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*舞台裏*


「……シェラ様が」


 目覚めない。という話は早朝から聞いていた。千夜千食を作られる白梅宮の主人、シュヘラザード姫は毎朝食房のマチルダと雨々に「今夜の料理の確認なんですけど」と顔を出してくださる。指示と作業の確認と、それにちょっとしたお喋り。それが終われば多忙なお方であるので、行儀作法や教養のお勉強が始まるらしい。


 そのシェラ姫、今朝どうやっても目覚めなかった。なので今朝はまだ来れない、と。困った顔で告げるのは侍女のアンであった。


 まだお小さい方であるから、眠くてぐずることもあるだろう。あの妙に大人びた姫君にもそういう面があるのかと、聞いた当初はマチルダはほっこりして、雨々は「では今の内に納品された食材の確認でもしますか」と、いつも通りであった。


 日が高く昇ってくると、だんだんと「異常」だという様子が、マチルダの側にも感じ取れてくる。騒ぎになっているということはない。ひっそりと、ひそやかに、けれど、緊張感をもって「何かおかしい」「妙だ」「シーラン殿のご様子は冷静そのものだが、なぜか、スィヤヴシュ特級医師だけでなく、第二皇子ニスリーン殿下の片腕と言われるほど、優秀な侍医殿がいらっしゃった」と、誰もが「いつも通り」であろうとしながら、妙な胸騒ぎを覚えていた。


 食房では、最初に雨々が呼び出された。


 マチルダはいくら食房では雨々と同等の権利を戴いていても、それでも結局のところは奴隷である。雨々が呼ばれて、マチルダは呼ばれなかった。と、いうことは呼んだのはシーラン様ではない。それより上の方なのだということはマチルダにもわかった。


「……あー、全く。ついていない」


 戻ってきた雨々は苛立った様子だった。乱暴な口調で、不機嫌さを隠そうともせず、どっかりと椅子に座り込む。

 白梅宮の食房はいつでもシェラ姫のどんな要望に応えられるようにと清潔にされ、火はおこされ、乾燥果実や保存食づくりに忙しかった。だというのに雨々は戻ってくるなり「もういい」「あー、もう、やらなくていい」と、面倒くさそうな様子で周囲の作業を止めさせて、自身は与えられた事務室に閉じこもってしまった。


 何かあったということは、食房の人間の誰もが察した。


 それを追いかけることができるのはマチルダだけである。


「あ、あのぅ。雨々さん」

「はぁ……良い職場と、悪くない主人を得られたと思ったんですがね。そう、長く続く幸運ではなかった、と割り切りますよ」

「雨々さん!」


 ぐったりと、雨々は事務室の長椅子の上に寝転がっていた。マチルダが入ってきても構う事なく、ぶつぶつと何か言っている。思わずマチルダが声を上げると、雨々はため息をついた。


「死んだそうですよ」

「……どなたが?」

「シェラ様ですよ。シュヘラザード姫様。ああぁ、死んだ、というか、死ぬ、そうですが」

「……は?」

「それで、なにもかも終わりです。おしまいですよ。姫様の楽しいお食事会は行われない。ここは解散。それなりに次の仕事場は用意していただけるようですけど、レンツェの王族に仕えた人間が、次にどんな職場を得られるのやら……」

「……いやいや、え。何を、何、を、言っていらっしゃるんです。雨々さん」


 マチルダは頭を振った。

 あっさりと言われた言葉に、どうも頭が追いつかない。


「……シェラ様が、なんですって?」

「死ぬんです。目覚めず、このまま。どうしようもないという判断を上はなさったそうです」

「……上って、どなたです。第四皇子殿下が、そのような」

「姫君は我々を対等のように扱ってくださっていましたが、所詮我々はただの料理人ですよ。上が誰で、どんな考えをして、どうしてそうなったのかなど、ご丁寧に説明頂けると思いますか?」

「……」


 マチルダは絶句した。


 いや、わかっている。いや、それは、当然ではないかと、なぜ、自分がショックを受けているのかマチルダはわからなかった。自分は奴隷という身分を選択して、それがどういう扱いを受ける者なのか、理解していたはずではなかったか。


(……シェラ様がいらっしゃる時に、第四皇子殿下も、賢者様も、誰も彼も、あっしらの料理を召し上がってくださっていたから)


 思い上がりだ。上の方々が、自分たちがシェラ様の身に何かあったら、それを知りたいと思うだろうと、配慮してくださるわけがないのに、そうなさってくださらなかったことに、ショックを受けている。


 だが本来、シェラ姫は「上の方」で、そういう身分の方に何かあった場合、自分のような者はただそれを「人づてに知らされる」くらいが精々だろう。自分の知らないところで何かがある、それは、仕方のないことなのだ。


 いや、それよりも。


「……シェラ様が、そんな。馬鹿なことが。目覚めない、ということは何かご病気でしょうか。それなら、大神殿の女神様がシェラ様をお救いくださらないでしょうか?お怪我でもご病気でも、女神様なら」

「貴方がそれほど熱心な信者であるとは知りませんでしたが。ルドヴィカの奇跡で救えるなら、既にそうなさっていらっしゃるでしょうよ」

「……」

「…………死なずに、なんとかなったとしても。上の方々が、どうにかなさったとしても、どのみち、ここは終わりです。レンツェの王族であるシュヘラザード姫は「毎晩」欠かさず皇帝陛下に料理を献上することが条件ですよ。病気だろうがなんだろうか、「出来ない」夜があれば、それで終わりです」


 雨々はまたため息をついた。


 もし姫君が目覚められたとしても、一日でも過ぎていれば姫君と皇帝陛下の「千夜千食」の物語はお終いだ。雨々が呼び出され、解体の旨を聞かされたのは夕刻。戻って来て、今も姫君が目覚めない。あと数刻で「今日」が終わると、もう何も間に合わないと、上が判断したのだ。


「……」

「納得しました?なら、出て行っていただけませんか。私も、さすがに……一人でそっとしておいていただきたいのですが」


 疲れ切った雨々の様子に、マチルダは普段であれば「申し訳ございません」と頭を下げて、そそくさと出て行くはずであった。


 だが、段々と、話を聞いて、マチルダは落ち着いてきた。


「……つまり、まだ、姫様は、シェラ様は、お亡くなりになっておられないのですよね?」

「一応は」

「……」


 混乱したものの、その言葉は何より、マチルダの体に力を入れさせた。


 ……マチルダは雨々が知っている情報が最新のもので、最も重要性が高いという慢心はない。けれど、現状自分が「シェラ様はまだ生きていらっしゃる」という認識でいられるのなら、やらなければならないことがあるだろう、と、そのように。


「あっしに難しいことはわかりやせんが、雨々さん。それなら、あっしらは、こんなところでグダついている場合じゃありやせん。あと数刻で一日が終わる。その前に、夜になっちまう。そうなれば皇帝陛下に謁見できる方を見つけるのも、できなくなりやすよ」

「……はぁ?」

「さぁさぁ。雨々さん、しっかりなさってください」


 ぐいぐいっと、マチルダは雨々の腕を強く掴んで引き起こした。


「あっしや雨々さんでは皇帝陛下にお目通り願うことなんぞ不可能でございましょう。雨々さんは、奴隷のあっしより、出入りできる場所がございましょう。そのぐしゃぐしゃになった顔と髪をちゃんと整えてください。身なりをきちんとして、真っ直ぐに背筋を伸ばしていれば、聞いて頂ける話もありましょう」

 

 さぁさぁとマチルダは急かす。今は一秒だって惜しむべきだ。だが、慌ててはいけない。




 弓の訓練を終え、あえて白梅宮の近くの道を通って帰るカイ・ラシュは喧噪にふと首を傾げた。


「白梅宮が、騒がしいな」

「レンツェの王族の品位が疑われますが。全く、もう陽も沈んだというのに、喧しく何をしているのやら。あの宮の者どもは、礼儀作法がなっておりません」

青蘭せいらん


 カイ・ラシュは最近側近にと付けられた三つ年上の少年の名を呼んだ。蘭家の総家の次男である青蘭は、窘められたと気付いて一瞬不快気に顔を顰めた。けれどどれ程内心で侮っていても、目の前にいる白い狼の耳の少年はアグドニグルの王族である。直ぐに表情を慇懃なものに改めて、目を伏せる。


「申し訳ありません」

「うん。この時間、シェラはお婆様の所に行っているはずだから、白梅宮はいつも静かなんだけど……何かあったのかな。シェラのことだから……何か忘れ物をして、それを白梅宮の人たちが見つけて慌ててる、とか?」


 ありそうだなぁ、と、カイ・ラシュは想像して一人、クスクスと笑った。


「殿下が気にされるようなことではないでしょうが、もしそうだとしたら、白梅宮の連中がどれほど騒いでも無意味ですよ。あの宮には、瑠璃皇宮へ行ける位の者がいないのですから」

「シーランやスィヤヴシュなら行けるだろ?あ、でも、二人がいないから騒いでるのかな」

「殿下、もしや」

「うん。僕が行こうかな」


 陽が沈んでいるが、カイ・ラシュは王宮で唯一認められた「皇孫」である。突然行って会える程ではないが、無下にされない立場だった。

 

「シェラが困ってるなら助けたいし」


 最近会えない日が続いたから、会う理由も出来て良いとカイ・ラシュは思う。けれど青蘭は首を振った。


「第一皇子殿下のご子息であらせられる殿下が、第四皇子殿下にゆかりのある方に関わることは良くないと、私は常々申し上げておりますが」


 カイ・ラシュは「彼はこういうところが、本家に疎まれたんだろうな」と思いながら、くどくどと続く青蘭の話を聞く。自分の側近になることをどう理解しているのか、青蘭は事あるごとにカイ・ラシュを自分の発言で制御できると思っているらしい。これはカイ・ラシュに対してだけではなく、青蘭という少年は自分が最も価値の高い人物で、有能であると信じ切っている。だから、自分の言葉が他人に重要視されない、あるいは影響力がないなどとは想像もしていないらしい。


 そもそもカイ・ラシュとシュヘラザード姫の因縁、あるいは好意的に見て友情、または腐れ縁は後宮の者であれば誰もが知っている。知っていて、黙って見過ごしている。本当に「まずい」のなら、春桃か白皇后がそれとなく行動を制限させるが、それがないのは、まだ許される範囲であるからだ。


 後宮で仕えるのなら、その辺りの道理を理解しているべきだが、本家は次男を後宮に上げる際に、その辺りの教育をしていないのか。自分と共に葬るつもりの捨て駒なので、教育する気もなかったのか。





「と、いうわけでございまして、皇孫殿下。あっしら下々の者では恐れ多くも皇帝陛下の御前に出ることなど許されません。ですがこのままでは本日が終わり、シェラ姫様の願いが消えてしまいます」

「…………なので、僕に、お婆様へ口添えをと………………え、ちょっと、待て。待ってくれ……その前に、そもそも……シェラが、え?……し、死ぬって?」

「はぁ、その辺りは、あっしらには何とも」


 カイ・ラシュはすぐに青蘭を使いに出した。母の元へ確認に行かせた。白梅宮で起きている事だが、後宮を取り仕切る母が知らぬはずがない。いや、既に白梅宮にいるのに、態々出て他所で情報を仕入れねばならないのは妙なのだが、食房以外に「立ち入り禁止」と言われては、自身の宮でもないのでカイ・ラシュがどうこう出来る事はない。


 青蘭はすぐに帰ってきた。春桃はカイ・ラシュに即時蒲公英宮へ戻る様に、と、それだけだった。


「……」


 つまり、知ることが出来ない、ということだ。関われない、という意味でもある。けれど今この場を強制的に連れ戻されるほどのものではない。あるいは、シュヘラザードとカイ・ラシュの友情を知っている春桃妃は「何かしたいことがあるのなら、なさりなさい」と、黙認してくださっているのか。


 白梅宮で、あるいは後宮全体で何かが起きていて、シェラが関係していて、そして、カイ・ラシュはシェラの安否を知る事が出来ない。


「……シェラは、無事なのか…………?」

「あっしらの知る範囲では、このままお亡くなりになられる可能性が高い、ということでございますが」

「マチルダはどうしてそう落ち着いていられる!?」


 いつものゆったりとした調子に、カイ・ラシュは思わず怒鳴った。


「叔父上は何をしている……シェラは、叔父上の婚約者なんだから……!今、何をなさってるんだ!?それに、お婆様だって、シェラに何かあれば……」

「あっしらに知れること、できることは限られております。皇孫殿下。その上で、どうかお願い申し上げます。カイ・ラシュ皇孫殿下。このままではシュヘラザード姫様の千夜千食の物語は、シェラ様が眠りの内に終わってしまいます。そしてシェラ様の多くの関係者は、そのことについて、重要視されておりやせん」


 深々と、マチルダはカイ・ラシュに頭を下げた。床の上に両ひざをつけて、身を丸めて、両掌を床につけている。


 マチルダはシュヘラザード姫が「目覚めない」状況であると、理解した。周囲もそうだろう。なので、白梅宮の食房は不要になった。それで、雨々へ解体のお達し。


「なので、あっしらが、作ります。シュヘラザード姫殿下の御言葉、お教え、お考え、料理に関してのシェラ様の事は、あっしと雨々殿がよく知っております。幸いにして、いくつか未だに陛下にお出ししておりません料理もございます。どうか。どうか」


 シュヘラザード姫が目覚めるまで、自分たちが料理を作り、皇帝陛下に献上させて頂きたいとマチルダは懇願した。


「何を世迷い事を……!貴様、奴隷であろう!そのような身の者が作った物を……至高の存在たる皇帝陛下に……!!なんという無礼な……!!この場で手打ちにしてやる!!」

「青蘭」


 腰の剣を抜いて怒鳴る青蘭に、切っ先を突きつけられながらもマチルダは微動だにしなかった。


 カイ・ラシュは頭が混乱していた。シェラの身に起きたこと、どうなるのか、今どうなのか。走り出して、喚いて、なんとしても知りたい気持ちが強く出る。けれど、自分は今、そんなことをするよう求められるのではなく、今、眼下の奴隷が自分に「要求」していることを、カイ・ラシュは理解して考えなければならないのだ。


「マチルダはどうして、料理を作ることを選ぶんだ?」

「レンツェの王女がいなくなれば奴隷の者など、誰も優遇しませんから、惜しいのでしょうよ」


 さもしいことだと、青蘭が吐き捨てる。我が身可愛さからの行動、浅ましいと、そのように。


「そうなのか?マチルダ」

「あっしは、自分で奴隷になると選んだ者でございます。今更、我が身に関して何を憂うのでございましょう」

「フン、口ではどうとでも言える。殿下、こんなものに構うなど時間の無駄です。春桃妃様のお言いつけ通り、蒲公英宮へ戻りましょう」

「青蘭。君はなぜ、僕が他人に問い正した言葉を代わりに答えるんだ?」


 カイ・ラシュはマチルダの方へ近づき、自分もその場にしゃがみ込んだ。


「マチルダ、君はわかってる。シェラの代わりにお婆様に料理を差し出すということは、お婆様が「良し」としなければ、代償を支払わないとならない。だけど、選択奴隷は既にお婆様の財産だ。マチルダは命で支払う事が出来ないし、お婆様にとって価値のあるものを君は何一つ持ってない」

「はい、さようでございます」

「だから、僕にさせたいんだね?」


 カイ・ラシュはマチルダの隣で同じように平伏している雨々を見た。黙っている。が、これだけのことをマチルダ一人で考えたとは思えない。


 雨々はこの時間、カイ・ラシュが白梅宮の近くを通っていることを知っている。その上で、騒いだらカイ・ラシュが「どうしたんだろう」と、興味を、関わろうとする心を抱くことを、知っていた。


 身分の低い二人が喚いて何か言って乞うのではなく、カイ・ラシュが自分から二人に近付けば、白梅宮のこの二人は、自分たちから情報を漏らしたことにはならない。


「僕でなければ他に誰か、候補はいたのか?」

「……シュヘラザード姫様に好意的で、なおかつ、ある程度の権力をお持ちの方は限られております」

「そうだな。でも、二人は、いや、マチルダは、どうして料理を作るってことを選んだんだ?」


 今度は青蘭の邪魔は入らなかった。


 マチルダは頭を伏せたまま、ゆっくりと答える。


「シェラ様が、悲しまれるでしょう」


 あんなにお小さい方が、毎晩毎晩、一生懸命考えて作り続けていらっしゃる。


 アグドニグルではレンツェの民は未だに憎悪の対象で、いかにシュヘラザード姫が朱金城で愛されようと、慈しまれようと、それはそれとして、レンツェの民なんぞどうなっても構わないと、シュヘラザード姫の願いなど、重要視されていない。異国人であるマチルダはそれを肌で感じて知っている。


 多くのアグドニグルの人間にとって、シュヘラザード姫が千夜千食、皇帝陛下に献上するのは「娯楽」となっていた。陛下がどのように喜ばれたか、どんな物か、興味の対象でしかない。そこに、千夜続けばレンツェの国民を許して欲しいという、エレンディラ王女の思いは、考慮されていない。


 眠っている間に台無しになってしまったら、シェラ姫が悲しむだろうとマチルダは言う。


「……このまま目覚めない、とは思わないのか?」

「そうはなさらないでしょう。普段、あれだけシェラ様を可愛がっていらっしゃる第四皇子殿下とて、このまま黙って、シェラ様がお亡くなりになるのを待つはずがございません。と、いうか、それくらいして頂かなければ困ります」

「……困る、って……叔父上は、シェラを見捨てるかもしれないじゃないか」


 カイ・ラシュは以前、黒化したシュヘラザードを「処分」しようと動いたヤシュバルを知っている。自分がシェラを想うように、叔父がシェラを「選ぶ」だろうか、という不信感。


 しかしふと、マチルダは顔を上げた。


「そうかもしれやせんが、しかし、それなら、第四皇子殿下に見捨てられた如きで、あっしの姫様が亡くなってしまうのかと考えますと、それもどうも、ありえねぇな、と思うもので」


 マチルダは「シェラ様がお亡くなりになっていないのなら、自分が時間を稼ぐべき」と、すでに答えを出している様子だった。


 カイ・ラシュは瞠目する。


 隣の雨々はもう腹を括っているのか、黙ったままを貫いている。ここにはマチルダだけいればよかった、というのもあるだろうに、一緒にいる。例えば、マチルダが手打ちにされた場合は、マチルダに代わって雨々が料理を作ると言い続けるのだろう。一蓮托生というのか、なんなのか。


「お婆様の口に入る物だ。僕が「不味かった場合、お気に召さなかった場合、僕の命を差し上げます」と言っても、周囲を説得させる力はない。そもそも、それは母上が許さないだろう」

「ですが、この問題を解決できるのは皇孫殿下だけでございます」


 そこで初めて、雨々が顔を上げた。


 細い目の男。カイ・ラシュはあまり交流こそなかったが、いつもシェラの名で高級食材を手に入れてはアグドニグルの宮廷料理を再現してシェラに「宮廷ではこういう料理が好まれます」と教えていた。


 二人はレンツェの王女を「シェラ様」と呼ぶ。そしてシュヘラザードもそれを許している。その意味を、カイ・ラシュは知っていた。


「……僕の『皇子』の称号を、返上すると言えば、父上は喜んで協力してくださるだろう」


 ややあって、カイ・ラシュが答えると、雨々は再び平伏する。


 それが求められた答えなのだと、カイ・ラシュは頷いた。 



この世界で生粋の善人枠:マチルダさん


前回投稿したアグドニグルの正月話を番外に移動しました。つきましては、感想をくださった方のコメントが消えてしまい……申し訳ありません。削除したわけではありませんので!!この場でお詫び申し上げます。(今後、番外を追加する場合は、そのまま投稿ではなく番外の章に追加する形にします……申し訳ありませんでした……)

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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
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