上位神
「うぇええぇ……」
状況を整理しよう。
口から喉から、虫を吐き散らす私ですが、頭は無事です。ということは思考することができるので、大丈夫。
これで虫を吐くのがメリッサだったら、私は混乱と動揺でオロオロして何もできなかっただろうけれど、被害者が自分ならオッケーですね!!
首を斬られた。のを、メリッサが咄嗟に彼女の神域に連れ込む事で守ってくれた。
私は明確に殺意を向けられ、攻撃されたのだ。
でもそれが、今は虫を吐かせるという、地味な嫌がらせにとどまっている。
この神域は、メリッサ個人の物ではなくて大神殿レグラディカのもの。つまり、メリッサがどれほど、小さな神であっても、レグラディカの格が高いので、上位の神とかいうよくわからない虫吐かせ野郎は、この神域の中では私を殺害することが出来ない、ので、精神的に攻めてきているわけだ。
……私の何が、上位の神とかいう野郎の殺意に触れたのか?
私に黙って消えようとしやがりましたメリッサにとって、私は人質、あるいは交渉材料として消費される予定だったはずだ。
その私を感情的に殺害しようとした。
何か逆鱗に触れるようなことをしたんだろうな!
「げっほっ……ごっ…………」
「苦しみのたうち回る貴様を、その搾りカスは黙って見ている事しか出来ぬ」
「……」
「それを神だと?」
侮蔑を含んだ上位の神の声。
……違和感。
陛下は。
クシャナ皇帝陛下は以前、仰っていた。
神さまは、人を救わないものなのだと。そういうものなんだと仰っていた。
なのにこの上位の神様は、神なら人を救うものだと、そのように言っているような、違和感。
……そもそもどうして、レグラディカの神になりたがっているんだろう。
「……」
レグラディカ。
アグドニグルの首都、ローアンにある大神殿。その主神の名であり、役職のようなもの。レグラディカに対しての信仰心は、神殿に務める神官さんたちや、ローアンの信者さんたちから集められる。
……あ。
「私が、メリッサを信仰した、判定ですか?」
人の世が無常だと知っていて、理解していて、受け入れていて、それでも不変のものがあるとすれば、それは神さまだろうと、そのように私は考えている。
神さまだけが変わらない。
変わらないものは、神さまだと、これは確かに、信仰だと言えるかもしれない。
「………………人は頭上に広がる大空を、昇る太陽を、瞬く星を、轟く雷を、神と崇める。寂れた場所の島民が、朽ちぬ大木を神と崇めたこともまた、同様」
「……すいません、その話長くなりますか?」
「……は?」
「ちょ、シェラ……アンタ、」
何だか長々と語り始めそうな雰囲気の上位の神様に、私は待ったをかける。
吐き気も収まり、攻撃は止んだ感じもする。
「ようするに、私がメリッサに抱く信仰心が、気に入らなかったんですよね?都合が悪いと言いますか。メリッサのことも気に入らない。島民を失って消えるはずだったメリッサがまだ存在していて、レグラディカっていうガワを得ていることも気に入らない。ので、メリッサを消したかったってことでいいですか?」
「シェラ……身もふたもないわよ……それに、上位の神が、そんな個人的な理由で私みたいなのにちょっかいかけるわけ……」
「事実だが?」
あっさり認める上位の神様。
私はそこでやっと顔を上げた。
開き直ったのか、こちらへ殺意を向けるだけ無駄だと思ったのか、頭を押さえつけるような感覚はもうない。
声からして男神だと思ったけれど、その通りだ。灰色に近い肌の色に、鴉の羽根のようなものがびっしり覆われた頭部、獣の毛皮や爪、尻尾は私の腕より太そうな蛇がにょろにょろと出ている。
「おれを見たか。小娘」
「改めて、はじめまして、私はシュヘラザードと申します」
「おれはロキ。疫病の神である」
「あ、なるほどー。虫とかそういう感じで司っていらっしゃるんですね」
何の神様かな、とは気になっていたのでわかってすっきりした。
「でも、疫病の神様がローアンの神様になんてなっても……うちには医神の祝福を受けたニスリーン殿下っていう、スーパードクタNがいらっしゃるんですけど……」
「え、なに?どく、なに?」
「顔面宝具をもってらっしゃる美中年です」
「は?」
「おれが国内に疫病をばら撒くと思うのか」
「え?疫病の神様って、つまりあれですよね。風邪とかひきにくくなったり、伝染病が流行らなくなったりとか、そういうご利益ですよね?でもアグドニグルは神様頼みより、学べば誰でも身に付けられる医学の進歩を推奨してますので……着任される場合は、ちょっと陛下とご相談いただかないと……国策に反するので討伐対象になるような……」
「……」
「……え?」
「え?」
あれ?なんか、会話がかみ合わないな???
私はメリッサとロキさんがこちらを「何言ってんだこいつ」という顔をして見てくるので、首を傾げた。
「おれは疫病、災い、害する神だぞ。畏れ崇めるべき存在であろうが」
「……疫病の神がレグラディカに付いた場合、力の強い神だから、アンタを守ることはできるけど……神としての権能は、疫病と死だから、敵対国に病を流行らせるとか、そういうものよ?」
なるほど。
とんだパンデミック。リーサルウェポン。
「争い奪うアグドニグルには相応しい神であろう」
「私の一存ではなんとも……」
「それにしても、小娘。貴様は妙な考えを持っているな」
「はい?」
「神に対する考え方、畏れが、おれの知る人間どもとは異なるように思うが」
「と、言いますと」
「ルドヴィカの信者どもは、神とは人を救う存在であると信じている。導き、救済するものだと、そのように。祈れば救いの手を差し伸べると疑わない。己らの幸福のために神がいるのだと」
ロキさんは不思議そうに首を傾げた。尻尾の蛇さんもチロチロと舌を出す。
……おっと、これはあれですかね。
前世の日本人の感覚が影響してるからですかね??
日本人にとって「神様」というのは荒ぶる存在。畏れ敬い、鎮める存在。自分たちを「救って」くれる神様ではなくて、災いを「齎さないでくれる」「見逃してくれる」上位存在だった。
私が「疫病の神さま?つまり、祈れば病から逃れられますか?」と言ったのもそういう考えから。ロキさんからすれば、疫病の神というのは、疫病を齎すことが価値なので、齎さない「何もしない」ことが有益だとは思わなかったらしい。
「まぁ、私の変わったところはさておいて。つまり……まぁ、メリッサのような駄女神さまでさえ、敬われているんだから、疫病の神である自分がレグラディカの神になってもいいだろうと、そういう感じでいいですか?」
「何の役にも立たぬ神より良いだろう」
「メリッサが役に立たないとは思ってませんけど……」
クシャナ陛下にびびりちらしてるメリッサが神殿の女神さま、というのは都合が良いと思うし、私はメリッサが好きなのでメリッサを贔屓したい。
「ルドヴィカの神官もおれの方が相応しいと言っていたぞ」
……おっと?
そういえば、その問題もありましたね。




