修羅場
「ま、まぁまぁ……!あの、えぇっと!!お話は、えぇ、とりあえず……とりあえず、あの……お料理が冷めてしまいますから!ねぇ!!」
神様と陛下のどっちが偉いのかと言えば、どう考えても陛下である。そして怒らせたら怖いのも、当然陛下である。
私はあわあわと狼狽えつつ、陛下の上で上目遣いになり「お料理が……あの!」と、訴えた。
今夜の陛下は私を可愛がるスタンスなのだ。さっきの私のごますり発言も良い感じに機嫌を取れた。幼い可愛い私が不安そうに「陛下……」と見つめれば、ころっと表情を崩す。
「うむ、で、あるな。羽虫二匹を消し炭にするのにさしたる手間ではないが……可愛い姫の料理を台無しにしては可哀想だ」
壁際で陛下のお怒りの雷が落ちるのを覚悟していた黒子さんたちや近衛兵の皆さんが明らかにほっとしたような様子なのは気にしないでおこう。
「ちょ、ちょっとぉ!終わらせないわよ!誤魔化さないでよね!!シェラ!!あんた、そうやっていっつも、大事なことをうやむやにするの、やめなさいよぉ!」
「メリッサ~~~~!」
犬から虫に降格されたのにどうしてまだ噛み付くのか。
私のために言ってくれているのはわかるが、迷惑だ!!私の扱いよりメリッサの生存権を守る方がどう考えたって重要なんですが!!
もう~この女神さまは~~と、私は呆れてしまう。だけれどメリッサは、私が彼女の行動に対して迷惑だと思ったように、彼女にとって私の行動もまた、迷惑なのだろう。
きつく、陛下を睨み付けてメリッサは叫ぶ。
「あんた達アグドニグルの連中は……シェラに、何をしても、シェラが許すって、シェラが「そういう性格の子」「聞き分けの良い子」「頭が良い子」だって、そう思ってるんでしょ……!!揃いも揃って……馬鹿じゃないの!!?対等じゃないのに、怒れるわけないじゃない!!許すしか、できないじゃない!!あんた達に嫌われたら、捨てられたら、どうしようもないんだから!!」
「だからなんだ?それが、どうした?」
メリッサの必死の訴えも、陛下の前では無意味である。強い言葉も怒気も何もかも、陛下の御前では霧散して、届きもしない。
陛下は淡々とした声音のまま、私の髪をひと房、指でくるくると弄び、もう片方の手で頬を撫でる。
「これは身の程を弁えているというだけのこと」
「身の程って……!あんた……!!」
「そも。この時間は私が可愛い姫の手料理を楽しむための時間……姫たっての希望で貴様ら汚泥が上がるのを許してやってはいるが…………貴様の言葉で何か変えられると、本来私に会う権利すらない貴様如きがなぜ思いあがれるのか。厚かましいにも程がある」
この間、私が出来る事と言えば「陛下に可愛がられて嬉しいです!」という顔をするくらいなものだ。
メリッサは陛下を誤解している……!
この女神様は、私と陛下の間には愛情があると思っているのだ!!そして「シェラを大事に思ってるならちゃんと大事にしなさいよ!」と言いたかったのだ!!陛下の「大切」のやり方間違えてますよ!と!!私が傷付いてるってちゃんと気付きなさいよ!!と!!愛しているならちゃんとしなさいよ!と!!そう!!善意!!!!!
誤解です!!
私は陛下の事を好きだし、陛下も私を可愛がって、同じ転生者としてある種の情を抱いてくれてはいらっしゃいますが……それはそれとして、愛情は無いよ!!!!!!
いや、親愛とか友愛とか、そういうのはあるだろう。多分。だけれど、メリッサが考える「愛情」はない。大切だから傷一つ付けず守って大事にしておこうと、そういう愛情は……ないよ!!
根本的に間違えている。致命的な思い違いだ!!
例えば、私が……母親に殴られたら傷付く心。だけれど、理由があって尊敬する上司に殴られたら(パワハラうんぬんは置いておいて)「仕方ない」と判断する。
メリッサは、私が陛下を母か何かのように慕っていて、嫌われたくないから、大好きだから、何をされても許して、受け入れていて、けれど傷付いていると、そう思ってるんだろうけれど……!!
「正直……アグドニグルの人たちに、そこまで心開いてないですよー」
どっちかっていえば、メリッサが私に黙って消えようとした事の方が「はぁ?」と思ったし、腹が立ったし、傷付きました。
ガタガタガタッ!!
「……うん?」
ぼそり、と呟いた私の言葉は、小さなもののはずだったのだけれども。
「……………シュヘラ」
…………うわっ。
多分メリッサが暴れるからとか、そういう理由で呼ばれたんだろう抑止力。第四皇子殿下ヤシュバルさまが、茫然とした表情で、壁に手を当て、両ひざをついてこちらを見ていた。
わ、私としたことが、うっかり……!!
「さて。と、言うことだ。姫の料理をそろそろ味わいたいのだが?」
この状況で、まさかそんな事を言えるとはさすが陛下である。
けれど陛下の言葉がこの場では重要だ。
茫然としているヤシュバルさま、や「……え?」と、停止しているメリッサ、まだ頑張って重力にたえていたロキくんを放って、テキパキと陛下の前にお食事の用意が整う。
「……え、えぇ……っと。この状況で……まぁ、えぇ。気持ちを切り替えますが……今夜のお料理は……仔牛のロースト、ヴィンコットソースがけです」
「ほう、牛肉」
「仔牛のイチボ、と呼ばれる背中の後方のお肉です。ヒレ肉……ランプやイチボに近い部分ではありますが、お尻の上のお肉なので赤身の旨味に、霜降りもあるという美味しいお肉です」
少ししか取れないので希少価値もある。アグドニグルの畜産に牛もあり、雨々さんの話では陛下が力を入れて「マツザカ牛」なるものを作ろうとしたらしいが……マツザカ牛はできなかったそうだ。代わりに闘牛用や軍事運用のための……大変気性の荒い……大きな牛が作られたとか……。もちろん食用の牛もいるので、今回使わせて頂いたのは王室ご用達の最高級……ウエハラ牛というらしい。
「ふむ。美味しいお肉なら、どう焼いても美味しいもの。目新しさがないが……」
ただ美味しいお肉料理なら陛下は望めば好きなだけ召し上がることができる立場のお方。私が千夜千食献上する「特別な一品」とはいかない。ただ高級食材だから感じられる「美味しさ」では不可なのだ。
「ロキさんが、メリッサのことを搾りかすとか……落ちて腐るだけの果実とか散々言っていたんですけど。……腐ってもいいじゃないですかと、私は思います」
「……どうしてそうなる??」
私はお肉にかかっている紫色の綺麗なソースについて説明をした。
「こちらはメリッサに出して頂いた葡萄のような果物を、ロキさんの力で貴腐化させたものを、絞って煮詰めてソースにしました」
「腐ったものを」
「陛下がそう言ったものに抵抗がある、とは思いませんでしたので」
納豆とかキムチとかご存知だろう陛下が、貴腐葡萄如きでガタガタ言うわけがないという信頼が!私にはある!!
「まぁ、ないが」
陛下の口元に微笑が浮かんだ。周囲が「陛下に腐ったものを!?」と驚きざわついているのも陛下には面白いのだろう。
貴腐とは、一見「腐ってる」状態。だけれど、菌に感染する、病気になることによって、糖度が高まり、香りが高まる、進化!!いや、違うけども。
腐る。腐敗というマイナスイメージ。だけれど、その醜い外見からは想像しがたい程、食材として優れた価値があり、貴腐葡萄を作って作ったワインやソースは、別格!!なので、フランス語で 「高貴なる腐敗」と呼ばれ、日本語で「貴腐」と直訳された。
。
ヴィンコットソースとはワイン造りのために絞った葡萄の皮を煮詰めて作るソースだが、今回はこの貴腐葡萄で作らせて頂いた。
「腐っていようが絞りカスだろうが、意味を持たせられないなら無能かと存じます」
私は陛下の御膝から降りて、膝をつき、深々と頭を下げた。おでこが絨毯につく、この感触はもう慣れっこである。
「陛下は常々仰っていらっしゃいます。有能か無能か。私はいつでも、陛下にとって有能な娘でありたいと、そのように思っています」
「疫病の神の力を、料理の食材のために使ったか」
「はい、広い解釈でいけば、病というより状態異常が権能のようですので。発酵もイケるんじゃないかと思います。つまり、陛下の食卓をより面白おかしくするために、疫病の神は有用かと」
「ふふ、ははは。よくぞ、申すもの」
陛下が笑った。
メリッサを、力がなく無価値だと、ロキさんを疫病神だからと、二人を切り捨てれば「有効利用できるのに捨てる愚かさ」となると、私は陛下に訴えている、ということだ。
これは私が、夢十夜の金のガチョウで学んだ事。
相手を説得する、のではなくて、相手が自分で「自分がどういう結論を出すのが損がないか」と選択させる。道を選ばせる。あるいは。
誘導する。
「…………ふむ、芳醇な果実の甘味に……肉の荒々しさがよく包み込まれておる。優し気な気遣いに、口の中でとろけるほどに柔らかい」
「お肉は表面を焼き上げ、肉汁が出て硬くならないようにしております。焼き方は五十度程の低温と高温で交互にじっくりと熱を入れたので、網焼きやオーブン調理では出来ない柔らかさかと」
「ふむ……ふむ」
陛下はソースとお肉をゆっくりと味わってくださった。付け合わせには白皇后が逸話のある東芋のピュレ。
黒子さんがサッと差し出したふわっふわの白パンと、お皿のお肉を全て平らげてから、陛下は口元を軽く布で拭い、メリッサに視線をやった。
「そこの駄女神」
あ!汚泥、虫、犬から駄女神に昇格だ!!
びくり、と、メリッサの身体が震える。
「この国で、この世で、シュヘラザード姫をただただ案じ慈しみ、打算や損得無く行動できるのは、そなただけであろうよ」
「……」
「不変なものだけが神であり、神の不変を信じるは信仰となる。姫の信仰はそなたを神にし、そなたの真心だけが姫を守る盾となるだろう。つまり、姫がレンツェに帰るその時、そなたがレンツェの神になれ」
ぱぁん、と、いつの間にご用意されたのか、黒子さん達がクラッカー(あるんだ……)を打ち鳴らし、別の黒子さん達が「ヤッタネ!」と紙吹雪をばら撒く。
また別の黒子さんはどこからかかけて来て「勝訴!」と、日本語で書かれた長方形の紙をビシッ、と掲げて来て……なんだこれ。
「やったネ!この前ちょっとうっかり、レンツェの神殿の神を踏み潰してな!!私が背後にいるレンツェの神殿の後任の神をどうしようかとルドヴィカの神官と話してたのだが!!丁度よかった!!」
仁王立ちになって手には豪華な扇子。左団扇。大変上機嫌に陛下がのたまう。
…………陛下が皇帝ムーブしてるときは何か企んでる時だった……!!!!!!!!!!!!
どこから……!!どこからが誘導だ!!
すっかり、誘導されてたのは私とメリッサである……!!
いつもお世話になっております。4月ですね。暖かくなってきた頃……皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
別の作品「出ていけ、と言われたので出ていきます」の4巻(最終巻)が6月に発売するんですが、その原稿の締め切りが(伸ばして貰って)明日の午後までなんです。
……真っ白!!!!!!!!!!!!!!
※一応web版のある程度の文章はそのまま使えるが6万字程修正して文章を繋げる&書籍版にする。設計図はある。Amazonとかで予約できるから、興味があったら最新巻だけでも予約して追い込んでださい!!!!!!!!!!!(ヤケクソ)
多分ツギクルの担当Kさんがここ読んだら「どうして……どうして……」ってなると思います!!!!!!!!!!!!!!!大丈夫です!!!!!!!!




