*メリッサ*
自分のような最下級の神の手に負えるものではないと、わかっていた。
二つの祝福を受けた稀有な存在。
この世の流れを変えかねない異常な存在。
神の供物となる黒化を浄化した存在。
魔王の器に守られた存在。
放っておけばすぐに死にかける。
生きている状態が不自然なのだ。どうしたって世界が「死んでくれ」と殺意を向ける。世界の悪意が届いたはずなのに、時空を歪め、生き残る可能性を生み出す。
そんな生き物をなんと言うべきだろうか。
化け物と言うのでは優しすぎる、悪魔と言うにはおぞましすぎる。メリッサはまだ若い神であるから、長い時間のなかであれに似た存在がいたのか、それがどう呼ばれていたのか知らない。だけれど、とっくに腐って蠅が集っているはずの肉塊が、動いていることを「不気味だ」と嫌悪しなければならないことはわかっていた。
(でも、そうは思えない)
(そうは、思わないのよ)
メリッサ、と、親し気に呼ぶ声。はしゃぎ、笑い合うことのできる関係。メリッサの存在を認識して「友達です」と心から思っている顔で、いつも死にかける幼い人間の子ども。
何度も傷を癒して気付いた。あれは正しい生き物ではない。女神の目から見て、いびつに歪んでいる。どうして生きているのかわからない。魂がぐちゃぐちゃに潰れている。
だけれど、メリッサは彼女がすきだった。
放っておくと死んでしまうから、溢れるように奇跡を、祝福を。
出来る事ならなんでもしてあげたかった。
友達だから。あるいは、かつて失った信者たちを重ねて、彼女を死なせないで側にい続けることができたのなら、「嬉しい」と思えるような。
「貴様如きには不可能では?」
と、上位の神に嗤われた。レグラディカの地を欲しいと、近づいて来た神だった。
この地に神殿が建てられるとき、どの神もクシャナを恐れて嫌がったくせに、その神は今更しゃしゃり出て来て「代わってやろう」と、言ってきた。
メリッサは吹けば飛ぶような、下級の神だ。神になった経緯の島はもはや焼失し、メリッサの本体であった大木もない。今はレグラディカが彼女の本体で、奉げられる祈りで存在している。メリッサがレグラディカを「代われ」ば、メリッサは消える。
いかに上位の神であっても、下位の神に「死ね」という権利などない。メリッサは拒否し続けた。
メリッサが役立たずでも。
メリッサが最弱の神でも。
(シェラは、構わないって言ってくれるでしょうし)
シェラの周りにはクシャナを筆頭に、怪物ばかりいる。自分が情けなくても、問題はないとメリッサは考えた。自分が役に立たなくても、周りがどうにかするだろう。どうにかできるだけの能力のある者ばかりなのだから、自分は「女神」としてシェラの側にいなくても「友達」でいても、いいだろうと。どうにかしてあげたいと思いながら、何もできなかったとしても、許されるとメリッサはわかっていた。それがとても「良い」と思った。
(だけど、シェラは呪われた)
ルドヴィカの主神を気取っている神の仕業だった。
メリッサは何もできなかった。だけれど、別に大丈夫だと思った。死なないだろうと思った。いつもみたいに、なんだかんだと乗り越えて、いつも通り、メリッサの前に現れるだろうと思った。メリッサではとうてい敵わない神の呪いであるから、メリッサは何もしなかった。何もできないのは仕方ない。
下手に出て行けば、自分など消されるとわかっていた。神は神に「死ね」とは言えないが、力のある神が、気紛れに、あるいは無意識に、路傍の石でも蹴る様に、小さな神を消すことは、よくあることだった。
メリッサは彼女が呪われても、何もしないでいれば、彼女の友達でいられて、いつまでもいつまでも、レグラディカの女神として、楽しく過ごせるのだ。
神殿に彼女を助けるよう求める声が響いた。メリッサはそれを無視した。自分が出来ることではないからだ。声は聞こえなくなった。他にいくらでも手段はあるだろうから、諦めたのだろう。
「それで神とは嗤わせる」
上位の神がメリッサを蔑んだ。
煩い、とメリッサは睨んだ。そもそも、神が人を救わないで声を無視するなど、当り前のことではないか。非難される覚えはない。神とはそういうものだろうと、メリッサは言い返す。けれど、上位の神はメリッサの言い分を鼻で笑った。
「無様なことだ。貴様は神としてあろうとしているのではなく、まるで人間のようじゃないか」
女神の目で、メリッサは彼女が呪いで苦しんでいる姿を見ていた。
苦しんで夢の中で、のたうち回っている姿を見ていた。
だけれど、何もしなかった。
何かしたら、ルドヴィカの神に睨まれて、消えてしまうから。そもそも何もできない。なら、今回の問題には関わらないで、彼女が乗り越えていつも通りになるのを待って、また、怪我をしたり、困ったりしたら、些細な問題が起きたら、いつものように、助けてあげればいい。
「違うだろう。貴様は、見捨てただけだろう。我が身可愛さに、自分が楽しく存在するために、苦しんでいる“友”を見捨てているだけだろう。醜悪なことだ。あまりにも、人間らしい振る舞いじゃないか。それで神か?神でいられるのか?」
笑う声。問いかけ。審問。
信仰を得ることを優先せず、望まず、求めているのは彼女の友であること。だというのに、苦しんでいる今を、見て見ぬふりをしている。
「貴様は本当に、神として、貴様の愛するあの人間に“何もできない”のか?」




