賢者に迎える際に、この自分を暗殺しようと襲撃してきた男が、よくもまぁほざくものであると感心した。
モーリアスさんが異端審問官になったのって??
→ イブラヒムさんが異端審問にかけられるの邪魔するためですね。(人生をかけて弟分を守るクソデカ感情を抱いてる)
いつもお世話になっております(/・ω・)/
さて、前回ネタにしました原稿締め切りの件ですが……
聖女の如き慈悲をお持ちのツギクルK女史(担当様)が恨み言も小言も急かすことも無く……10日まで待ってくださったよ!!
その後一冊280Pのところ360Pになってしまったので、二人で削る作業を今しております(/・ω・)/ドウシテ 今日この時点で299Pにまで削れています。
『出ていけ、と言われたので出ていきます4巻』6月8日発売です!!!




