第七夜
「え、つまり……私はいつのまにか死んでいて、百年経った白梅宮が擬人化して、百年前の私を助けにきた、とかそういう話ですか?」
君の名は、あるいは名前を奪って湯屋で強制労働させられた幼女よろしく「貴方の名前は白梅宮」と、まるっと御見通しだ、と、突きつけた結果。突然始まるモノローグ。
一通り黙って聞いてから、私は思わず突っ込みを入れた。
「はい。左様でございます」
「ございますか」
えぇ……つまり……神性を持ってるから、白梅宮に刻まれた人の記憶の繰り返しで仮想空間を作り出せてるという事……?
イブラヒムさんの話と、白子さんの話……白梅さん?ヴェレスさん、の方がいいのか??
「どのようにでも」
「うっすら感じてましたが、私の心の中駄々漏れなんですね、ここ。それじゃあ、白梅さん。ちょっと整理したいんですけど」
1つ、私が「繰り返している日常」と認識していた日中は、白梅さんが作った仮想空間。
「じゃあ、この夜のこの空間は現実なんですか?」
「いいえ。ご主人様の意識のみを留めている、という点では仮想空間とお呼びになるものと同様ではございますが、ここはわたくしの……結界のようなものとお考えください」
「結界」
結界、というものは本来何かから守るもの、あるいは、何かが外に出ないように囲うもの、という認識なんですが。
「……ここから出ると、死ぬってことですね???」
白梅宮が燃えず残った世界線では、私はパンナコッタを作った翌日に死んでいる、ということか。
「つまり、白梅さんの力では私を完全に助ける、ことは難しくて、私の魂?的なものを、ここに閉じ込めるくらい……?でも、それもいつまでも出来るわけじゃなくて、じわじわ呪いが進行していって、それを防いでいられるのが十日程度、ってことですか」
「左様でございます」
「ございますか」
確認したくないけど、白梅さんが救おうと閉じ込めた私って、私で最初じゃないな???
十日で限界だとわかるまで繰り返した回数。ただここに閉じ込めておくだけじゃ駄目だと判明するまでの回数。仮想空間が作り出せるまで、繰り返した同日で集めた登場人物のデータ。
「……」
ぶるり、と、私は寒気がした。
何千回、何万回とやり直しても、ただ一度、私が救えれば白梅さんはOKなのだろう。そんな、私を「救いたい」と考えて行動してくれている「思い」に付随して感じる、人外の価値感。
「わたくしは、ご主人様の身に何があったのか、存じ上げません。ご病気であったのか、他殺であったのかさえ、わかりませんでした。繰り返す日の中で、ご主人様が行動され、私では「聞く」ことのできなかった人間たちの言葉を引き出して、呪いであるということを突き止められました」
「……生き残りたければ、自分で謎を解け、ってことですね!!」
「わたくしは存じ上げない「答え」ではありますが、わたくしは白梅宮で起きた“全てを観て来た者”そして、夢というものは、当人の見聞きした全てで作りだされるもの、と、そのように伺いました」
白梅さんが「理解」していなくても、答えは、いや、「事件は白梅宮で起きた」のなら、答えが必ず、白梅さんの作りだす「夢」の中にあると、そのようななぞかけ。
「この金の鍵で得られるヒントを、私が上手く使って、仮想世界で謎を解けってことですよね」
状況の把握、整理は完了だ。
「……うん?ヨナおじいさんのヒントはともかく……金のガチョウって何なんです??」
「グワッ」
私が存在を思い出すと、鳴き声で自己主張をする金のガチョウ君。いたのか。
「美味しく調理する、って意味じゃないでしょうし……あ、いえ、フォアグラを完成させるために苦行をしいたりしませんよ。美味しいですけどね、フォアグラ。陛下とかお好きそうだけど」
人類の残虐非道な行いの一つのフォアグラ。人工的に強制給餌をさせ肝臓を肥大化させるもの。フォアグラは世界三大珍味の一つとして扱われて、私の前世もよく、いや、それは今は関係ないことだ。
「美味しいか美味しくないかっていったら、まぁ、美味しいってことはどうしても否定できないんですけど、それはそれとして、作り方が問題っていうか、でもそれを言ったら畜産関係の根本がなぁ……」
「ご主人様?」
「あ、すいません。今は関係ないことですよね……?…………関係ないですよね????」
はたり、と、なんだか、妙な予感がした。
私が死んだ謎を解くために用意されたヒントの部屋。
金のガチョウから私が「連想したもの」が、完全に無関係だと言い切っていいのやら。
「……そもそも、私はなんで呪われたんですかね」
思考してみる。
恨まれる心当たりは、レンツェの王女であることから始まって、多々ある。覚えがなくとも恨まれることだってあるだろうことは、前世の人生で体験済み。あの時(前世)はグッバイ今世をすることで強制終了できたけれど、はてさて。
「……今生は、ここで諦めて終わってしまうには、ちょっと惜しいんですよねぇ」
私が失敗したとて、白梅さんは次の私でレッツ謎解きチャレンジをするのだろうけれど、生憎私は、シュヘラザードは、今の人生をとても気に入っている。前世の記憶があるからこそ、今生が自分にとって「いいなぁ」と思えて手放せないくらいには。
「例えばですよ。そもそも、白梅宮が「そのままあれば」確実に私が死ぬルートなんですよね?それで、白梅さんは、新白梅宮になってる世界線の私なら「助けられる可能性」があるとした、ですか?」
「左様でございます」
「白梅宮にあって、新白梅宮にはないことが私を生かしているのか。それとも、新白梅宮になって、白梅さんが「来れる」ことが私を生かすのか。夢十夜の意味も考えてみますとですね」
夢の中でスィヤヴシュさんは「呪いが重ねがけされていく」と言っていた。
つまり、呪いはこの夢十夜も利用している、ということになる。けれど、夢十夜は「善意」だ。白梅さんが「白梅宮の主人」を救おうと、呪い殺されないように、呪いを遅くした結果。これも事実だろう。
「と、なると。強制給餌」
夢の中で、私に呪いを重ねがけしている存在がいる。
それが、ヨナおじいさんの言っていた「夢の中にいる夢の登場人物ではない誰か」私に悪意を持った人物だ。
「私を呪い殺そうとした理由。呪い殺し重ねて、フォアグラでも作ろうとしていたのか、と、私が思いつくので……多分、理由はこれでしょう」
私は最後に残った金の鍵を手に取った。




