嘘つきは決意の始まり
咄嗟についてしまった嘘は、褒められたものではなかったと思います。
でももし言い訳を許されるのであれば、どうにか止めたかったんです。
三国先輩と豊中先輩が二人同じ部屋にいて、彼女が先輩と、そ、その、情事になろうとしていた事実に、心のモヤモヤが感情を支配していました。
それに先輩が少し嬉しそうと言いますか、満更でも無さそうな顔も、見ていたくなかったと言いますか……。
本来は先輩の側で安眠を確保してあげて、本のお話が出来ればそれでいいと、そう思っていた筈のですが――
もしかしたら、いつの間にか欲の皮が突っ張っていたのでしょうか。
「川西さんも同じ学校……ですよね、つまりこれは偽物であると?」
「…………」
私は感情をコントロール出来ないまま、小さく頷きそれを肯定してしまいます。
「兄……やっぱりデリヘ――」
「い、いや待て待て……ここまで精巧なオプションがあってたまるか」
「でも川西さんはそうだと言ってるけど?」
「そ、それは……」
困惑した先輩の眼差しが私の胸にチクリと刺さります。
や、やはり言うべきではなかったでしょうか……で、でもあのまま豊中先輩のペースで運ばれてしまっていたら、妹さんすら肯定的になっていたかもしれませんし……。
嘘をついてしまったことに申し訳無さを覚える自分と、そうでもしないと駄目だと言い聞かせようとする自分がせめぎ合ってしまい、上手く言葉が出てきません。
そうしている内に怖い顔をした妹さんが三国先輩へとじりじりと迫っていきます――ですが、その均衡を破ったのはまたしても水着姿の豊中先輩でした。
「ふむ……では私の処女膜を確認するというのはどうでしょうか?」
「へっ!?」
「は!? ちょっ! 黒芽先輩何を言って――」
「いや流石にそれは出来ませんよ……豊中さん凄いこと言いますね」
「それが確実だとは思ったのですけど、膜のある方はいないと思いますし」
さらりと恐ろしい提案をする豊中先輩に唖然としてしまいます……この人やっぱり只者じゃありません……。
しかしそれもつかの間、豊中先輩は更に畳み掛けてきます。
「では昌芳くんのスマホのサイト閲覧履歴、もしくは通話履歴を確認というのはどうでしょう、私がデリヘル嬢であるなら履歴が残っているかもしれません」
「兄ならそれを見込んで削除している可能性もあると思いますけど」
「男ならそれぐらいするけども……」
「成る程――仕方ありません、では学校に私が在籍しているか確認しましょう」
「へ? い、いや豊中さん、そこまでしなくても――」
「そうしないと昌芳くんの疑惑が晴れないのですから、私がデリヘル嬢でないと分かればそれで済む話ですし、電話で訊くくらい安いものです」
「あ――――」
その言葉で、私はようやく事の重大さに気づいたのでした。
私は先輩を追い詰めてしまっていたのだと。
先輩を目の隈を無くし、穏やかに過ごして貰いたい、それこそが私の目指すべき場所でしたのに、今はそれと真逆なことをしてしまっているなんて――
まさかそれを元凶である豊中先輩に教えられるなんて……。
急激に、私の中にあった罪悪感がが大きく膨らみ始めました。
――駄目です、先輩を困らせちゃいけない、一時の感情に流されるのは最悪なことです。
ちゃんと謝らないと……と言葉にしようとした時、隣で下を向いて考え事をしていた妹さんが一つ頷き顔を上げてこう言いました。
「……うん、大体事情は把握しました」
「え……?」
「豊中さん、まずはそのエッチな水着から制服に着替えて下さっても宜しいでしょうか」
「え、もういいのですか?」
「はい、申し訳ないですがこの場においてそれは正常な判断を失うものだと思うので」
「そうですか……分かりました」
妹さんの不思議な凄み、でしょうか、それとも家族に嫌われる訳にはいかないと思ったのかは分かりませんが、豊中先輩は少し残念そうな顔をしながらも部屋の外へと出ていきました。
すると今度は少し溜息をつきつつも、私と先輩を見比べてこう言うのでした。
「では先に3人でごめんなさいの時間にしましょう」
「……はい? え、ええとそれはどういう……?」
「私は兄にデリヘルを呼んだと勘違いしてしまったことについてごめんなさいと、川西さんは事態を増長させるような嘘をついてごめんなさいと、兄は川西さんを心配させたことについてごめんなさいと言うんです」
豊中さんをデリヘルだと言ってしまったついても謝る必要はあるけど……事態を丸く収める意味ではこちらからの方がいいと思うので、と付け足す妹さん。
「蛍、お前……」
「じゃあまずは私から――兄、ごめんなさい、兄のことだからいつかやるかもしれないと思ってたけど濡れ衣でした、心から謝罪します」
「お前それ全然反省してないだろ……ま、別にいいよ、お前に悪意が無いのは分かってるし」
「へへ、兄のそういう所は本当に助けられるね、ありがと。じゃあ次は兄ね」
私が作ってしまった雰囲気を、妹さんは和やかさを含ませることであっという間に無かったことにしてしまうと、今度は先輩に謝るように促します。
すると先輩は正座をしたまま私の方を向いたので、私も思わず正座をしてしまいました。
「そうだな――えっと、川西」
「はっ、はいっ!」
「色々と勘違いさせて、嫌な思いをさせて悪かった――本当にごめん」
「い、いえ、わ、私は――」
「それで――というのはおかしいんだけど、その紙袋、俺に渡そうと思ってたんだよな?」
「え――、ど、どうしてそれを――」
「いや前に図書室で持ってるのを見たからさ、もしかしたらそうなんじゃないかと思って――俺の自意識過剰だったら悪いけど――」
「そんなことは……ないです」
先輩、あんなにフラフラな状態だったのにちゃんと覚えてて――
とても些細なことかもしれませんが、それでも私をちゃんと見てくれていたことに、少し胸が熱くなってしまいます。
「やっぱりどんな理由があったとしても、慌てずに説明するべきだった。俺だって蛍にプレゼントあげようと思って部屋に入ったら、水着姿で知らない男と一緒にいたら3日は寝込む自信あるし」
「そういうことだね――ま、兄なら分かってくれると思ってたよ」
「だから川西、本当にごめん、今度何かお詫びを――」
「そっそんな! 私の方こそ嘘をついてごめんなさい!」
私はいたたまれなくなって、堰を切ったように話し出していました。
「先輩が悪くないってことは分かっていたんです! なのに何故だか気持ちが落ち着かなくて……それで気づいたらあんなことを言ってしまって――」
「うん、だからそうさせちゃったのは俺のせいだから」
「ち、違います! 先輩は悪くないです! 悪いのは私の方です! 取り返しのつかないことをしてしまって――あ、あの、あの――!」
「取り敢えずそこまでにしよっか、しめっぽいのは無しにしないと」
先輩の優しさと、自責の念の駆られて感情が昂ぶってしまった私はまともに話をすら出来なくなっていたのですが、それを妹さんが制しました。
「い、妹さん……」
「かれこれ15年くらい? 兄と一緒にいる私から言わせて貰えば兄はそう簡単に不機嫌になったら怒ったりする人じゃないから、何なら私の方がよっぽど兄に理不尽をしてきてますし」
「そこに関しては否定するつもりはないな」
「あれま。でも兄って実際そういう人ですから、川西さんもそんなに自分を追い込まなくていいですよ、こんなに早いとは思いませんでしたが、いつかこうなるとは思ってましたし」
「? 蛍?」
「差し出がましいかもしれないですけど、この場は皆で謝ってそれで終わりということにしませんか? 多分その方がいいと思うんです、だからこれで終わりということで!」
まだ沢山伝えるべきことはあったのですが、そう言って笑顔でピシャリと締め切ってしまう妹さんに、私はそれ以上なにも言えませんでした。
三国先輩は勿論ですが、妹さんも凄い人です――私が悪くしてしまっていた空気を、強引だとしてもすぐに収めてしまうなんて……。
「…………」
ですがそのお陰で、私の中で決意が固まった気がしました。
こんな感情になるということは、私はやっぱり先輩が好きなのだと思います。
でもいくら好きでも、一時の感情に流されてズルをしてはいけません。
それに、私は豊中先輩のようにはなれないのですから――同じ土俵で無理をして張り合ってもいけないのだと思います。
だから――私は、私が出来る全力で先輩に与えられるよう努力して、そしてちゃんとした形で先輩に好きだと伝えられる人間になろうと思います!
――と、思っていたのですが、妹さんはやはり一癖ある人のようで……。
「――じゃあそういうことで、次は正々堂々と闘って頂くとしましょうか」
「……ほ、蛍……?」
「…………?」
どうやらこの物語は、まだもう少しだけ続くようです。
妹は強し。
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