調教
「成程、つまり……ロキさんを唆したとか誑かしただろう真の悪は……ザイールさんとかいうお偉いさんに違いありませんね……!!」
メリッサの神域で、あぐらをかいたロキさんの説明を聞き、私は力強く頷いた。
「そうなの?」
「そうなのか?」
「そうなんです!!」
ははぁん、これだから、神様という箱入りは世間知らずというか、騙されやすいのではないですか?
揃って首を傾げる二人、二……柱?に、私は「やれやれ」というように肩を竦め、首を振った。
「聞いた感じ、つまり。ロキさんは神様にしては珍しく、人間を救うのが神様だ、というお考えの変わり者でいらっしゃるんですよね」
「おれは変わってなどいない。神とはそうあるべきであろう」
ムッと反論するロキさん。
ロキさん。変わった神様。疫病の神ということで、あちこち流れて疎われて来たらしいが、そのこと自体は別に気にしていらっしゃらないご様子。自分が疫病という存在なのに、それでも「神ならば人を救う存在であるべきだ」と、自分の疫病という立ち位置で、救える神になれないものかと移ろっていらっしゃったそう。
「ルドヴィカの神官。人間の、なんとか。とかいう、名などどうでもいいが。その人間がおれをこのレグラディカに呼んだのだ。この地を治めるのはおれのような神であるべきだ、と言った。人間にそう乞われれば応えるのも神であろう」
「でもレグラディカにはメリッサがいるので、お呼びじゃないです」
「ふん。潰した果実の搾りかすのような神など何の役に立つ。おれを呼んだ人間も言っていたぞ。あんな女神などいてもいなくても同じだと。そもそもレグラディカはルドヴィカの神殿だろう。その神官が不要と判断した女神などおれが潰して何が悪い」
メリッサを見下し切って言うロキさんに、私は満面の笑みを浮かべる。「よーし、この悪神、絶対に陛下の前に連れてってやるぞ~☆」と誓った。陛下の前でもその傲慢な態度が続けられるか見ものだな!!
まぁ、それは今は良いとして。
「その神官っていうのはザイールさんに間違いないです。状況的に、何か企んでいたっぽいですし、私を出禁にしたのも、メリッサと私が仲が良いから、下手に出てきたら邪魔されると思ったんでしょう」
「人間の小娘程度このおれの脅威ではないぞ」
「はァっ……!?アンタ世間知らず!?シェラの後ろに誰がいるか知らないの!!?月刊神様通信読んでないの!?」
なんですかそれ。
「人間の巫女だか聖女だかが出してるという読み物か。あんな俗なもの、このおれが目を通すわけがなかろう」
物凄く気になる神様界隈のお話だが、メリッサ曰く「人間は知らなくていいのよ」とのことで諦める。
まぁつまり、この騒動の原因はザイールさん、ということがわかった。
「私はメリッサに側にいて欲しいですし、でもロキさんはレグラディカの神になりたい、んですよね」
「おれの方が相応しかろう」
「……」
「メリッサ黙らない。そこ、いつもみたいに強気にいきましょう」
「……あんたは軽く言うけどねぇ。結局、アタシよりこっちの神の方が力が強いのはホントなのよ」
「じゃあ二人でレグラディカの神様やればいいじゃないですか」
「……は?」
「はぁ?!」
驚く二柱の神様。別にそんなに驚くことじゃないと思いますが。
確か、神社とかでも複数の神様を祀ってる場合があって、メインの神様を主祭神、他の神を相殿神とか、そんな感じのが私の前世知識にある。
「神様が二人もいるなんて、色々べん……光栄なことですね!!」
*
「……………リ、リメンバーレンツェ……」
そうと決まれば、良い感じにモーリアスさんにルドヴィカへの口添えと、陛下へお願いをしようと私はメリッサの神域から元の場所へ戻して貰った。しっかりメリッサに抱っこされ、ロキさんも一緒だ。
そして戻ってきました、神殿の中。祭壇の間。
現在、血の海でした。
「……え、え……あ、え……ぇ……?」
「助けて、助けてくれぇえ!!止めてぇええぇえ!!」
「嫌だぁああああ!!」
「死にたくない、いや、せめて、せめて一思いに殺してくれ!!頼む!!あぁああああ!!」
壁際には私の知らない神官さん達、多分ザイールさん側だったんだろう人たちが膝をつかされ、両腕を後ろに縛られていた。右側から順番に……動かなくなっているが……。
「シュヘラザード姫」
「あ、イブラヒムさん……」
「無事でしたか。まぁ、そうでしょう。別に心配はしていませんが」
虚空から神様二人と現れた私を、イブラヒムさんがため息交じりに迎えた。一応怪我がないことを確認する様に「はい、両腕を上にあげて、くるり、と回ってください」と雑に扱う。
「……私の側から離れないように。それと、出来るだけ黙っていなさい」
「…………いや、あの、この状況……」
私が首を斬られてメリッサの神域に引っ込んでから、何があったのか。
祭壇の間には大勢の神官さんたちがいた。モーリアスさんと同じく赤い神官服の人たちはてきぱきと、手慣れた様子で拘束した神官さん達に質問し、手足をもいだり、眼を抉ったり、爪を剥いだりしている。その度に上がる悲鳴や呻きは……かつて私がレンツェの王宮で聞いたものよりも、むごい。
「あぁ!これはこれは、聖女様!ご無事で何よりです!!」
充満する血のにおいに私が動けなくなっていると、この場に不釣り合いなほど明るく、優しい声が上がった。
「……モーリアス・モーティマー卿。この通り、シュヘラザード姫は戻られました。我々をこれ以上ここに拘束する理由はないと思いますが?」
「えぇ、もちろんです。ですが、姫君はそのままお帰りになられては……困るのでは?」
さりげなくイブラヒムさんの後ろに隠れた私に、モーリアスさんは微笑みかけてくる。私と目が合うと、モーリアスさんは困ったように眉をハの字にさせ、小首を傾げた。
「ザイール枢機卿は愚かにも神の奇跡を私物化しようとし、この神殿に混乱を齎しました。許しがたきことに、ザイール枢機卿に与した彼らは祝福を得た乙女であるシュヘラザード様を傷つけ……神殿内に聖なる乙女の血が流れた……なんと恐ろしく、悲しいことでしょう」
……私が自分で自分の首を掻っ切った件が、そうなってる感じですか??
いや、でも、その時、モーリアスさんはその場にいなかったと思うのですが……いやいや、神殿内のこと……把握されていて不思議ではないのでしょうか……。
「いえ、あの、あれは私が自分で……!」
「慈悲深い姫君。彼らを庇おうと健気なことです」
うんうん、とモーリアスさんは私の言葉を遮って、「わかっています」と頷く。
「幼い姫君が躊躇いもなくご自分でご自分の首を切る、なんてそのように恐ろしいことができるわけがないでしょう?」
「できますが」
「できるんですよね……この姫は」
私とイブラヒムさんがぼそっと突っ込むが、当然のようにモーリアスさんはシカトしやがります。
「あのっ!もごっ、もがっ……!」
「……黙っていなさい。これはもう、モーティマー卿の……独壇場です」
少なくとも私を刺傷した件については神殿の皆さんは冤罪だ。その事を抗議しようとした私の口を、イブラヒムさんが手でふさぐ。そして空いている方の手でくいっと、一度眼鏡を上げ位置を直し、モーリアスさんに向かって口を開く。
「つまりルドヴィカは、加害者一同をそちらで処理するので、アグドニグルからの抗議は受け付けない、ということですね?」
「えぇ」
「そしてシュヘラザード姫がこのまま大人しく帰った場合、ルドヴィカはシュヘラザード姫を魔女と認定し、貴方がた“尋ねる者”が彼女を火刑台に引き摺りあげる、と」
「いえいえ、そのような恐ろしいことは」
私が困る、というのはそういうことらしい。
……いや、でも、なんで?
「さて、麗しい姫君。彼らは未だ生きてはおります。肉を抉り骨を削ぎ、眼を、爪を、舌を千切りましたが生きております。哀れな彼らに、聖女である貴方の慈悲が必要だと思いませんか?」
「え、つまり……とどめをさしてあの世に送ってやれ、と……?」
「違います」
「違いますよ」
微笑んで私を見下ろしていたモーリアスさんの表情が一瞬崩れた。すぐに一緒にツッコミを入れたイブラヒムさんへ顔を向け「どういう教育を?」という目を向けるが、イブラヒムさんは仕返しとばかりにそれを無視した。
違うんですか!?
こんな惨劇を作り出しておいてなぜ今「その発想……怖い」みたいな反応をされるのか理不尽では?
しかし、違うと言われても他に私が彼らの苦しみに対してしてあげられることなどあるか?
あとはあれか……?被害者(冤罪)である私が加害者の彼らの拷問に加わる事で、彼らの罪(冤罪)が軽くなる、とかそういう感じだろうか……。
「傷付く者、病める者のために祈り、癒すことこそ、聖女の本質。聖女の齎す、神の奇跡というものです」
答えに辿り着けない私に、辛抱強い家庭教師のような様子でモーリアスさんが答えを教えてくれた。
「……私はバルシャおねえさんのように、癒しの聖女ではありませんが?」
「墜ちた女バルシャ。あのような汚らわしい者の名を、貴方が口にするものではありません。彼女は確かに癒しの祝福を得てはいましたが、癒しの祝福というものはもっとも、階級の低いモノなのですよ」
祈って傷を治す聖女の奇跡。神の祝福。稀有な存在ではあるが、そもそも「人間の傷を治す」という奇跡は「神」であれば誰でも可能なのだと言う。なので低位の神が気に入った人間に授ける能力として「癒しの祝福」はポピュラーで、なので「一つの神殿に一人の聖女」というシステムが成立している。
それでも人間には瞬時に他人の傷をいやすことは不可能。高位の存在である彼らの証明。と、それは今は良いとして。
……私が祈って、メリッサが他の人たちを癒したら、それは……。
「神は仰せです。“お前が祈り、私が癒す”と、そのように。今は忘れられた神と人の正しい、本来あるべき関係だと言われておりますが……まつろう神々が偉大なる神を真似て悪戯に癒しの祝福を授けた結果、卑しい女であっても聖女だと崇められるような、嘆かわしい状態になってしまいました」
「…………」
言ってる話の半分も、私はよくわからない。何の話なのか。ルドヴィカの歴史をもっと勉強しておくんだった。
「……メリッサ」
「なによ。ちょっと、あの人間が何言ってるのかわからないんだけど……でも、ここでアタシがアンタのお願いを聞いたらまずいんでしょ?そのくらいわかるわ」
私の視線を受けてメリッサが顔を顰める。
イブラヒムさんを見ると、イブラヒムさんは首を振った。どういう意味だろう。
「うーん、うーん……でも、うーん。メリッサ、あとロキさんも。あの、出来る範囲でいいので……この場にいる、怪我人を治してください」
「はぁ!?」
「……この小娘は、神に祈ると立場が悪くなるのではないのか?おれにもわかるぞ、そのくらいは」
「いや、でも。目の前で血塗れの人たちが、今まさにそぎ切りショー真っ只中っていうのを……中止して、治せる決定権が私にあるんなら、使いますよ」
私の能力ではないけど、他力本願、神頼み、ではあるけれど、私が決める権利があるのなら、単純に。
「目の前でこういうのは……嫌ですし」
「お優しい姫君。ですが彼らは……あぁ、あの彼。生殖器を切り落とされた彼。あの男は神官の立場を利用して、幼い少年を集め性的な暴力を振るっていました。さらにその事実を隠蔽するために、少年たちの両親に彼らを聖歌隊へ入れると言って親元から引き離し感染の危険性のある患者の世話を感染回避の知識もなく行わせ、病死させました。ザイール枢機卿の部下である彼らは、そんな者ばかりですよ?」
「目の前で人が死にかけてるのに、その人に前科があるか、どういう人間性なのか、一々調べたりしないと思いますが」
「確かに。ですが知ることが出来るのであれば?あるいは知ってしまったら?それでも彼らのために祈りますか?」
……さすがにそろそろ、私は怒ってもいいのではないかと思ってきた。
なんかこう、モーリアスさん。私に何をしても、私が怒ったりしないと思ってる?いや、怒っても気にしないのだろう。そういう、対等な相手と認識していない。
私は一度モーリアスさんを無視して、メリッサたちに「とにかくお願いします」と頼んだ。メリッサは一度イブラヒムさんの方を見て「ホントにいいわけ?」と確認をする。意外に女神さまの信頼を得ているらしいイブラヒムさん!眼鏡の賢者様は「どちらでも同じことです」とそっけなく言った。
メリッサが歌う。
さすがに人数が多く、治療の度合いも深刻なのでいつもの私の怪我をちょちょいのちょい、と治すように気軽にはいかないらしい。
女神さまの歌は軽やかで、静かで、綺麗で、メリッサが歌うと光が舞った。
光に包まれ、回復していく怪我人だった神官さんたちは、眼に涙を浮かべてメリッサへの感謝を叫ぶ。聖なる奇跡。女神様の光。
そういう光景が広がる中、私はにこにことした顔のまま沈黙しているモーリアスさんを見上げた。
「あなた、私を誰だと思ってるんですか?」
「と、言いますと?」
「私はレンツェのお姫様。国民全員の命乞いをして、ローアンにいるんですよ」
「えぇ、もちろん存じておりますよ。健気で尊い、お優しい姫君でいらっしゃいますね」
「レンツェの国民が全員、無条件で善良で無垢で罪の一つもない人間であると、モーリアスさんは思ってらっしゃるんですか」
中には先ほどのクソ神官みたいな人間だっているだろう。
奴隷にしておいた方がいい人間だっているだろう。
「私に人を裁いたり、罰する権利はありません。私が選べるのは助けるか、見棄てるかとそれだけです。その後は、裁き、罰するのは、この国では陛下であり、法であり、ルドヴィカではモーリアスさんたちなのでしょう」
現状、彼らは私を害した罪であぁなっている、という建前だ。私が綺麗さっぱり治した後で、モーリアスさんの言う罪状でしょっ引かれ、裁かれるのならそこで達磨にされようが私が出向いて「あなたのために祈らせてください」という押し売りをする気はない。
「神さまもきっとこうおっしゃることでしょう。“汝裁くことなかれ”と」
インド映画のRRRというのを、おすすめされて観たんですが……「ナートゥをご存じか」が最高of最高なのでイギリス人以外の全人類観て欲しいです(´・ω・`)




