神殿を出禁になりました
「……会えない?」
そういうわけで、向かいました、ローアンが誇る……いえ、まぁ、別に誇ってはいないですが……お金だけはかけて建てられた大きな神殿レグラディカ。災害、あるいは戦時には避難場所として解放されることが想定された場所なだけあって、とても広い。
正面門をくぐり、無駄に長い階段を上がれば顔見知りの見習いさんが立っている、と思ったのですが、今日のレグラディカの様子は普段とは異なっていた。
「申し訳ありませんが、暫く関係者以外の神殿内部への出入りは禁止となっております」
メリッサを訪ねてやってきた私を、門前払い……ではなくて、本殿への扉の前で止めたのは、見慣れない赤い神官服を着た人たちだった。
「朱金城より、シュヘラザード姫が訪問することは事前に連絡していたはずだが」
「はぁ。だからどうだというのです?神殿から許可が出ていない以上、お帰り頂きたいのですが」
レイヴン卿はやや無礼とも言える神官さんの態度に、軽く眉を跳ねさせた。
「一体、」
「こらこら、貴方たち。失礼をしてはいけませんよ。その方は炎の神の祝福を得ていらっしゃる尊い方です」
何か言いかけたレイヴン卿の言葉が形になる前に、扉が開き、奥から誰かやってきた。
彼らと同じく赤い神官服を着た、黒い髪に穏やかそうなお顔の……あ、モーリアス・モーティマーさんだ。
「あ」
思わず名前を呼びそうになるが、私がモーリアスさんと挨拶したのは夢十夜の中でのこと。現実世界では初対面なので、なんとか堪える。
「炎の祝福者、レイヴン卿でいらっしゃいますね。部下が大変失礼致しました。わたくし、神聖ルドヴィカ“訪ねる者”の一人、モーリアス・モーティマーと申します」
「きょ、局長!?「来る者は誰でも追い返せ」と……」
「なんです?」
「いえ……」
部下の神官さんが何か訴えがあったようだが、ちらり、とモーリアスさんが微笑むと大人しく黙った。
「そしてそちらの方は……朱金城、白梅宮の姫君、シュヘラザード様でいらっしゃいますね」
「はい、はじめまして」
ごきげんよう、とか言った方が良いのか。
私は白皇后直伝の「ルドヴィカの聖職者の方に対して行う挨拶」を行い、モーリアスさんは「大変お行儀の良い方ですね」と褒めてくださった。わぁい。
「メリ……レグラディカ様に会いに来たのですが、少しだけでもお時間いただけないでしょうか?」
「王女殿下が女神メリッサ様とお心を通わされ、降臨の奇跡をお与えになられていることは素晴らしい事と存じます。ルドヴィカの長い歴史の中でも、神々が直接信徒の前に姿を現されることは稀。この大神殿はまさに大国アグドニグルに相応しい、神威を示したと言えるでしょう。神殿とは本来、厳かに、人が祈る場所であるべきですが」
……。
私の前世に……京都人か、イギリス人の友人は……いなかった。
なのでこう、言われた言葉の意味をそのまま受け取る素直な可愛い子である。
「……貴様ッ……!」
けれど、どうも、どうやら……言葉の通り褒められている、というわけではないらしい。大人で意味がわかるレイヴン卿は怒りの色を露わにして、モーリアスさんを睨み付ける。
「えっと、あの?」
きょとん、としている私にモーリアスさんは優しげに微笑んだ。
「わかりやすく申しますと、つまり、帰れ、ということです」
*
「お……追い返された……」
帰りの馬車に放り込まれ、私はわなわなと震えた。
いや、このまま真っ直ぐお帰りコースでも問題ないと言えば、無い。
けれども、なんというか……嫌な予感がする。
レグラディカは、神殿は、私にとっては仲の良い友達の住んでるお家、という程度の認識。そこには優しいおじいちゃんやおじさんたちがいつもニコニコして待っていてくれて、遊びに行けば笑顔で迎え入れてくれる……近所の楽しい場所。
だったのが。
「…………なんだかこう、物凄く……怖い予感がするのですが。あの、レイヴン卿……さっきの、モーリアスさん……“訪ねる者”って、なんですか?」
私がぼそっとつぶやくと、向かいに座っているレイヴン卿が顔を顰める。
「………………ルドヴィカの、特殊機関の一つだと、聞いたことはあります」
「特殊機関」
「……私も詳しく知るわけではないのですが……神聖ルドヴィカという組織は、基本的に人間種を主とした宗教団体です。神々の教えを説き、人がどうあるべきか、どう生きるべきかを示し、神の奇跡をもって人を救う、というのが彼らの大前提です」
ちなみに、クシャナ陛下がいらっしゃるからか、アグドニグルは神を信仰するのではなく、祖霊信仰がメインである。陛下は「まぁ、宗教は金になるし、色々便利だから……」と、ルドヴィカや他の宗教も受け入れる姿勢らしいが、国民の感覚的に「神様もいるんだろうが、先祖の方が大切にすべき存在」という感じだ。
「ルドヴィカの役目として他には、神の奇跡の管理、というものがあるそうです。聖遺物の管理保管、認定、祝福者の保護などがそうですね」
「でも、ヤシュバルさまはルドヴィカに所属していませんし、レイヴン卿もですよね?」
「その辺りは少し複雑なのですが……一つの考えとして、祝福者が「暴走」するようなことがあれば、ルドヴィカはそれを押さえる使命がある、と考えているようです」
訪ねる者は、その中でもとりわけ……神の奇跡を私物化する行いをするものを、厳しく罰する者たちだ、とそういう説明。
……。
私は天井を見上げた。
「奇跡の私物化!はい!!心当たりしかありません!!」
しょっちゅうあちこち、致命傷を負っては気軽にメリッサを呼び出して便利な回復役にしてました!!
つまりあれか……?ルドヴィカは……偉大なる女神メリッサをパシってしまっている私に……さすがにキレてる、ということか……?
いや、それだけならまだ良いのだが、神殿の……おじいちゃん神官さんたち……粛清とかされてないか……。普段それなりに活気のあるはずのレグラディカが静まり返っていたのも気になる。
「……」
中の様子を探れないだろうか。
「礼拝堂っぽい所、ありましたよね?さすがにあそこは開放されてると思うんですけど……」
いや、でも、私の可愛い顔はバレてしまっているので……駄目か?
「姫君、危険なことをお考えでは……」
「友達の家がちょっとゴタゴタしてて、私が原因だったりしたら……嫌ですし……」
メリッサがほいほい信者でもない他国の娘の前に姿を現したのもよくなかったのだろう。でも、それはともかくとして……。
「友達なので、ちょっと心配なんです」
私は私が知らない間に、私のために重大決意をして、あっさりいなくなってしまったカイ・ラシュのことを考えた。
……夢十夜。
メリッサは関わっていない、と思うけど、関わっていないのが、私には怖い。
私を呪ったこと。陛下の許可があった、ということはわかっているが、そもそも私を魔女か聖女かとその判断がしたくて呪ったのはルドヴィカなのだ。
メリッサは、先の件に関わらなかった。関われなかった、としたら。彼女は、あの女神様は、今、どうしているのだろう。
私が知らないところで、私の知らない内に、何か勝手に決めて、しまっているんじゃないか。それが、怖い。
なので私はごそごそと、服の下に隠し持っていた古時計を取り出した。
「この前のお見合い事件の時に貸して貰った、素敵な変身アイテム~」
チャラララッララ~、と、口で効果音を表現。
時針をいじればあら不思議!
「は……はぁ!!?」
ぱぁっと、眩い光が馬車の中いっぱいに広がって、すくすく成長する……私!
レイヴン卿が驚きの声を上げたので、高くなった視界から、私は満面の笑みを浮かべた。
「あちらもまさか、美幼女が美女になって礼拝堂にやってくるとは思わないでしょう!!レイヴン卿、シェラ姫の名代ということで、神殿に祈りを奉げに行きますよ!!」




