第三夜 後編
頭に手をやると、指の隙間にびっしりと髪が絡んだ。痛みもなくハラハラと抜け落ちてゆくらしい。枯れ木から葉が落ちるように身じろぎするとその度にまたひと房と、抜けて肩に触れて落ちていく。掌に残った髪は黒だった。首を絞められ歯が抜けた夢に続いてこの有様。
エレンディラの髪がまだ黒かった頃のものなのか。
「……」
「おめざめでございますか、ご主人様」
「……今って、一応夜ですよね?」
「さようでございます」
目を開けて、見えるのは例の部屋。三つの扉に三つの鍵。机に椅子。そして壁際には真っ白い装束の白子さん。イブラヒムさんにジャガイモ料理をお届けし、知恵をお借りして、そして、三度目のパンナコッタを皇帝陛下に献上した。
前回と、前々回同様のおほめの言葉を陛下より賜って、そうして、ホットミルクを飲んで就寝。の、後。
この部屋には窓がなく、今夜は鳥の鳴き声も雨の音もしなかった。
「白子さんは、」
「はい」
「一緒にこの鍵を使って、扉の向こうに入っていただけないのでしょうか」
「わたくしはこの部屋を守る役目がございます」
「ここって、私の夢の中なんですよね?」
「……」
この夢の中で何か問題を解かないと、覚めてもまた同じ日が繰り返すのだと、そう私は漠然と考えた。
私をこの部屋に連れて来たのがこの白子さんなのだから、三つの問題は白子さんが出しているのだろうか?
白子さんは答えず、背筋を伸ばして立っている。
「お顔を見てもいいですか」
「……」
夢の中で、私を助けてくれるのはカイ・ラシュで、面倒くさい相手なのがイブラヒムさんの姿だった。夢の中なので、私のイメージが反映されているのだろう。
となると、この白子さんの姿をきちんと、はっきり、ちゃんと見れば、何かわかるのではないだろうか?
「……かしこまりました」
やや躊躇うようにしてから、白子さんが私の方に近付いて、顔を覆っている白い布を上げた。
「……」
「もうよろしいでしょうか」
「え、あ。はい」
「お見苦しい物を御見せいたしました」
そう言えば最初、焼けた顏を見た覚えはあった。けれどその時は顔という認識より「火傷」の方が強くて、顔の造形を気にしていなかった。それがこうして、きちんと見てみる。すると、やっぱり、白い布の下にあるのは、火傷で爛れた顏。
知っている人ではない。覚えのない目鼻、顔立ち。
敵or味方ジャッジができかねるな!? うーん、しかし、地面のラインからボールが出ていたとしても、上からみたらギリ、ミリ単位で重なっていることもある。私にスケキヨの知り合いはいないが、知らないお顔でもアウト判定は早計かもしれない。
それに。
「……」
「どうかなさいましたか。ご主人様」
「……いえ。どこかで、お会いしたような……微妙な懐かしさが」
「わたくしはご主人様をよく存じておりますよ」
妙な感覚。安心感が、この白子さんを前にするとある。
最初にお会いした時。暗闇の中で出会えてほっとしたから、というだけではない。そして、私がこの胡散臭くて仕方ない空間で、恐怖心を全く感じないのは……白子さんが私に向ける視線だ。布で顔を覆っていてもわかる。私に害意を持っていない、優しさがあった。
(うーん、私にこんなに「無条件で味方です!」オーラを出してくれるのはヤシュバルさまくらいしか心当たりがないんですけど、それなのにお顔はヤシュバルさまじゃないんですよね~)
悩んでいても現時点で答えが出るわけでもない。
とりあえずの謎を私は頭の中でリストアップしてみた。
・繰り返すパンナコッタ献上日
→ ループしていても、その中で異なった行動は取れる。繰り返す同日の中でも、出てくる人たちの行動はまるっきり同じことを繰り返しているわけではない。
・真夜中の夢のこの部屋
→ 三つの扉に三つの鍵。とりあえず金のガチョウゲットを試みる。
「攻略法はもうお考えになられたのですか?」
「ふふふ、賢者さまのありがたーい、お話を聞けましたのでね! その点に関しては、わりと自信があります」
「それはようございますね」
胸をはる私に、白子さんはパチパチと拍手をしてくれた。ありがとう、ありがとう。
そうして見送られ、私は扉に鍵を差し込む。
*
「と、いうわけでございます。イブラヒムさ、じゃなかった、王さま。これなる金のガチョウ、元々は私の祖国にて大量に飼育されていた品種の末裔でございましょう。こうして王さまのお手元に置かれるようになったこと、私もとても光栄に存じます。ですが、誠に残念ながら、王さまはこの金のガチョウを、正しくご理解されていないご様子」
お助け役カイ・ラシュ似の男の子に順番を譲って貰って、やってきました王さまの面前。私は他の人達がそうしていたように「王さま万歳、万々歳。神々の御加護が王さまにありますように!」と挨拶?をしてから、「お話」を試みた。
「この私が理解していない?」
イブラヒムさんのお顔の王さまが、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
おぉ、王さまへの不敬罪で打ち首にされるかと思ったけど、堪えてくれた!このイブラヒムさん、本物より忍耐力あるんじゃない??いや、実際イブラヒムさんが権力持ったらどうなるか知らないけど。
「何を言い出すかと思えば。これなる金のガチョウは黄金の卵を産み落とす。一羽でもいれば富が溢れ栄え大金持ちになるだろう」
「はい。そこでございます。それが、どうにも王さま。誠にもって残念ながら、王さまともあろうお方が、なんともまぁ、ケチなお考えかと。ガチョウは食べると美味しいものでございますよ?」
「……たべ、は? なんだって?」
「グワッ!?」
重ねられたクッションの上でふんぞりかえっていた王さまと、そのお隣、ビロードのクッションの上で優雅に葡萄をついばんでいた金のガチョウが揃って素っ頓狂な声を上げた。
「食べるんです。絞めて、毟って、捌いて、食べます。贅沢な暮らしをしているから、肝臓も良い感じに育ってますよね?フォアグラは欠かせないですし、お肉はコンフィにしてもいいです。あ、丸焼き?ローストもいいですよね。いっそカラっとあげてカラアゲが、卵を産める雌というのなら、卵と合わせて親子丼にします?あ、でも卵は金なんでしたっけ」
にこにこと、私は調理方法について提案していく。
「私の祖国では天下人は黄金を好まれました。黄金のお城に黄金の茶室、黄金の器と、まぁ、権力者の象徴ですね。それで、時の支配者は金を産む金色のガチョウを作り、それをただの「食料」として扱うことこそ、最上級の「贅沢」と致しました」
一晩で一個、黄金の卵を産む存在をあっけなく絞めて食べてしまう。飼えば得られる富など、たいしたことがないと、笑って飲み干せる豪快さ。
「……ぐ、ぬぅ……」
賢い王さま。
悔し気に顔を顰め、ぐっと、唇を噛むご様子に、私は「あ、このひと、やっぱりイブラヒムさんの顔をしているだけの別人だな」と、そう感じた。
ここで王さま、私の話を否定して「そんな話はでたらめだ!」と言えば、金のガチョウを私に渡さないといけなくなる。といって、肯定するのなら、権力者として、金のガチョウを侍らせ卵を産ませるだけでは、王さまは「金を惜しんでるケチな男」ということを認めなければならない。
この王さま、こんな大会を開いたのは、ご自分の知識をひけらかしたいのと、そして、金のガチョウを自慢したいのだ。
そのご自慢のガチョウを使っての、私のこの話。
自慢のガチョウを手放したくはないし、かといって、肯定して傍に置き続ければ自分の名に傷がつく。けれど、食べるのは「もったいない」と、賢くて決められない。
(あなたがもしイブラヒムさんだったら、ここでカラアゲパーティーになるんですけどね)
そういうところが、イブラヒムさんにはちゃんとある。知らないことなら、知ってみよう、調べてみよう。持ってこい。と、その姿勢。この王さまがイブラヒムさんなら、ここであっさり金のガチョウがお肉になって、「成程、食べるとこんな味でしたか」とあの方の知識の一つになっただろう。
追い込まれた気の毒な王さまが取れるのは「そなたの話はでたらめだ」と言ってしまって、私に金のガチョウを渡すことだけだ。
そうすれば、私の話は「でたらめ」だから、これまで、金のガチョウを食べずに卵を産ませていた事は、なんら恥ずかしい、ケチな振る舞いではなくなる。
この王さまに選べるのは、ご自分の名誉を守ることしかないんだよね!!
*
「グワァー!グワァー!!」
「痛いッ、ちょ、止めてくださいよ!別に今すぐ食べようってわけじゃ……痛い!地味に痛い!ガチョウのキックが地味に痛い!!!」
数分後、私は金のガチョウを繋いだ縄を片手に、例の部屋に戻っていた。
戻れるんだ!? まぁ、いいけど。
「おめでとうございます」
出迎えてくれた白子さんは、金のガチョウをひょいっと抱き上げる。白子さんが触れると、ガチョウは嘘のように大人しくなった。
「良い調子ですね。このまま次の部屋に行ってどんなものか見てみたいんですけど、」
「ご主人様。これにて第三夜は終了となります。残すは七夜。どうか、一夜一夜を慎重にお過ごしください」
「……はい?」
ぺこり、と、ガチョウを抱きながら白子さんが頭を下げた。
そうして告げられる、残り時間。
え? と、私が聞き返そうとして。
「………………そういう、大事なことは先に説明するべきだと思います!!」
おはよう、朝。
チュンチュンと鳥のさえずり。いつもの、新白梅宮の寝所の天井に、私は叫んでいた。
無事に千夜千食物語第一巻が発売されました。
こうして書籍になりましたのは、なろうにて読んでくださっている読者の方々のおかげです。
いつも本当にありがとうございます。




