第四夜 後編
「まぁ、でも安心してよ。これくらいの呪いなら、僕がなんとかできるしね!」
不安になって黙ってしまった私に、スィヤヴシュさんは明るく言った。
「これでも特級心療師だしね~。シェラちゃんに良いとこ見せるよ。なんか最近、僕のイメージが頼れる素敵なお兄さんっていうより、お酒大好きな軽いお兄さんになってる気がするし」
「スィヤヴシュさんがお酒を好きなのは事実では?」
「事実だねぇ」
はは、とスィヤヴシュさんが笑った。この人はいつも私に優しい。
寝台の上にいる私を手早く寝かせて、鞄の中から「お仕事道具」を取り出す。お医者さんであるスィヤヴシュさんのお顔になるととても真面目で、綺麗な顔がもっとずっと綺麗に見える。
「心療師っていうのはね~、相手の心の中に直接入って治療したりもできるんだよ。でもまぁ、お互い信頼関係がないと難しくて、あ、僕はその気になれば信頼関係皆無の相手の心の中にも入り込めるんだけどね」
「心の中の治療って、どんなことするんですか?」
なにそれ面白そうー、と私が興味を持つと、スィヤヴシュさんはちょっと真顔になった。
「その人、その人で違うよ。っていうかシェラちゃん、今の話で僕のこと気持ち悪くならない?」
「このタイミングで私がスィヤヴシュさんのこと嫌がったら心に入れなくなりません?」
「うーん、ちょっと傷をつけた方が入りやすいっていうか。まぁ、入れなくはないんだけどさ。シェラちゃん、頭が良いし。僕がこうして説明したら、僕が「優しい口調」で「優しい外見」してるのも、この職種に便利だからだーって、わかりそうなものなのになぁ」
ゴロンと天井を見上げている私を覗き込むスィヤヴシュさん。いつもと変わらない穏やかで優しい顔。仮面を被って相手を油断させ、ぱくりと、食べてしまうんだよ、と脅されているよう。
「と、言われましても……私も料理する時は髪の毛をまとめて入らないようにしたり、引火しないようにすっきりした服を着ますし……作業しやすいようにするのは当然では?」
「え~、当然かな~、そうかな~」
私のおでこを撫でるスィヤヴシュさんの手は柔らかくて優しい。枕元に石?宝石のようなキラキラ光る石を並べ、何かぶつぶつと聞きなれない言葉を呟く。
目を伏せてスィヤヴシュさんは眉間に皺を寄せた。
「あ、入れた。暗いな……通路?なんだろこれ……木が……あ。ヤバ……」
バシャン。
「は?」
スィヤヴシュさんの頭が破裂した。
首から下。残った体からぴゅーぴゅーと、血が溢れだす。噴水のようだ。
飛び散った髪の房、眼球、脳髄。砕けた骨が、私の体に降り注ぐ。
暗転。
*
「おめざめでございますか、ご主人様」
ぱちり、と、目を開けると。真っ白い布で顔を覆い隠した人が私を見つめていた。
「……っ!」
私は勢いよく手を振り上げ、その人を殴った。幼女の力。相手の体を動かせる程の勢いもなく、ぱすん、と、軽い音がたっただけ。
ガチガチと震える自分の体。口の中に入ったスィヤヴシュさんの血の味が、この夢の中でも鮮明に思い出せる。生温かさが、今もまだ肌の上にあるように思い出せる。
「どうかされましたか」
「っ!白々しい……!!あなたが……あなたが、私を呪っているんでしょう!!」
私は白子さんの服を強く掴み、感情に任せて怒鳴った。
グワグワと騒ぐのは私だけではなくて、金のガチョウ。白子さんに掴みかかっている私の間に入ろうと、ぴょんぴょん跳ねて鳴いていた。
「どうして私を呪うんです!どうしてこんなに、まどろっこしいことをしているんです!!私に死んでほしいなら、今ここで首を絞めて殺せばいいじゃないですか!!」
「……それでは、意味がないことでございますので」
「っ!」
認めた。あっさりと、白子さんが言う。私は僅かに抱いていた「この人は味方で、勘違いで。こうして詰めれば、何か教えてくれるのではないか」という期待が打ち砕かれる。
「あなたは、何者なんですか……?なんで、どうして、こんなことをするんですか?」
「それを解くのはご主人様でございます。その為の夜。その為の、夢十夜にございます」
ずるずるとしゃがみ込んだ私に視線を合わせるため、自身も膝をつく白子さん。私が苛立って乱暴に顔の布を剥ぎ取るのも抵抗しない。露わになった、おぞましいとさえいえる焼け爛れた顏には、何の表情も浮かべられないけれど、緑の瞳は美しく、私を労わる色さえあった。
「扉をお開けになりますか。ご主人様」
「何もしなかったら、どうなるんです」
「進まなければ繰り返すことはありません。停滞し、微睡み、淀みます」
「……何言ってるかわからないんですけど」
扉を開けて、謎を解けば私の呪いが深くなるのではないか。私の推測では、この扉を開けるべきではないと思う。
けれど、何もしなくても、私に明日は来ないし。そもそも、この夢は、何もしなかったら、覚めるのだろうか。
「……」
同じ日が繰り返すのなら、私がここで何かすれば、目が覚めた時にまた「同じ日」が来るのなら、スィヤヴシュさんは私の呪いを解こうとする前に戻れる。
ぐいっと、私は泣き叫んでぐちゃぐちゃになっていた顔を拭った。
「進みます」
それはようございますね、と、白子さんが頷いた。
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ところで私事ですが、ポケモンSVクリアしました。今作も最高でした。推しはアオキさんです。




