どうしようもなく顔が好み
「あれ?髪が黒い」
高くなった視界の端から見えた私の髪は、以前見た銀髪ではなくて黒になっていた。
「……メリッサは、私のこの姿は可能性の一つの姿って言ってたような……」
幼女の時の白い髪は元々の色から、虐待と苦労の日々で変わったらしい。アグドニグルで過ごしていて……そういえば、自分の髪の長さが……変わっていなかったような気がしてくる。
栄養失調から……成長が止まってたとか、そういう……?
まぁ、今は関係のないこと。
「ひ、姫君……その御姿は」
「はい。実は色々ありまして、マブでダチな女神様が貸してくれてた聖遺物なんですけど……あぁ、こういう感じで……気安く神の奇跡を私物化するから……」
そりゃあ、出禁になるわけだと私は頷く。だけれど、それはそれ。メリッサが私のために貸してくれたものだし、彼女の好意を受け取るのは友達として当然だろう。知らない異端審問官たちより、優先すべきは友達だ。
「……ここが礼拝堂的な……」
「一般公開されている祈りの場ですね」
案内して貰ったのは神殿の比較的門に近い部分にある大きな部屋。以前私が神殿でお世話になっていた時は、基本的に奥の方で過ごしたのでここまで来たことはない。
「ちゃんと信者が……いる」
驚いたことに、広い部屋の中にはちらほらと人が絨毯の上に座り、部屋の一番目立つ場所に設置されている祭壇?的なものに祈りを奉げていた。
ちゃんと信者がいることに私は妙に感動した。
よかったねメリッサ!と、言ってあげたい気持ちになり、いや、揶揄うわけではないが……いつもアグドニグルに来たことを後悔してるような言動だったメリッサが、この光景を見たら少しは喜んでくれるんじゃないかと、そういう思い。
「あ。あの若いお兄さんなんて、物凄く熱心に……………熱心に……」
商人さんか何かだろうか、祭壇に祈りを奉げて床に頭をつけている人が上半身を起こした途端、私は顔を引き攣らせた。
髪の色は黒い。
肌は不健康そうな白。
着ている物こそ、普段のだぼっとしたガウンではなく……少し質の良い、動きやすい恰好、という軽装だが……。
……丸い眼鏡に、神に祈っていたとは思えないほど、ぶすっとした表情。
「…………………………………」
「…………………………………」
こちらの視線に気づいたのか、顔を動かし、その青年と目が合った。
ひくっと、私は引きつった笑顔を浮かべつつ、軽く手を振る。
「まぁ、ご、ごきげんよう」
人違いですー、勘違いですー。
黒い髪なので違いますー。わぁー、なんだってこんなところにいやがるんですか本当ふっしぎ~、と、私は物凄く、全力で、精一杯、冷静でいようと試みた。
「……ぐっ!!」
しかし、私の初対面のふりという渾身の演技虚しく、次の瞬間、街の青年に変装したイブラヒムさんが、泡を吹いて倒れた。
*
「うぅ……」
突然祈りの場で若者がぶっ倒れた。
さすがに何やら剣呑な雰囲気になっている神殿の人たちもその辺に転がしておけ、とか、出ていけ、とは言ってこず、突然倒れた青年を偶然目撃した婦人である私と、お抱えの騎士(変装済みのレイヴン卿)は、イブラヒムさんが気が付くまで小部屋を貸し与えて頂けた。
個人的には癒しの祈りを奉げてくれる神官さんとか、お医者さんらしい人が来てくれるのかと思ったが、お忙しいようで「気が付いたら帰るように」と、そのようなお達しである。それでいいのか大神殿。人を救わない宗教って必要???まぁ、それは今はいいとして。
「……うっ、酷い……悪夢を見た……まさか、未だどこかで未練でもあっ、」
暫くしてイブラヒムさんが頭を押さえながら目を開き、自分が夢を見ていたのだろうと結論付けるような独り言の後に、枕元にちょこん、と座っている私を見て停止した。
はっ、今だ!!!!!!
「こんにちはイブラヒムさんお元気そうで何よりですね私は今日は友達のメリッサが何か大変なことに巻き込まれてる気がして神殿を探ろうと大人の姿になっただけで他意はないですし偶然なので本当にイブラヒムさんに対して嫌がらせとかそういう意図は全くないです本当に申し訳ありませんでした!!!!!!!!!!!!」
相手が思考停止している内に、私は畳み掛けた!!
今だ!!
今しかない!!!!
いくらイブラヒムさんでも、素直に謝っている人間に対して酷い事は言ってこないだろう!!
「本当に、本当にごめんなさい!!!!!!」
私はここでイブラヒムさんに怒られて王宮へ強制送還ルートは嫌だ!!
なんなら変身時計を持ってる事が陛下やヤシュバルさまのお耳に入って没収されたりするのも嫌だ!!全力で謝る!!
ぎゅっと、私はイブラヒムさんの手を両手で握って懇願した!!
いつも小生意気な事ばかりいう私が!!こんなに下手に出るのだから!!!お願い見逃して!!!!
「……くっ……」
イブラヒムさんは私が手を握って暫く、その手をじぃっと見つめたかと思うと、開いている方の手で自分の胸を掻き毟る様に押さえた。
あぁあああ!怒ってる!!めちゃくちゃ怒ってらっしゃるんですね!!
気が付いたばかりで気力がないのか、振り払われるだろうと思われた手はそのまま、イブラヒムさんは憎々し気に私を睨んでいる。
「お願いします……助けてください……!」
しかしもう、私にはお願いすることしかできない!!!
必死に必死に、懇願し続けると、イブラヒムさんは暫くして、ぎりっと、唇から血が零れる程、悔し気に呟いた。
「……あなたの、頼みであれば」
いつも読んで頂いてありがとうございます(/・ω・)/
千夜千食物語、書籍の方も2点程お知らせできそうな気配があり、良い感じでございます。
なろうの読者の方々がこうして見に来てくれて、評価・ブクマをしてくださったからこそのあれやこれやでございます。本当にありがとうございます。
それはさておき『聖女は悪女でやり直す~善良な聖女として生きたら燃やされた』という悪女物を気晴らしにチラホラ書いていますので(不定期気晴らし更新)、ご興味ございましたら覗いてやってみてください。




