陛下の御前の神様
「面白いことをしたようだな」
夜。
朱金城の瑠璃皇宮にて、お料理を献上にしに来た私を迎えた陛下は、普段はゆったりとしたガウンを羽織っていらっしゃるけれど、今夜は軍服姿だった。
「色々あるのは慣れました。陛下にご迷惑をおかけしていないか、それだけが心配ですが」
「殊勝なことを言う」
コロコロと喉を震わせて陛下が笑った。機嫌は宜しいようで何よりです。
「…………」
私はちらり、と私の後ろに一緒について来た二人の様子を確認した。
「……ッ………!!」
「………??……??」
一人はメリッサ。全身をガタガタ震わせて可哀想なくらい怯えて、今にも逃げ出したいのを必死に耐えているのがわかる。頑張って歯を食いしばってる!!逃げ出さないように掌を必死に握りしめて爪が食い込んで血が床に流れてる!!神様も血が赤いんですね!!
がんばれメリッサ!と、私は心の中で応援した。まぁ、メリッサは大丈夫だとして、もう一人。
「して、それが。疫病の神とかいうものか」
全身にびっしりと汗をかき、頭を垂れ膝をついて動けず、それを自身で困惑していたロキさんが、陛下に視線を向けられてびくり、と震える。
「ぐっ……ぅ……ッ!」
「私は顔を上げよとは命じておらぬが?」
なんとか顔を上げようと、重力と戦うかのように顔を動かすロキさんに、ぴしゃり、と陛下が告げる。すると、ぐしゃっと、ロキさんの身体が大理石の床に押し付けられた。わぁ。
「……ぐっぅ、ぬぅっ…………ッ、なんだ……貴様……ッ、なん、なん……だっ!!」
けれど負けない!!がんばって抵抗を試みるロキさん!!苦痛と屈辱にお顔を歪めながら、がんばって陛下を睨み付けようとお顔を上げる!!それを陛下が一瞥すると、またぐしゃり!!と頭を押さえつけられたようにロキさんがkiss the floor!!大丈夫!黒子さんたちがいつもお掃除きちんとしてるはずだから綺麗だよ!!たぶん!!
「私の可愛い姫は、また随分と面白いものを拾ってきたものだ」
「あ。あの、やっぱり……よくなかったでしょうか。疫病の神様、っていうのは……」
「あぁ、よいよい。主な権能が何であれ、神であればなんでもよい。そこの女神でもいれば十分ではあるが……姫の申すように、我が都の神殿に神が二匹いてもよかろう」
「ありがとうございます!」
わぁ、よかった~。
陛下が許可してくださったなら、もう安心である。ルドヴィカの方は何かモーリアスさんが「承知いたしました。申請しておきましょう」と請け負ってくれた。
ほっとして体の力を抜く私に、陛下はちょいちょいっと手を動かして側に来るように合図し、私はひょこひょこと陛下の御膝の上に乗る。
……この位置からだと、這いつくばってる神様二人を見下ろすという、物凄い光景が……。
陛下は私の頭を撫でながら「それはそれとして」と、声を低くする。
「躾はする。そこそこ物わかりのよい一匹は良いが、新たな犬は躾のなっていない野犬のようであるしな」
思わず私もビクッ、としてしまう、機嫌の悪いお声。
え……なんか、陛下……怒ってらっしゃ……。
「貴様、シュヘラザードを殺そうとしたとか」
……。
あぁああぁああ……!!忘れてたぁああ!!
ノコノコ「陛下!もう一人神様を迎えて欲しいんですけど!」と、やってきた私だが、そう言えば、ロキさんは私を「邪魔」だと判断して首を斬ってきた輩である。こういうことに慣れ過ぎてすっかり忘れてたよ!
「え、えぇえぇ……ででで、でもほら……それはほら、陛下もしたことありますし……」
「私は良いのだ」
「えぇえ……」
良くはないと思いますが……まぁ、陛下がおっしゃるのなら、まぁ、そうなんだろう。所詮私の命なので、私も別に「まぁ、いいか」と納得する。
「よ、よくはないわよ……!」
「へ?」
「なんだ、駄女神」
「よくはないって、言ってんのよぉ!」
そこで黙って震えていたはずのメリッサが、突然声を上げた。
「シェラはあんたのじゃないし!あんたが気安く扱っていい命なんかじゃないのよ!誰にも、誰にもシェラを、傷つけていい理由なんか、ないんだから!!」
「……」
「メ、メリッサ……?」
突然荒ぶる女神様。
すぐさま近衛兵が出て来て、メリッサを取り押さえようとするけれど、そこは女神様。軽く手を払うだけで、人間の兵など近づく事も出来ず、吹き飛ばされる。
「触るな不敬者!!」
「メ、メリッサ~~!」
私のために怒ってくれているのは嬉しいが、陛下の御前でこんなことして、命が惜しくないのかと私は慌てる。
「……」
陛下は無言!!無表情!!それが怖い!!




