凹む壁
「調査、ですか?」
「えぇ。これほどの数の“尋ねる者”が、たかだか場末の神殿に大挙するなど異常です。表向きは神殿内の規律を乱す神官たちの粛清だということですが」
出来る限り私を視界にいれないように、と顔を背けて話すイブラヒムさん。ニスリーン殿下のように仮面でも被ればいいんですか??まぁ、今はありませんが。
「さらりと言いましたけど……粛清は駄目ですが!?おじいちゃん神官さんたちは良い人ばかりですが!?」
「ルドヴィカのことですので、我が国には関与できる問題ではありません」
ぴしゃり、というイブラヒムさん。
……あ~~、そうでしたそうでした~~、陛下もヤシュバルさまもイブラヒムさんも、アグドニグル以外のことに興味ないんですよね!!!!!!!
「私はお世話になった人たちなので気にします」
「琥……シュヘ…………あなたには、あの神殿の老人どもは良い顔をしていたかもしれませんが、それはあなたが祝福を授かった者で、女神に気に入られていたからです。あの神殿の連中は元々……ルドヴィカに入信しないローアンの住人を異教徒と見下していました」
……そういえば、私がレンツェから神殿に移動した時、おじいちゃん神官さんたちとヤシュバルさまたちはあまりいい雰囲気とは言えなかったっけ。
「我々アグドニグルは、他国の信仰や宗教を否定しません。ですがルドヴィカの者たちは、ルドヴィカの教え以外は全て悪しきもの、聖戦の大義名分を掲げて侵略戦争を起こすような武力を持つ連中ですよ」
「……そういう危険な神殿を、どうして陛下はローアンに?」
「便利だからです。そして、ルドヴィカと争いになったとしても、アグドニグルが敗北することはありません」
「……」
「なので、貴方が不安に思うことは………」
ゴンッ。
黙って俯いた私が「ルドヴィカが怖い」とでも思ったのか、慰めるような言葉を吐きかけ、イブラヒムさんは壁に自分の頭を打ち付けて、正気を保った。
「え、えっと、色々教えていただいて……ありがとうございます。それで、でも、どうして……神殿の調査にイブラヒムさんが直接?」
この人、口は悪いし性格も悪いが、アグドニグルに三人しかいない賢者である。偉いのだ。こういう密偵のお仕事はイブラヒムさんじゃなくて、適任というか、アグドニグルならちゃんとそういうお仕事の人がいると思うのだが……。
「…………」
あ、私が知ったらいけないやつかな?秘密事項とか??
「……今回来ている“尋ねる者”の中に、油断ならない男がいます。私より頭の良い男です」
「へぇ……はい!?そんな人間存在するんですか!!」
思わず突っ込みを入れてしまう。
驚く私に、イブラヒムさんは少し目を見開いてから小さく笑って、また壁に頭を打ち付けた。
「……あわわ、あわわわ……イブラヒムさん、それ以上やると……」
「失礼。正気に戻りたくて。――現実には存在します。その男は私と同じ賢者の祝福者であり、私と同時期に同じ師の元で学んだ者です。そういう人物ですので、下手な人間を送り込んでも利用されるだけ、または捕らえられそれを口実にアグドニグルに不利な要求をしてくるでしょう」
探るなら、万が一見つかってもルドヴィカが邪険に扱えない「祝福者」で、そして、その人物を相手に上手く立ち回れるほどの頭脳が必要だ、とイブラヒムさんは言う。
待って、情報量が多い。
「……つまり、イブラヒムさんの幼馴染さんがいて、その人は危ない人ってことですか?」
「まぁそんなところです。あなたも気を付けてくださいね。高位の神官なので会うことはないと思いますが…………あなた、計画性を持ってそんな恰好をしているんですよね?」
そこでふと、イブラヒムさんが嫌な予感がするというように顔を顰める。
メリッサに会うために奇跡を起こして姿を変えて来た私。
無計画にこのまま突き進むつもりじゃないよな、という確認。
私は微笑んだ。
「迷子になったふりをして神殿の奥まで突き進むつもりです」
「馬鹿だ!!馬鹿がいるぞ!!!!この馬鹿の周りにはどうして止められる人間がいないんだ!!」
「基本的に皆、私のことが好きなので私のお願いを叶えてくれようとするんです~」
「その結果どうなるか考えられ……保護者が権力者だからか!!」
あぁ!と、イブラヒムさんは顔を両手で押さえた。
まぁ、おふざけはさておいて……。
「イブラヒムさんだって、メリッサのことが気になりませんか?」
「……御しやすい女神は都合はいいですけどね。神殿の神に何があってもローアンに変化はありませんよ」
「私はおじいちゃん神官さんたちのこともメリッサのことも気になります。ので、やっぱりこのまま探りに行きます」
「……危険です」
今度は真剣な声だった。
「先ほども申し上げましたが、今回来ている神官の中には危険な男がいます。その御姿で「一般人」あるいはどこかの侍女のふりをしている所を見つかった場合でも、ただの注意では済みません。良くてその場で殺され、悪ければ拷問されます」
「ただの迷い込んだ一般人相手でもですか……?」
「疑わしき者は神の名のもとに裁く。それを許されているのが“尋ねる者”であり、怪しい女を見れば全て魔女だと判断し燃やしてしまうのがモーリアス・モーティマーという男です」
「……………モーリアス……?モーティマー……」
え、あの優しそうな人が??




