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第五夜



 二つ目の扉をくぐると、一瞬、眩い光。


「おや……これはこれは。ごきげんよう」

「え?あ、れ?」


 景色は変わって、中華ファンタジー溢れるお部屋。けれど私の知る朱金城とは少し違う匂い。白梅宮でもないし、紫陽花宮でももちろんない。茶室。

 細かな彫刻が施された丸テーブルに椅子。腰かけて、優雅にお茶を飲んでいるのは真っ白い髪に優しい眼差しのお爺さん。


「……あれ、お爺さん……」

「異界のお嬢さん、また黒化なさったのですか?身長から見るに……あれからそれほど経ってはいないと思いますが」

 

 お爺さんは穏やかな口調で話しかけてくる。

 

 王さま役だったイブラヒムさんやサポート役だったカイ・ラシュのように「姿だけ私の知っている人」という感じがしない。


 聖女のお姉さんに黒化を押し付けられてよくわからない空間で出会ったお爺さんそのもののような反応だ。


「……配役じゃ、ない?」

「はい?」

「いえ、これも罠……?そう思わせてるだけ的な……?夢の世界のにせもの……」

「おや、私の偽者がいるのですか?」

「お爺さんが私の知ってるお爺さんかどうか考えてるんです」

「おや、これはこれは」


 ほほほ、とお爺さんは面白そうに笑った。


「つまり、ここはお嬢さんの夢の中というわけですか」

「そうなんです。私、いま呪われているみたいで……毎晩、眠るとこうして夢の中で、何かしないといけなくて。うん?していいんだっけ?それもちょっとよくわからないんですけど……夢なので、知っている人が登場人物の姿になってくれてるみたいなんです」

「それはそれは。中々面白い夢でございますなぁ」


 どうぞ、とお爺さんが席をすすめてくれるので、私は向かい側に座った。お茶を入れてくれる。とても丁寧な手つきだ。シーランの入れ方とは少し違う。


 私はおじいさんが聞きたいというので、ここ最近の自分の身に起きたことを説明してみた。


 繰り返す同日。呪い。不思議な部屋に、三つの扉。最初の部屋で起きた事。

 

「……わたくしの目には、お嬢さんが呪われているようには見えませんが」

「夢の中なので元気なんだと思います」

「ふむ……」


 少し考えるようにおじいさんは沈黙して、目を伏せた。


「……その心療師の青年。呪いの負荷に耐え切れず死んだようですが、その時に、それまで貴方に重ねられた呪いは解除したのでは?男の意地と申しましょうか。死ぬとわかって、その刹那、命を守るより、貴方の呪いを解いたのでしょうな。繰り返す同日から、この夢の中に入るまでに貴方は毎回、何かしらの呪いを受けて、絞首や、毛が抜け落ちるなどの悪夢があったそうですが、今回、それはなかったのでは?」

「……」


 言われてみると、確かにそうだった。


 ……スィヤヴシュさんは、私を守ってくれたのか。


「……」

「猶予が出来た、ということでしょう。貴方があちらで身動きが取れなくなるほど呪いが深くなっていたものが、まっさらな状態に戻った。次の「同日」は、苦しまず何か成せる、ということです」


 興味深い事です、と、おじいさんが繰り返す。


「顔の焼けた青年に、見知らぬ部屋。三つの扉。繰り返す同日。夢十夜の呪い。お嬢さんはこれが夢だとお考えになり、三つの扉を開けることが危険だと警戒されているようですが……私は逆に、この夢十夜は、お嬢さんを守るためのものだと思いますなぁ」

「……いや、おじいさんは夢の中の登場人物なので……扉をくぐって遭遇したおじいさんの言葉は、罠の可能性があって、あんまり信じられないです」

「おやおやおや、それは困りましたねぇ」


 ちっとも困っていないような微笑みで言われても説得力はないですね。


 私は扉をくぐった先にいたおじいさんが、何の役なのか考えないといけないのだけれど、イブラヒムさんやカイ・ラシュと違って、わかりやすい要素がない。


 そもそもおじいさんとは少しの交流しかないので、どうして私の意識は「何かの配役」にこのおじいさんを当て嵌めたのか……。


わたくしわたくしであると思って存在しておりますが、お嬢さんにとって私は夢の中のまやかしなのですね」

「夢の中で扉をあけてこうしてここにいるので、夢の中だと思います。黒化してないですし、あのへんな空間で出会ったおじいさんとは簡単に会える感じじゃないですよね?」

「はい。それはそうですね」


 この扉の試練は何なんだろうか。


 私は考える。最初の扉は簡単だった。王さまを負かして金のガチョウを手に入れる。単純明快。謎があって、答えがあった。

 だけど今回、目の前にいるのは何の問題提示もしていないおじいさん。


 でも、扉の先であるので何か「意味」があるんだと私は思わなければならない。


 うーん、うーんと、唸って頭を抱える。


「お嬢さんにとって私がお嬢さんの夢であるとして、お嬢さんは、私にとって私の夢の中のまやかしではないという証明はできるのでしょうか」

「え?私はおじいさんの夢じゃないですが??」


 何を言い出すのか、と私は首を傾げる。


「私はシェラ。シュヘラザードです。自分で自分がちゃんと「自分」だってわかってますから、おじいさんの夢の中の登場人物じゃないです」

「私も私が自分だという自意識を持ち合わせておりますよ」

「夢の中の登場人物が自分の存在を夢だとは思わないのでは??」


 小説の中の登場人物が自分を物語の中のキャラクターと自覚していないのと同じである。


「ふむ……では、私がお嬢さんの夢ではないという証明として……三つの扉の試練によりお嬢さんが得るものの必要性を考えてみますが……私はお嬢さんの呪いを解く「鍵」だと思いますよ」

「……試練を受けると呪われてしまうと疑ってるのにですか?」

「連れ出された、というのが気になります。最初の話によれば……目を覚まして、部屋から出て、扉のある部屋まで「連れて来られた」のですよね?そのまま、部屋にい続けた場合、どうなっていたのでしょう」

「……」


 もうその時点で、私への呪いが始まっていたのなら、わざわざ連れ出す必要などなかったのではないかとおじいさんは指摘する。


「物ごとには規則があるもので、ことわりがございます。呪いにも作法があり、それを邪魔だてする手段もございましょう」

「……つまりおじいさんは、この夢十夜は呪いを邪魔するためのものだって思うんですか?」

「私はお嬢さんの夢ではなく、自我を持った一人の人間だという自覚がありますからね。お嬢さんが困っているのなら、お嬢さんがわからないで悩んでいることの助言をしましょう」

「それは、呪いを深くするための罠で、おじいさんは善意でそれを語ってる可能性もありますよね」

「さて、それでは異界のお嬢さん。自分が相手の夢ではないという証明は、どのようにすればできると思いますか?」


 クエスチョン。

 これがここの試練なのだろうか。

 問われて私は目をぱちり、と瞬かせた。

 夢の中なのに、夢の中の住人じゃないという、証明。


「……私はおじいさんのお顔は知ってますけど、名前は知りません。名前を知る事ができたなら、それが、正しい答えなら、おじいさんは、私の夢ではない、という証明になるんですか……?」

「あるいは、証拠。暴き。中々興味深いことです。なるほど、よくできている。貴方は私の存在を証明することで、繰り返す同日の呪いを誰がかけたか、探ることができるようになるでしょう」


 泥の記憶の中で親切にしてくれたおじいさん。

 私にとって、意外な人物で、私が知らないことを知っていて、そして、助けてくれた人。


 だから、おじいさんが現れたのか。


「私の名はヨナーリスと申します。星辰。聖剣。薔薇の番人など、様々な呼ばれ方をいたしましたが。私の殿下は私を「ヨナ」と、親しみを込めて呼んでくださいましたよ」

「ヨナおじいさん」


 呼ぶと、ヨナーリスさんは微笑んだ。


「つまり、お嬢さん。あなたが夢だと思ったここは、夢ではありません。貴方の意識が私の元へ現れた。夢とはまた異なる現象。扉の真意でしょうな。あなたが夢だと思っている今は夢ではない。で、あれば。夢であるのは、」


 ぐらり、と世界が歪んだ。

 私を呼ぶヨナーリスさんの声が遠くなる。


 落下していくような感覚。意識が遠のいた。

ヨナーリスおじいさんの問題定義

・なぜ最初にいた場所から、扉の部屋まで移動したのか?

・その青年は何者か?

・夢十夜の意味

・どちらが夢の世界なのか

・夢の世界に、夢の住人でない「異物」はいないか?

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2023年11月1日アーススタールナ様より「千夜千食物語2巻」発売となります
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