護衛騎士
「ひめぎみさま。ごしゅじんさま。ごらんください、けさのおゆはぼくがわかしたのです」
「キャワン!」
「わたあめどののゆきをとかしてぼくがわかしました」
「キャン!」
微笑ましい、白梅宮のとある朝。
寝起きの私の前に現れたのはシーランとアン、ではなくて、真っ白い衣に白い髪、真っ白な肌に瞳だけは緑の幼児。四歳くらいの子供が一生懸命、白湯の入った器をお盆に載せて私の方へ掲げてくる。
この幼児、白梅宮の化身です。
夢十夜の事件から一週間、私の枕元に火傷で爛れたお顔の白梅さんが現れた。
白梅宮の化身の白梅さんがこの時代であれこれ力を使った影響で、本来百年経たないと自我が確立しないはずの白梅宮に自意識が出来てしまったらしいのです。
それで、生まれましたこの幼児。
白梅さん、ではなくて、名前はまだ幼児なので「青梅」と、そのように。
アグドニグルではこうして物に魂が宿ることは「めでたいこと」とされているらしく、シーランは喜び、「白梅宮に箔がつきます」と青梅を受けいれてくれた。
幼女に仕える幼児ってどうなんだ、と労基法を考えてしまわないわけではないけれど、それはそれ。多分、人外には適用されないのでしょう。
わたあめとはしゃぐ青梅をベッドの上で眺めながら、私は微笑みを浮かべた。
*
「あ、レイヴン卿」
生きていたんですか、とはさすがに言わなかったが、まさかの再登場に私は驚いた。
スィヤヴシュさんの健康診断を受け花丸の結果をいただいた私は無事に外出許可を得た。
それで最初に行こうと考えたのが、大神殿レグラディカ。
朱金城からそれほど離れていない大神殿へ行く程度ならと、ヤシュバルさまから許可を頂き、護衛役にわたあめだけでは不安だということで付けられました、アグドニグルの新兵さん。
「姫君、お噂は聞いておりましたが……お変わりない、いえ、ずっと、お顔色が良くなられましたね」
「衣食住が充実していますので。レイヴン卿は……イメチェンされました?」
「いめちぇ?」
「髪の毛切ったからですかね?」
姉王女の自慢だった護衛騎士、長い銀髪の麗しい御姿だったはずのレイヴン卿。今は甲子園でも目指したのかと思うほど、芝生頭になっている。
「あの女が触れた髪、あの女と過ごして伸びた部分は全て、消してしまおうと」
「……」
あ、ハイ。
にこりと優し気に微笑んで述べられた回答に、私はスン、と黙る。
このレイヴン卿、アグドニグルの朱金城では唯一の「レンツェの元騎士」である。
元々は私の姉であるマルリカ王女の専属の護衛騎士。王族には絶対服従の呪いをかけられていて、クシャナ皇帝陛下の王族首切りショーという粛清と殺戮の中、命をかけてマルリカ王女を隠し守り続けた忠誠心溢れるお人で、エレンディラにも優しくしてくれた数少ない人のうちの一人だ。
同じタイミングでローアンに来たのだけれど、神殿で別れてそれっきりだった。一応ヤシュバルさまから「新兵としての訓練を詰んでいる」というお話は聞いていたので、まぁ、生きているのは知っていましたが……コルヴィナス卿を知った後だと「生き残れたんですか」と、驚いてしまう。
が。
「レイヴン卿ッ!!」
「姫君!?」
ぎゅぅうっと、私の体はレイヴン卿の体に抱き着いた。
「……よかった……無事で、私ずっと……心配で……お会いしたかった……」
レイヴン卿の服にしがみついて震え、絞り出される幼女の声。
「姫君……」
じーん、と、何かこう、噛みしめるような、感慨深い感情を抱いていらっしゃるレイヴン卿のお声が頭上から聞こえ、震える私の背中にゆっくりと手が回された。
……誓って言うが、私じゃない。
なんなら、一応頭の隅に存在はしていたが、私はレイヴン卿の安否について、それほど心配はしていなかった。
だというのに、今にも泣きじゃくって、あ、いや、泣いてるな??
ぐずぐずと、嗚咽する幼女。
まるでこう……実は、敵陣に捕らえられ軟禁されずっと心細かった、気丈に振る舞ってはいたが、ここで昔から知る信頼のおける騎士と再会して、年相応の振る舞いが出てしまった、とでもいうような……態度!!
「シェラ姫様……」
「ぐすっ……よかったですね!!」
シーランとアンまで何かこう、感動の再会に立ち会ったような顔をして頷いている。
「…………」
ハッ……!!
私はここで、無言の視線を感じた!!
ヤシュバルさま!!
レイヴン卿を白梅宮まで連れて来てくださった、レイヴン卿の上司にあたる、というか、アグドニグルの軍人のトップ!!
白梅宮入り口の壁にもたれかかり、私とレイヴン卿の感動の再会を眺めている、黒い髪に赤い瞳の、ヤシュバルさま……!!
「……」
無言!!
無表情!!
あっ、動いた。
ゆっくりと口元に手を運ばれて……「そうか」と、頷かれる!!
何が「そうか」なんですか!!!!!!!??
う、動けぇ私の筋肉!!
「っ、ヤ、ヤシュバルさま……!!」
ばっ、と私はレイヴン卿から離れ、ヤシュバルさまの元へ駆け寄る。浮かべるのは、全力の笑顔だ!!スマイル!!!グッドスマイル!!
「ありがとうございます!!」
レイヴン卿を連れて来てくれて、と、ここで名前を出すのは良くないと私だってわかる!!ので、ただお礼を言う!!感謝していると!全力で、ヤシュバルさまありがとうございますと!!伝えるのはそれだけでいい!!
「……」
だが無言!!
いつもなら私が何か言えばすぐに何かしらの反応を返してくださる、保護者の鏡のようなヤシュバルさまが、無言!!!
いや違う!
レイヴン卿を見つめている。
こっち見ろッ!!
なんでレイヴン卿も何かちょっと勝ち誇ったような顔でヤシュバルさまを見てるんだ!!上司に向けて良い顔じゃないだろ!!
「あ、あのっ!」
ぐいっと、私はもう恥を捨ててヤシュバルさまの服を掴み、ぐいぐいと、引っ張って「こっち見てください!」と強請った。
「うん?」
「本当に、ありがとうございます!!」
「……あぁ」
顔を向け、頷かれるが、反応は鈍い。
ぐ……っ、かくなる上は……!!
バッ、と、私は両手あげてヤシュバルさまへ広げて見せた。
「……」
無言の訴え。
抱っこプリーズ。
「……」
なんか反応して!!
「……?」
きょとん、と首を傾げるヤシュバルさま。
そういえばこうして抱っこをお願いしたことなかったな!!わからないかな!!?
そんな不安が浮かぶが、少し考えるように沈黙したヤシュバルさまは、何かに気付いたのか一度頷いて、そっと私を抱き上げてくださった。
「これで良いのか?」
「!はい!!ありがとうございます!!」
わぁい、と、私は自分の思いが通じて嬉しくなり、にこにこと笑顔になる。
「そうか」
ヤシュバルさまは先程と同じような言葉をまた繰り返されるが、今度の声音は随分と柔らかい。心持か少し、口元も笑っていらっしゃるような気がするな!!気のせいかな!!
「彼は君の物理的な盾として役に立てなさい。毒見から咄嗟の肉壁までこなすよう命じてある」
「あ、ハイ……」
穏やかな口調でさらりと「使用方法」を説明してくださるヤシュバルさま。
「レグラディカへ行くのであればそれほど心配はないが……あまり遅くならないように」
「メリッサを訪ねて少しお喋りするだけですから大丈夫です」
「あまり引き留めては戻りの時間が遅くなるな。そろそろ行きなさい」
そっと、硝子細工でも扱うようにヤシュバルさまは私を降ろしてくださった。
と、いうわけで、新しくレイヴン卿が仲間になった!!
お友達のメリッサのお家に遊びに行くよ!!




